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妄想未来1

作者: 二階堂真世

妄想未来

22世紀は、それまでの価値観が180度変わらなければならない事象に見舞われた。そこで、秘密に世界最高峰の才能を持つシンクタンクのようなものが結成され、来る危機に備えるようになった。  

政府から選ばれた人にだけ、夢の自動車が贈られて来た。太陽光エネルギーだけで動く一人乗りの、この自動車は小回りもきき、コンパクトなので自転車置き場にあるスペースにも駐車できる。軽いボディは折りたためるので、家まで持って行ける時は、ボタンひとつで自動で動く。人工知能が搭載されているので、一度行った場所は登録しておけば勝手に行くことができるのだ。

20世紀に憧れていたベンツやフェラーリのような高級車よりも高価なコンパクトカーは水陸両用、特別な石のおかげで、数メートルなら空に浮くこともできるのだ。軽量だがボディは合金よりも固く、バズーカ砲でも破壊することが出来ない安全性が売りだ。確かに壊れないし、中にいる人も周囲の装置が、特別の素材で出来ていて、何か衝撃があれば胎内にいるように守られるシステムになっているらしい。しかも、指紋や毛髪や肌認証で本人確認できなければ動かない。セキュリティが万全で、他の誰かが不穏な動きでコンパクトカーに触ろうものなら、瞬時に危険と認識され経皮毒で眠らせてしまうらしい。

なので、コンパクトカーを見かけると、誰も人は近寄らない。ものすごいお金持ちか、政府の要人か、才能を持つ5%の逸材だけが持つことを許された、まさに選ばれた人のみに与えられる勲章みたいな車なのだ。運転手もいらない。あらかじめ秘書かコンシェルジェが入力したスケジュール通り、時間も数秒狂わず、到着することが出来るのだ。しかも、移動中、考えていることをキャッチして、忖度してくれるので、仕事もはかどる。およそ、忙し過ぎる人のために作られた車で、そこには人類の夢が詰まっていた。

この日も、色鮮やかでデザインもユニークなコンパクトカーが6台止っている。ドアが開き、年齢も職種も明らかに違う人が、宇宙船みたいなドーム型の建物に引き込まれて行った。選ばれた人が6人も集まるなんて非常事態なのか?赤ランプが光り、ブザーが瞳の心の中で鳴り響いている。その時、紫文の姿を見つけて、ホッとした。彼は有名なアーティストで、瞳の旦那様。出す歌全て、ヒットする。彼の歌は子供から大人まで、まるで国歌のように街のあちこちで聞くことができる。何を言っているのか、よく聞き取れないのに、その音楽で人々は感動する。「音楽は宇宙からのメッセージだから。理屈なしで感じて欲しい」という紫文のメッセージは世界50ヶ国の言葉で瞬時に訳されて、人々に共感の波動が拡がっていくのだ。しかも、彼の歌は歌えば歌うほど、不思議なことに、心が軽くなって行くのが特徴。

「帰って来たの?」と聞くと「急に意識が無くなって、気づけばここにいた」と戸惑っている。瞳も事実、なぜ自分がここに来たのか?記憶がない。知らない間に車に乗せられていた。いつもそうだった。ここがどこで、どういう理由で集まったのか?それさえ知らされていない。瞳には、生まれた時から次々とミッションが降りて来る。それだけではなかった。実は、彼女には見えてはいけないものが沢山見えている。1人の人には、2人の時代錯誤な出で立ちの人が見えていた。1人は守護霊、もう1人は指導霊なので、恐れることはない。誰にでも憑いている。指導霊のレベルで、その人の今の心の在り方がわかる。貧乏神や死神が付いていたらヤバイ。見えないフリをする。見えていることが知られたら、引き込まれてしまうのだ。

瞳の本業は占い師。中国では、昔から医師よりも高い地位にあるという占術師は、現在統計学としてデータ化して、生年月日でおおよその性格や運命がわかるようになっているのだ。そういうわけで生年月日は個人情報の中でもトップクラスのシークレット。国民全員のデータを管理分析して時代の潮流を占うのが彼女の主な仕事なのだ。 

