邂逅と緩和
幸せになってくれ
「なにをしてる?」
日光を浴びようと、庭にあったベンチに座ってボーっとしているといきなり話しかけられた。メアリーさんには部屋の掃除を任せているので、自分しか庭にいないと思っていたのだ。慌てて閉じていた目を開けると、予想外の人物がいた。
「えっと……日向ぼっこをしてます」
座っている私の顔を上から覗き込むように見て来ていたのは、強制的に休暇を取らされたロイさんだった。騎士団長から「そろそろ休みをとれ!」と怒られたロイさんが渋々休みを取っていたのをこの前目撃していた。私の問いにロイさんは特に返答することなく、隣に遠慮なく座って来た。ふわりと甘い花の香りが漂ってくる。私が訝しげな表情をしていたからか、ロイさんがひとりでに話し出した。
「ここ、俺のお気に入りの場所だから。奥まったところにあるから知らないと思ってた」
「どれだけ私がこの屋敷にいると思ってるんですか?」
少なくとも一か月は過ぎた。お屋敷は隅々まで知り尽くしているつもりだ。ロイさんはベンチに座って来たものの何も言わない。空気に耐えられず私から話しかけた。
「香水の匂いですか?すごく良い匂いですね」
「香水は嫌い、頭が痛くなるからつけないよ。騎士団のヤツやご令嬢達は臭いくらいつけてるから苦手なんだ。俺はこの庭くらい優しい花の香りが好き」
それだけ言うとロイさんは目を閉じた。はっきりとした物言いに躊躇いはないのかと問いたくなるが、ぐっとこらえて目を閉じる美しい横顔を眺める。ニキビ一つないきめ細やかな肌が日の光を浴びて輝いている。見ているとロイさんが薄目を開けて私の顔を見てきた。黄色い瞳が私を捉えた。
「名前……なんだっけ?」
「わこです」
「ワコ」
ポツリと私の名前を呼ぶと再び目を閉じてしまった。これまで一度も近づいて来なかったくせに、いきなり隣に座ってみたり名前を呼んだりと本当に読めない人だ。
「やっぱりクロマメっぽいなぁ」
「誰?そのクロマメってのは」
寝ていると思って声に出してみたところバッチリ起きていた。次は薄目を開けるのではなくしっかりと目を開けて私のことを見ている。造形美のある人間に正面から見つめられると心臓に悪いからこっちを見ないでほしいところだ。
「クロマメは私の実家で飼っている猫ちゃんです。私が帰省しても冷たいのに、いざ帰ろうとすると足元にすり寄ってきて…本当に可愛いんですよ?」
「なに?俺が可愛いってこと?」
「気まぐれなところですよ……可愛い?って……フッ…アハハ!」
我慢できず、つい笑い声をあげると止まらなくなった。最初は不機嫌そうな顔で私のことを見ていたが、いつの間にかロイさん本人も口元のにやけが隠しきれていない。
「ワコは猫が欲しいのか?」
「いや、実家の猫が元気にしてるかなーって思って」
この国でも犬や猫をペットとして飼う習慣があるようだ。国が貧しかった頃は食料として育てられていたが、経済を持ち直してからはペットとして飼う人口が増えたと読んでいた本に書かれていた記憶がある。その話しをするとロイさんは驚いた。
「勉強してるのか?」
「そりゃ暇ですから……あと最近は新聞も読んでますよ!性別も年齢も不明、唯一わかったのは被害者の遺言であるアシュリーという言葉のみ、で有名な泥棒の記事とか凄く面白いですからね!聞いたことありますか?」
「ああ、聞いたことがある。第二騎士団総出で探しているらしいな。死人も出ている物騒な事件だったか?金目のものを盗んで…気を付けるに越したことはない」
その後も他愛のない会話を続けていると、いつの間にか眠気が襲ってくる。私が欠伸をすると、ロイさんも同じ様に小さく欠伸をした。穏やかな陽気のなかで少しずつ意識が遠ざかっていく。いよいよ眠る直前、私が変な方向に倒れないように、ロイさんが自分の肩の方へ私を傾けさせたところで意識が途切れたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ評価のほうをよろしくお願いします。
何時にすれば良いんだい!!!