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黒猫騎士様に懐かれるまで  作者: 鯛焼きさん
13/16

予想外3

明日で最終回です

「わこ!いつまで寝てるの!久しぶりに実家へ帰って来て寝坊しないの!」


 お母さんの大きな声が一階から聞こえてきて目が覚めた。時計は普段起きる時間よりもかなり進んでいる。私は起き上がって伸びをすると仕方なくベッドから出た。リビングへ向かうと良い匂いが漂ってくる。実家最高。


「おはよう~」

「おはよう、よく眠れたか?」

「ちょっとあなた!甘やかさないで」


 仕事に行く準備を終えたお父さんが優しい笑みを浮かべて朝の挨拶をすると、お母さんが苦言を呈した。私は椅子に座るとトーストにバターをたっぷり塗る。手を合わせて「いただきます」を言うと豪快に噛り付いた。表面がカリカリで中はふわふわの厚切りパンが大好きな私は無言で食べ進める。オレンジジュースを飲んで一段落したところでふと思い出して周囲を見渡した。


「お母さん、クロマメは?」

「あら?あんたの部屋にいると思っていたわ」


 真っ黒で黄色い瞳をした人相(猫相?)の悪い我が家の猫だ。触ると不満げな顔をして逃げる子だが、私が大学寮に戻ろうと荷物をまとめているとスリスリしてくる罪深い猫ちゃんだ。可愛いから許すけれど。


「それより今日はお友達と会うって約束していたでしょ?こんなにゆっくりしてて間に合うの?」

「あ!忘れてた!」


 ヨーグルトを飲むような勢いで食べると、食器を片付けて服選びを開始する。お気に入りのワンピースを選び、身だしなみを整えているとお父さんが出て行く音が聞こえた。時計を見ると約束の時間まであと二時間もないことに気づき余計に焦ってしまう。バタバタと暴れまわる音が煩いとお母さんに怒られたが、ゆっくり歩く余裕が無いのだ。髪を巻くと前髪が歪にならないように固める。


「じゃあ行ってきます!」

「遅くなるなら連絡してね!」


 白いサンダルを履くと外に飛び出した。太陽にじりじりと照らされて焼けるのを覚悟する。テーマパークの近くにある集合地点に行くと他の皆は揃っていた。


「はい、わこ遅刻!今日は一緒にジェットコースター乗ってもらうから!」


 みどりが意地悪な顔をしてこちらを見てきた。絶叫系が苦手なのを知ってワザと言ってくるのだ。隣にいる小林君は翠の傲慢さに苦笑いしている。


「わこちゃん絶叫系苦手なんだから無理しなくて良いからね?」


 そう言って王子様スマイルを正面から浴びた私は耐えられなくて近くにいた春香の後ろに隠れた。小林君は不思議そうに私の顔をじっと見てくる。キャラメル色の髪にぱっちり二重の小林君は女子でさえ嫉妬すると同学年では有名だった人ことをぼんやりと思い出す。


「おい!早く行こうぜ!」

「こんな所で立ち話してる場合じゃねえ!」


 恭太と根岸君が遠くから手を振っているのが見える。私たちは彼らを追いかけるように走り出した。私たち六人は地元の高校でいつも一緒に行動していたメンバーだ。私と恭太は幼馴染で、幼稚園からずっと同じ環境で育ってきた。どのような繋がりでゴリゴリの体育会系がクラスの王子様と仲良くなったのか知らないが、傍から見れば変な組み合わせで個性を寄せ集めたようなメンバーなのである。

私が地元に戻って来たので地元の遊園地で遊ぼうと決まったのだ。コーヒーカップで馬鹿みたいに回してみたり、メリーゴーランドで格好よく決めてみたり、ジャンクフードを頬張ってみたり。とにかく久しぶりに会っただけで私は嬉しくて仕方なかった。結局押しに負けてジェットコースターに乗り、吐きそうになったのは許さないけれど。


「ふ~楽しかった」

気がつけば夕方になっていた。六人で歩いていると恭太が口を開いた。


「また遊ぼうな」


 夕日の中で、しみじみとした彼の言葉に皆は頷いている。その見慣れたはずの光景に何故か涙が出そうになる。目がかゆくなったフリをしてゴシゴシしていると、小林君が私の隣に来て心配そうに顔を覗き込んできた。甘いルックスの彼は大学でも大変人気らしいが彼女を作らない事でも有名だと同じ大学に行っている春香は私に教えてくれた。


「わこちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。今日は楽しかったね」

「そうだね。やっぱり昔からの友達と一緒にいるのが一番楽しいよ」


 他の皆からは遅れるような状態で小林君と並んで歩く。私から特に話すことが無くて黙って歩いていると、小林君は困ったように乾いた笑い声を出した。


「あはは、何も話題が思い浮かばないや。ごめんね?居心地悪いよね」

「そんなことないよ。ロイさんといる時もこんな感じだし…ん?」


 口から勝手に飛び出した言葉に、聞き覚えのない人物の名前が出てきて頭が一瞬フリーズしてしまう。小林君は聞こえなかったのか言及してこないようだ。咄嗟に出たこの人の名前を思い出そうにも、何かが邪魔をして思い出させてくれない。