20世紀にはマーケティングという原始的なデータが元で市場を調査研究していたらしいが、コンピューターや人工知能のおかげで、ほとんどの未来は予想的中するようになった。それでも、目に見えないエネルギーのようなものが誤差を生むようで、そこに瞳の不思議な能力が必要になっている。人間はもちろん動物や自然の中にも、想念のようなものが働いて様々な奇跡を起こす。

自然さえデータ化され、天変地異や天候までコントロールできると思っていた21世紀は、一時逆行してシャーマンや波動や魂のようなものを崇拝する時代があった。目には見えない不思議な世界があることを、全人類は痛感する事象が全世界で起こった。

宇宙の意思、神の存在を、皆が信じずにはいられなかった。

【祈り】とか【想念】の時代があった。その後、化学を越えたエスパーみたいな新人類が増え、瞳はひときわ、その才能を認められ密かに各国の首脳から一目を置かれる存在となったのだ。

しかし、最近記憶を失うことが多くなった。特に、秘密の会談がある時には、必ずそんな状態になるのだ。頭の中にチップが埋め込まれているのかも知れないと、瞳は疑っていた。集められた人皆、どこの誰かなど互いに興味もなかった。淡々と、それぞれの専門分野での新しい兆候や、発明や解明された事象について報告する。 

科学者らしき人は、何やら新薬や化学物質による効能効果や、展開方法を未来に活用できる可能性について語っている。瞳には、彼が自分の研究のリスクを正直に報告していないことがわかってしまう。

人工知能がそのエネルギーを察知して、質問責めにする。医学の専門家らしき人物が助け船を出す。「21世紀前半、ワクチンでウイルスを撃退できるというフェイクニュースで人類の人口を目標人数まで減らしたのは、科学と医学の成しえた偉業ではないか。あのまま老齢化が進み、人口が増え続けたら、食糧難はもちろん、死ねない人に経済は破綻されていたに違いない。おそまつな人道主義に阻まれはしたが、恐怖を煽り、民衆心理を利用したら、現在の理想郷にやっとこぎつけることが出来たのだ。」と自慢気に言うのを政治家のシンクタンクらしい男性の声が遮断する。「そのことは門外不出の言ってはいけない危険情報。一般には知らされていないオフレコになっています。他言厳禁。二度とこの話題に触れることは辞めて頂きたい。恐れながら、皆様の記憶からデリートさせて頂きます。」と言った途端、目が覚めたら、自室に帰って来ていた。

家政婦ロボットの軽快に動く音と、美味しそうなご飯の炊ける香りにいたたまれず起きた。「ビールもお出ししましょうか?お疲れの様ですし。少し中性脂肪の数値が上がっているのは気になりますが、ストレス解消にもなるので350mlなら、よろしいと思われます。ビタミンCたっぷりの、本場のゆずを使った温製野菜の和え物は、アルコールを肝臓で分解するので健康的にも配慮いたしております。名店【なごみ】のレシピを応用した逸品に挑戦してみました。お味はいかがですか?」と綺麗な声で話しかけてくれる。死んだ母の声をプログラミングしてもらったので、家に帰った子供のように安心できる。「メイちゃんは?」と聞くと「おやすみになられました。あと3時間後には、お目覚めになるかと思いますが、母乳になさいますか?」と聞かれる。「そうね。胸が張っているから。ビールはやっぱりいらないわ。お乳に出たら良くないから」と言うと「かしこまりました」と、食卓を整えて、熱いお茶とお味噌汁、炊き立てのご飯をテーブルに置き、バスルームに向かって行った。お風呂の用意をしてくれているようだ。家政婦ロボットは高額だったが、買って本当に良かった。守秘義務は絶対守ってくれるし、仕事は完璧。決して裏切らない。人のように喜怒哀楽や嫉妬や悪口などもない。少し物足りないが、最近では冗談言えるくらい、進化してきた。人間にそっくりなタイプにしなくて良かった。見た目がロボットらしいので、まだセーブがきくが、母の若い頃を再現していたら公私混同?いや、感情移入してしまって、相手が人工的なものだと認識できなくなりそうだ。

