中編・超魔王の知略
突如現れた少女だが、ジンに向かってパチッとウインクを送っているところを見ると、おそらくオメガバーンが変身した姿なのだろう。
しかし、魔法使いステップは怒りで身体を大いに震わせる。
「おーまーえーっ!! この娘は彼女か!? 彼女なのか!? こんなかわいい子を宿に連れ込んで、お前は一体ナニをする気だったんだ!」
「え? ち、違ウヨー。こ、この娘は、ぼ、僕の妹ダヨー?」
「なに、お前の妹なのか? めちゃくちゃ可愛いじゃねーか、紹介しろよ!」
「こんにちはー。わたし『マオマオ』だよー♡」
ツインテメイド少女は両手でハートマークを作りながら、可愛らしくポージングを決める。
「はじめましてマオマオさん。俺は勇者パーティーの『氷の頭脳』にして『千の呪文を操る男』、大魔道士のステップと言います」
「まあー♡ あなたが、かの有名なステップ様? お兄ちゃんと仲良くしていただいてありがとうございますー♡」
「もちろん! 俺とジンくんは親友ですから」
はっはっは、と高笑いをするステップ。しかし、マオマオは可愛らしく小首をかしげ。
「あれー? でも、先ほどお兄ちゃんをパーティーからクビにするって……」
「えっ? ははっ、やだなあ。俺はジンくんを追放するのに反対派の方ですよ」
「そうだったのか? 僕はてっきりステップから嫌われてるものとばかり」
「だ、大親友の俺が、ジンくんを追放したい訳がないじゃないか。そうだ! 俺がショウ達を説得してくるからちょっと待ってろ!」
そう言うと、ステップは慌ててジンの部屋を出て行く。
ジンは、ふいーっと冷や汗をぬぐった。
「フッフッフッ、上手く行ったようだな」
「いやー、いきなり美少女が現れたからビックリしましたよ。でもまた、何で女の子に?」
「魔法使いステップは、無類の女好きと聞き及ぶ。しからずんば、我の存在をくらますと同時にあの男を味方に引き込むために、効果的な策を使ったまでよ」
「いよっ、さすが超魔王! マオマオちゃん、かわいいよ!」
「マオマオだよー♡」
ジンと魔王が、わいきゃいとハシャいでいると、そこへ桃色のショートヘアーの勝ち気そうな少女が駆け込んで来た。
「こらーっ、ジン! あんた、ステップに何を吹き込んだのよっ!!」
「げっ! パピー!?」
その少女の名は『女格闘家パピー』。
『烈火の双拳』『紅蓮の斬り込み隊長』の異名を持つ、勇者パーティーの一員である。
「むっ、『女格闘家パピー』か?」
「ん? あんた誰よ」
「おっと、わたしはマオマオだよー♡」
「この娘は、僕の妹だよ」
しかし、パピーは首を傾げる。
「あれ? 前にあんた、自分は一人っ子だって言ってなかった?」
「げっ、そうだったっけ?」
「何? 貴様、一人っ子のクセに我を妹とのたまったのか?」
格闘家パピーは、ビシッとジンを指差す。
「分かったわ! あんた、ステップが女好きなのを良い事に、美人局を仕掛けてたらし込んだんでしょ?」
「わわっ、どうしよう!? 完全に見抜かれちゃったよ!」
「そりゃあ、それだけ詰めが甘ければな」
我が主ながら、その間抜けさに呆れる魔王。
「ずいぶんと小賢しい真似をしてくれんじゃないのよ。覚悟は出来てんでしょうね」
「ま、まずい……!」
「『閃光烈火拳』!!」
パピーは一気にジンとの間合いを詰め、炎を纏った拳を叩き込もうとする。
しかし、その間に黒髪ツインテメイドが割って入った。
「『幻惑呪文』!」
マオマオがハート型の波動をパピーに向けて撃ち出すと、彼女の動きがピタリと止まる。
そして、パピーはジンにガバッと抱きついて来た。
「好き!」
「え? どうゆうこと?」
「先ほどこの娘に貴様に惚れる魔法をかけた。もう、こやつは愛の虜。貴様のいうことはどんな事でも聞き入れるぞ」
「じゃあパピー、僕が勇者パーティーに残れるように取りなしてくれないか」
「分かったわ! 愛するあなたのために、行ってくる!」
女格闘家パピーは快活にそう言うと、スタコラとパーティーの元へ戻って行った。
ジンはドアの鍵を閉めて、一息つく。
「ふー、何とか切り抜ける事ができましたね」
「しかし、貴様は淡白というか、お人好しだな。今ならあの娘の乳や尻を、もれなく揉み放題だったのだぞ?」
あー、とジンは少しだけ言いあぐねながら。
「ああ見えて、ステップとパピーは、両片思いのケンカップルなんですよ」
「なるほど、人の恋路を妨げぬとは殊勝な心がけだな。しかし、女格闘家はともかく魔法使いの方にそんな素振りは見えなかったが」
「この前、宿の予約を間違えて、あいつらをダブルベッドの同部屋に泊まらせてから、どうもギクシャクしちゃってて」
「貴様のせいか」
「そもそも、ホテルのツインとダブルって、紛らわしくないですか?」
「そもそも、男女を同室にする方が問題あると思うが」
「一応、監視カメラを付けてたんですけど、エロイムエッサイムな感じにならなかったし」
「ただの確信犯ではないか」
あるいは愉快犯か? と、魔王は思う。
「ですが、このままパピーが僕の事を好きなままでは困りますね。僕は2人をくっつけたいですし、どうにかなりませんか?」
「そうだな……。ひとまず女格闘家の魔法は後から解くとして、今度あやつらを『◯ックスしないと出られない部屋』に閉じ込めてやろう」
「ええっ!? それじゃ逆効果になってしまうのでは?」
「心配せずとも、その部屋は靴下を履いたらすぐに出られる」
「『ソックスしないと出られない部屋』!?」
「我が思うに、前回が不完全燃焼だった事が不仲の原因なのではないか? 2人が恋仲になるにせよ、仲間として向き合い直すにしろ、きっかけを与える事が肝要だと考えるがな」
「なるほど、納得しました! さすが超魔王、知略が冴え渡ってるー!」
「フフフ、囃すな。面映ゆいではないか」
変身を解き、元の超魔王の姿に戻ったオメガバーンはまんざらでもないような笑みを浮かべる。
しかし。
ドンドンドンッ!
『ジン、開けろ! キミがどうやってステップたちを懐柔したのか分からないが、キミをパーティーから追放する方針は変わらないぞ!』