「わこちゃん、あのさ、もし良かったら今度は二人で遊ばない?」

「私と小林君で?」


 他の皆に聞こえない程度の小さな声で小林君は私を誘ってくれた。断る理由もなくて頷くと、小林君は小さくガッツポーズをしている。晴れやかな笑顔で私を見てくるので、眩しさのあまり目をチカチカしそうだ。


「じゃあ、また日を改めて連絡するよ!」


 小林君は背中に羽でも生えたみたいに足取りが軽く前を歩く他の皆のもとへ向かって行った。楽しかった一日もあっという間で、気がつけば部屋のベッドで寝転がっていた。お風呂で汗を流し、夕食をモリモリ食べて自室のベッドで寝転がる。お嬢様のような生活とはこのことだ。ふかふかのベッドに入ってスマホをしていると小林君から連絡が送られてきた。具体的な日にちとかを決めたいそうだ。私が通話を提案すると、目をキラキラさせた犬のスタンプが返って来る。

 今日の遊園地のことや大学で何をしているのか、他愛のない会話をして次遊びに行く場所を二人で話し合って決めた。


「じゃあまた今度だね!おやすみ」

「おやすみ~」


 通話を切ると、部屋の電気を消した。スマホは目覚ましをセットして頭の真横に置く。楽しい一日があっという間に終わり悲しくなってくる。何も考えず天井を眺めていると、自室ではないどこかでクロマメが鳴いている声が聞こえてきた。クロマメが入って来れるように扉を半開きにしていたので、いつ来るかと楽しみに待っていると扉がギイと音を立てて開かれた。


「クロマ…メ?」


 ベッドに何か乗ってくるのを感じて目を開けると、そこには猫ではなく人が座っていた。暗闇でシルエットしかわからないのに、なぜか私はこの人がロイさんであると確信する。私の手を両手で優しく包み込んで、独り言のように話し始めた。


「どうしていつも大事な時に俺はいないのだろう。騎士として護るのが俺の役目なのに…ワコ、お願いだから目を覚ましてくれ」


 強く、痛いくらいに手を握られる。まるでこの人の胸の痛みを表すようだ。私も握り返そうとして、ふと考える。このまま手を握り返せばこの人は私が聞いていると気づくはずだ。では気づかれた瞬間に自分の存在はどうなるのだろうか。私と小林君が遊ぶ予定は失われるのだろうか。唐突に怖くなり動けなくなる。何故かわからないけれど、この人の手を握り返せば、この世界が全て消えて無くなるのではないかと思ってしまったのだ。


「ワコ、握り返してくれ」


 少しずつ握る力が弱くなってくる。手が離れるのもあと数秒のことだろう。私は今この瞬間で大きな決断をする必要があるように思えてきた。すすり泣くような音が聞こえてくる。


「なあ頼むよ…『その不安が無くなるまでは俺がそばにいる』じゃダメなんだ。俺はワコにずっとそばにいてほしいと思ったのだから」


 その言葉を聞いた瞬間、何かが吹っ切れる音が自分の中でした。私の頭の中で渦巻いていた霧が晴れ渡り、この場にいるわけにいかないことを思い出させる。するりと離れそうになるロイさんの手を、今自分が出せる最大限の力で握り返した。すると先ほどまで暗くて全くわからなかったはずのロイさんの顔が鮮明に思い出される。黒髪で切れ長の目からのぞく黄色い瞳、そして整った容姿が。


「ワコ?」


 私が握り返したことに反応して、裏返ったような声で期待するような声色でロイさんが私の名前を呼んだ。その一方で、本来私が過ごしていた暮らしとは永遠にお別れになると実感させられる。これまでは、まだ心のどこかで日本に帰れるのではないかと思っていたが、きっとこのタイミングが最初で最後だ。もう迷わない。私の心は決まっていた。


「私は、ロイさんと一緒にいたい!」


そう言った瞬間、取り囲む環境が歪んだ。私の部屋も、何もかも形が奪われていく。


「にゃーお」


 どこかでクロマメが鳴いている声がした。ベッドに寝たまま首を傾けると、部屋の扉の方から私の方をクロマメはじっと見ている。私に縋って来ようとはせず、見守るようなその姿はまるで早く行けと言っているように思えて。


「じゃあね、クロマメ」

「にゃー」


クロマメの緊張感のない鳴き声を最後に、私はあるべき現実へと戻ったのだった。

メンバーは脳内補正してください!

読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ評価のほうをよろしくお願いします。

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