最近は、母がよくそうしてくれたように、懐かしい童謡を歌ってくれている時がある。テレパシーのようなものを感知する最新のテクノロジーが搭載されているようで、入力しなくても察知して新たな行動を取って瞳を驚かせるのだ。このシステムを導入したのも瞳だった。ひときわ霊力の強い瞳だから、これほど心を読んで、至れり尽くせり出来るのだろうか?もう1体は紫文の所にも、導入されたはずだ。今日聞いてみたかったのだが、強制終了されたかのように会議が中断されて家に送還されてしまった。

投稿動画も個人のブログも、政府機関が厳しくチェックしていて、政府の意に添わないものは消去されてしまう。危険分子が国を揺るがし、危機を招かないように細心の注意が施されているのだ。昔は自由に意見を言ったり、宗教と思想の自由は法律で保護されていたらしいが、何もしないで批評だけして人の心に不信感を植え付ける危険分子が多くなりすぎて、悲惨な事件が続出。いわれもない憎悪や凶悪な思想が世の中をかき乱し初めて、しかもネット内で増殖され取り締まらなければ治安が保たれないと、政府機関が監視するようになったらしい。

平和と自由、どちらを選択しなければならないとしたら、平和を選択するだろう。戦争や悲惨な現実を免れるなら、同じ価値観の元、安心して生活したいと誰もが願うはず。

血気盛んな男性たちが、沢山牢獄に入れられ、出て来た時は別人のように更生し優しくて平和主義の男性ばかりになった。エロく、アルコール中毒、博打で身を崩す【飲む・打つ・買う】という昭和の問題男などは一掃されてしまったようだ。品行方正、悪い事など考えもしない男性たちは、同時に繁殖能力も失ってしまったらしい。性的暴力や悪戯や、性犯罪も少なくなった。女性に発情しない脳に送る神経物質を、コントロール出来る薬が開発されたおかげだと聞いたことがある。破天荒な人が少なくなって、熱中するのも頭脳競技のようなものばかり。

筋肉も、実際トレーニングしなくても科学的に同じ効果が期待される道具の開発で理想のボディラインが手に入るようになった。楽して効果の出る便利なものがもてはやされているのを、瞳は複雑な気持ちで眺めていた。この潮流を止められるわけでもないのに、何か心の奥底にザワめく物がある。そして、それを霊視しようとすると、目に見えないバリアのようなものに阻止されて諦めるしかなかった。みんなが右を見ているのに、自分だけが左を見たくなる衝動に困惑していた。 

占いもオンラインで出来るようになったので、直接人と接することが無くなった。おかげで、霊症も受けることが少なくなった。防止シートを画面に貼っているおかげかも知れない。この家の空間は結界が張ってあるので、邪気は入って来れない。幼い頃から霊的な物と遭遇して、命すら取られそうになったことがあるので自己防衛本能は半端ではない。

こんなコンピューター制御されている22世紀になっても、消えない過去の亡霊たちの執念は、たまにコンピューターさえ乗っ取ってしまう。過去の消し去られた歴史的事実を映像を見るかのように瞳は知っている。

今の政府が、腎臓のウイルスを撒き散らし、フェイクニュースで人々を不安に陥れ、自ら危険なワクチンとも知らず摂取して、時限爆弾のように次々と倒れて行った人々。ウイルスのせいにしているが、実は薬害。しかも、確信犯なのだから、死体は人知れず処理され、何も報道されぬまま、外出しない人々はマスコミ操作され疑わない。人口が減ったのも、過疎化した村に企業が移転したのだと信じ込まされていた。

