聖女様の召喚
最初は情景描写を増やそうとしていたのですか、気づいたらよく考える子になってました。
わりと時間経過がある作品なのでサクサク展開していきます。
何か自分の近くで大勢の人間が騒いでいるような感覚がする。重い瞼をゆっくりと開く。まず初めに見えてきたのは豪華な天井画だった。霞む目を何度か瞬きすることで、次第に私の記憶も鮮明に蘇ってくる。
私は確かに居眠り運転の車に轢かれた。体に走る鈍い痛みを思い出して身震いしてしまうと同時に違和感を抱いた。私は確かに死んだはずなのだ。意識が遠くなる間隔を思い出して、絶対に死んだはずなのにいったい私は何を見ているのだろう。
「あ、これ天国か?」
ポツリと言葉を漏らした瞬間、寝転んでいる私の頭上から一人の男が現れた。頭には変なマークの付いた変な四角い帽子を被っていて、服にも同様の変なマークがついている。その男は私の目の前で手をひらひらと降ってくる。何かわからず左右に揺れている手を目で追ってみると、男は驚いたように私の顔を見て言った。
「聖女様が目を覚まされたぞ!」
その声に反応して自分の周りで大勢の人々が口々に何か言っているのが聞こえてきた。予測のできない事態に、体をゆっくりと起こすと衝撃の光景が私を待っていた。
人、人、人、私は不思議な服を着た人に囲まれていた。同じマークの付いたローブを着た人もいれば、戦国武将の甲冑のような装備をしている剣を持った人も私のことを見ている。
「やったー!」
「成功した!」
恐らく異国の人々のはずなのに、私の耳には何を言っているのかハッキリと聞き取ることが出来る。ふと先程まで寝転んでいた床を見ると、そこには何やら意味の分からない魔法陣のようなマークが施されていた。そしてその中心に私は寝転がっていたのだ。
私は一度目を閉じるとじっくり考える。自分が思っていた以上に冷静であることに驚きつつ、とある可能性に辿り着いた。
「まさか…最近何かと話題の異世界転生したってこと?」
大掛かりなコスプレ集団には見えない。車に轢かれた人間を病院に運ぶのではなくコスプレ会場に連れて行くような人間がいたら逆に貴重すぎる。
そこまで考えて、私はふと思い出した。体がどこも痛くない。試しに体中をペタペタと触ってみるものの痛みを感じることが無い。だが頬を抓ると痛いため、今いるのは夢ではなく現実なのだと痛感することとなる。
「異世界からの人よ…いや、聖女様」
考え事をしていると目の前に人が立っていた。大柄で威厳のある、いかにも位の高そうなおじいさんが目の前に立っていた。
「いきなりのことで困っておるだろう。ここはリンゼイ、お主には聞いたことが無い国名だろう。そしてわしは、この国の王であるダニーだ。お主の名前を聞いても良いだろうか」
「高槻わこ…です…」
ダニーさんは私が名乗ると優しい笑みを浮かべてくれた。怖そうな見た目をしているから内心不安だったが、思っている以上に良い人なのかもしれない。
「ワコか…良い名前だ。ワコはこの状況がどういうものか理解しておるのか?」
「いいえ、その、確か私は死んだはずなのです。でも気づいたら床に寝転がっていて」
私が目を覚ました時はあれほどに賑やかだったのに、今では外から小鳥のさえずりが聞こえてくるほどに静まり返っている。私と国王様の会話を邪魔しないように、そして全て聞き取れるように皆黙ったのだ。
「リンゼイは魔物の発生源と呼ばれる黒森と接している大変危険なところじゃ。毎日溢れてくる魔物を討伐するのが騎士たちの役目。そして彼らの傷を手当てするのが聖女の仕事。ここまでは理解できるか?」
本当は理解できないと言って駄々をこねたいが、この状況で困らせるわけにはいかないと察した私は頷いた。ダニーさんは安堵の表情浮かべると話しを続ける。
「本来ならばリンゼイ国内で聖女が生まれると予言されていた。しかしその聖女の魂は別の人間を気に入ったらしく、本来の少女ではなく別の少女の魂に宿ったと予言者から伝えられた。そしてそれがワコ、お主だったのだ。今痛くないのはワコ自身の治癒魔法が発動して治癒をしたのじゃ」
「え、つまり私は死ねない人間になったってこと?」
自分の体に起こった予想外の出来事に動揺を隠せない。相手が偉い人だと分かっているのに、ついタメ口で返してしまった。
「いいや、寿命と大きな怪我は助からない。例えば打撲や骨折をした場合は簡単に治せるが、大量出血や死んだ者を復活させることはできないがの」
「なるほど…」
つまりお迎えが来ている人間には何をしても助からない。もし何しても大丈夫だったら、確実に私で人体実験していただろう。毒ガスとか色々と危ないものを吸わされていたかもしれないと考えるだけで身震いしてしまった。
「そして聖女の魂を引き継いだワコをこの世界に呼ぶための、召喚の儀式行った。様々な文献を確認して、異世界から人を連れてくる為の魔方陣を作成して、毎日祈りを捧げていた。そして今日、突然大きな音が鳴ったのじゃ。慌てて魔導士が見に来たところ、ワコが魔法陣の真ん中で倒れていたと言う」
「ほぉ…」
急展開に頭が追い付かない。それでもダニーさんは言葉を続ける。
「お主が召喚されたとき、体は不自然に曲がっていたそうだ。強く、しかし優しい光に包まれたら人間らしい形に戻ったと言われている。それが治癒の力だ」
「ということは、死んだのではなく異世界に転移したのか!」
転生ではなく転移、これなら帰る方法があるかもしれない。私は黒森も魔物も興味がなかった。魔物が発生する森の近くにこの国があるのは運命であって、突然連れて来られて助けてくれと言われても…というのが私の意見だから。ただ怪我をした時にやたら治るのが速かった理由がようやくわかって安心したのは大きな収穫だ。
「その、次の聖女が現れるのはいつですか?」
私はダニーさんに問いかける。
「今の聖女が死ぬとき、つまりお主がその魂を手放したときじゃ」
恐らくこれまでで一番馬鹿みたいな顔をしていたに違いない。自分の心臓があるところを見て、ダニーさんの顔を見て、そしてもう一度心臓のある左胸を見た。
「もしかして、私は死ぬまでここで暮らすことになりますか?」
「そうじゃ。それに帰る方法は見つかっておらん」
その言葉を聞いて、私はただ項垂れるしかなかったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
お時間ございましたら評価をよろしくお願いします!