微妙な距離感の正しい掴み方とは
ロイ視点です。
いつもの俺ならベンチを諦めて自室に戻っていた。
いつもの俺なら隣には座らなかった。
いつもの俺なら勝手に立ち去っていた。
「はぁ」
俺に凭れ掛かるように眠るのは異世界から来た少女のワコだ。聖女として召喚されて、右も左もわからないまま働いて、知らない男の家で寝泊まりをしている勇ましいヤツ。親から好きにして良いと言われて渡された俺の屋敷が無かったら、この少女はどこに住む予定だったのだろうか?国は対応が杜撰にも程がある。
チラリと見てみると微かな寝息を立ててワコはぐっすり眠っていた。あどけない寝顔は、忘れかけていた19歳という実年齢を思い出させるほどに幼い。
ワコについて書かれていた書類を思い出す。ニホンと呼ばれる魔物がいない平和な世界で生まれた学生で、聖女の魂を持っている人間であること。
「あとは、猫が好きで勉強熱心と」
眠ろうにも隣から聞こえてくる息が気になって寝られそうにない。腹いせに頬を指先で突いてみると、想像以上にモチモチした肌に指が沈み込んで慌てて引っ込める。そこでふと、嫌な臭いがしないことに気が付いた。騎士寮まで追っかけて来ては話しかけてくる令嬢達は、存在を主張するために様々な臭いを放っている。ちなみに「匂い」ではなく「臭い」であることが俺にとって大きなポイントである。他人より鼻が敏感な俺にはキツイものが多く、その状態ですり寄って来られると大変厳しいのだ。しかしワコは違った。メイドに頼めば香水の一つや二つすぐに用意できるだろう。だか彼女からは香水の香りはしない。
「これは……花の香りだ」
ワコの髪を一すくいして匂いを嗅いでみると、花の優しい香りがする。メイドからの報告で毎日の治癒で使った体力や気力の回復は、昼の休息のおかげで問題なく取れていると報告はあった。魔法は実に厄介で、大量に使うと体に毒素が回り体調を崩してしまうのだ。休憩をせずに使用し続けると最悪死に至る。便利でありながら危険でもある、それが魔法なのだ。治癒の魔法は特に高度であることから消費が激しいらしい。聖女は一般の治癒魔法使いよりも効き目が強く、誰よりも魔力消費が抑えられ、なおかつ容量もあると言い伝えられているが本当のところは怪しいものだ。
「仕方ない、運ぶか」
考え事に飽きた俺はベンチの背もたれにワコを持たれ掛けさせると立ち上がった。そして寝付いてしまったワコを軽々と抱き上げると歩き出す。ワコは多少の揺れに動じることなく寝続けている。むしろワコの軽さに俺が驚かされた。
「ちゃんと食ってるのか?」
不安になった俺がワコと一緒にご飯を食べるようになるのは、わりとすぐだった。ワコが寝泊まりしている部屋まで運ぶと、プライバシーの配慮もなく部屋にお邪魔する。部屋は殺風景で、特に新しい家具を購入した気配もない。俺はワコを大きなベッドに寝かせると、これからどうやって接触していこうかなと考えながら自室に戻った。この時の俺は、自分から彼女に近づこうと意欲的になっていることには気づいていなかったのだが。
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