実際リモートで会社に出社しなくても仕事が出来ると体験したビジネスマンたちは、自然に囲まれて子育てをしたいという欲求が高まり、地方に移転する家族も増えてはいた。

だから、ウイルスに怯え、家に引きこもっている老人の姿が、少なくなったことに気付く人はいなかった。ウイルスが老人や何か疾病を持った人に死をもたらすという情報だけがテレビやネットから配信され、リフレインされいつの間にか事実だと刷り込まれてしまっていたからだ。病院も家族でも面会できない。死んでも、そのまま家族と対面することはウイルスが伝染すると言われ禁止されていた。

本当は、テレビやネット情報が作られたものだということは、国民全員がわかっていた。それでも、真実を知ろうとも、犯行しようとも思わないのは、薬や体に埋め込まれたチップがコントロールしていて、行動が操作されているのだからどうしようもない。

欲望というものが無くなり、そのせいで競争とか達成感とか感動というものが無くなってしまった。才能もデータで選別され、能力を活かせる理想的な社会になった。障害者もいない。お腹にいる時に、前もって遺伝子の異常がわかるようになったからだ。途中で何かしら病気や障害が出たとしても、進んだ医療で完治できないものは滅多にない。何にでも変化できる細胞を使って移殖する技術は、21世紀最後に実用されるようになったからだ。いつまでも若々しく、病気にもならない。夢のような世界なのに、人々の目から光が消えた。イキイキと自分探しをし、恋人にフラれたり、裏切られたりした時代は終わった。生年月日やDNAなどのデータを駆使して、全て無駄なく順調に進むことの出来るよう、産まれた時からプログラミングされ社会もひとりひとりを大切に思いやりを持って成長を楽しみにしていた。

泣くことも怒ることも悲しむことも、あまりない。なのに、心にいつも霧がかかっているような。夢の中にいるような釈然としないのは何故だろう?

ちょうど3時間後、メイが可愛い泣き声を上げた。抱き上げると、甘いミルクの香りがした。思いっきり息をすると、幸せな気持ちになる。無機質な空間にいるせいで、こんな人間らしい時間に癒やされるのは、最近は授乳の時だけだ。家政婦ロボットがオムツを持って来た。そして、初めてのワクチン接種の日時を伝えてくれた。その瞬間、メイの息が止まる映像が見えた。このワクチンを接種したらメイの命はない?メイに付いている守護霊の女性は狂乱していた。指導霊らしき男性は消えた。誰かに助けを求めに行ったに違いない。オッパイをやっていた幸せな時間が、いきなり闇に覆われた荒涼とした砂漠にいるような感覚になった。

まだ目も見えない我が子を、助けなければならない。親しくしている政府高官に相談した方がいいだろうか?所詮、彼らも人工知能に動かされているだけなのだから、何の力もないだろう。

『何故?メイの命を無いものにしたいのだろう?』消えかかった記憶の中から、必死で検索する。最近記憶が無くなるのは、アルツハイマーなのか?

21世紀、高血圧の薬を常用した人がアルツハイマーになって、社会問題になったことがある。どんな障害も悲惨だが、頭の障害程、周囲が不幸になるものはない。食事を食べたかどうかわからない程度ならまだいい。家の中で暴れたり、物を破壊したり、家のあちこちで排便したり目が離せない。勝手に徘徊し、遠くの町で見つかることも。そうなると、家族は部屋に鍵をかけ、出かける時はベッドに体をくくりつけなければ安心できない。

他人は「人道的にどうなの?」と非難するが、当事者になると本人の安全のためにも、そうするしかないことに気付く。生きることの尊厳とは?散々悩んで、尊厳死が認められたのは、つい最近の話だ。遺伝子組み換えの弊害で、精神を病む人が激増して、社会が混乱したからだ。死という強制終了があることは人類の救いとまで言われるようになったのは、化学や医学の進歩で、なかなか死ねなくなったからだと言われている。生きるということは、死をも選択できるということ。自分が誰かもわからないのに体だけがゾンビのように社会に迷惑をかけるならば、潔く死を選択するという決意をドナーカードに記載するようにもなった。

瞳も消え始めた記憶を探りながら、必死で意識を集中して考える。もはや、世界の首脳たちや国の行く末を占って、アドバイスしている場合ではない。メイの父親は紫文だ。最高の相性だと薦められて、カリブの海に新婚旅行に言って出来た子だ。その後、彼が忙し過ぎて別居。メイが生まれてから数回は会いに来たが、まだ実感がないようだ。瞳も授乳する時くらいしか、母親になった実感などない。 

この記憶だって、本当のことかどうかは疑わしい。何者かに記憶を捏造されコントロールされている人も沢山知っているからだ。 

瞳は、過疎地で医者として頑張っている兄のことを思い出した。もう何年も連絡もしていないが兄なら力を貸してくれるに違いない。

お腹いっぱいになってゲップをして、また眠り込んでしまったメイのオムツを替える。オッパイを飲むと必ず排泄するのは健康な証拠。こんなに健やかに育っているのに、もう地球上にいるかどうかもわからないウイルスのために、ワクチンを過剰に摂取する必要がどこにあるのだろうか?21世紀は、ワクチンは強制ではなかった。

22世紀になると、ワクチンを受けなければ学校にも仕事にも行けない法律が出来てしまった。ワクチンと子供、特に脳の疾患との関係性は誰の目にもわかるようになってきた。医者は認めないが、数字が全てを物語っているので自分と家族は守らなければならないという、社会の風潮が最近盛んだ。こんな小さな子を連れて、過疎化した僻地に行くのはリスクが高くないだろうか?紫文にも連絡した方がいいのか?すべき事をメモする。パソコンもスマホも情報操作をされているのがわかってから、アナログ。鉛筆とメモが欠かせない。ロボットを充電ボックスに入れて、仕事場に入る。モニターにはメイの映像。何かあったら見えるので安心して仕事に励める。

数万件の質問には、あらかじめプログラミングしていた解答が返信されている。だいたい同じような人から同じような質問が来ているので、たいていはそれで会員は満足してくれる。しかし、何か霊症や周囲の人のせいで、不幸に巻き込まれている状況もあるので霊視する。そこにも画一的な要因が見つかる。それに解答して、50ヶ国の言葉に訳され配信される。あと数十件はカウンセラーを行う。かなり高額なのに本日も12人の枠はいっぱい。同時通訳を通して話すので、少しの時差が生じる。違うのは言葉だけではない。習慣も常識も、国の法律だって違う。その辺りには触らぬようにアドバイスするのだが、人間の悩みとはそんなに違わないといつも思う。

人はみんな勧善懲悪主義だと思う。親は子を思い、愛せないと自分を責める。そして、世にはびこる薬のリスクに悩む人は年々増加している。子供のためには、未来のためには辞めなければならない。自分の子がそんな危機に瀕して初めて向き合った問題に、世の中から寄せられた不安の声に気づく。

そこから、インターネット検索していたら、子供にワクチンを打たなくても良い秘密の方法を教えてくれるという電話番号を発見した。書き留めると同時に削除される電話番号にかけてみる。

なんと、それは聞き覚えのある声だった。薬の研究では世界トップの科学者のKだ。月1回のトップ会議にも来ている。相手も瞳からの電話だと知って、最初は猜疑心で慎重だったが、子供のことを相談したら、2時間後会ってくれることになった。しかし、それから連絡が途絶え、約束時間にも彼は来なかった。どこを検索しても、彼の情報は消えて、電話番号も繋がらなくなっていた。「私が連絡したせい?」と思うとゾッとした。自分は見張られているのだ。逃げなければ、子供と共に抹殺されるかも知れない。「逃げよう」と瞳は覚悟した。「この地位や名誉もいらない。便利な平和な日々を棄てても、守らなければならない宝物がある。この子のために全力を上げて闘おう」と。

お金も電子マネー。行く場所もスマホで、すぐにわかってしまう。もしかしたら、人体に組み込まれているチップが、場所の特定はしているのかも知れない。疑い始めると、便利だと思っていた全てが不便で仕方がない。それなら、便利なものを使いまくって、とりあえず兄の所に行って相談しようと考えた。霊視して持って行くものを決めてる。

ロボットも一緒に連れて行く。コンパクトカーも、ボタンひとつでマイカーに変身。これなら目立たない。シートはベビーベッドに早変わり。車の運転は自動だが、人間のリアルマスクを付けたロボットに運転席に座ってもらう。ロボットとコンパクトカーは国や他からのコントロールは効かないようだ。さすがに国のトップのために作られただけある。いつでも、身の危険が迫った時、逃げられるようプログラミングされているのだ。今まで必要なかったから、使用方法を真剣に聞いていなかったが凄い。まるで、昔の映画の【007】みたいだ。この中で生活もできるし、この車の中にいれば、気配を消して外国にも行くことが出来る。空を飛べば、兄の所まで1時間余りで着くことが出来るだろう。

兄にメールする。このメールも外国の中継点を数カ所使用するようになっているので、居場所を特定されることはない。兄から返事が来た。「先客も、お待ちかねだ」とある。行くと驚いた。連絡もしていないのに紫文と、連絡のつかなかった科学者Kが囲炉裏で兄と酒を酌み交わしていた。

「携帯電話は盗聴されていたようで、コンパクトカーに逃げ遅れたら危ない所だったよ。ロボットとあの車と他人名義のカードだけあれば、どこでも研究できるし、奴らの思い通りにはならない。ネットで真実を配信して、化学物質と遺伝子組み換えで何が起こるかわからないリスクの高い薬や注射を阻止するために、これからの人生をかけるつもりだ」と鼻息荒く科学者のKは、お酒で真っ赤な顔をして上機嫌だ。

「メイちゃんはワクチン履歴が毎回記録できる様にしておいた」とKが言ってくれた。娘が美しく成長している姿が見える。もう大丈夫。「瞳も僕も、世界のどこにいても仕事が出来るから。電磁波の多い都会を離れ、一緒にここに住みたいな」と紫文が言ってくれた。

記憶を妨げていたのは電磁波だったのか?頭がクリアになって来る。

元々シャーマンは、自然の中で地球や宇宙のエネルギーを受信して魂を研ぎ澄ませていたものだ。世界の権力者に媚びて、都会に住んだせいでアンテナが効かなかっただけなのか?瞳の指導霊が後ろで微笑していた。今まで、いなかったことさえ気が付かなかった。 

卑弥呼なのか?高次元エネルギーが体を満たす。観れば、外は満月。新しい生命が導いてくれた。この地で暮らそうと決意していたら、紫文が「子供はかわいいね。ずっと離れていた時間を取り戻すつもりで、絶対にこの手を離さない。いや離したくない」と言ってくれた。

眩しい光が久しぶりに心を照らしてくれた気がする。「メイは瞳そっくりだな。もう一人、僕そっくりな子供が欲しいな」と言って肩を抱く。「メイちゃんを寝かして来るから、先にお風呂にでも入って来てて」と言って、優しくキスをした。紫文も2人にキスをして、嬉しそうにお風呂に入って、鼻歌を歌っていた。 

しかし、この時、瞳は記憶を全て取り戻していたし、悲しい未来の映像も見えていた。それは、あまりに悲惨で残酷な歴史だったし、その弊害で未来は蝕まれて滅亡の一途を辿っていることを。

「何もかも解明されているかのように発表されているが間違いだらけで、まだまだわからないことばかりだ」と、科学者のKも言っていた。薬もワクチンも人の命を助けるために作られたはずだった。科学者も医者も、人類の役に立ちたいと挑んで来た。しかし、それを試すために沢山の動物や人体実験が行われ命が消え、あるいは障害が残って苦しんだ人がいたことを忘れてはいけない。それで何人が救われ、何人が犠牲になったのだろう?

進歩と知識に溺れたら、人類は創造主の怒りを受けて消滅してしまう。だから、瞳は闘わなければならない。ここで死ぬわけにはいかないのだ。いつの世にも、自然と対話できる特殊能力を持った巫女が、世界の調和のために尽力して絶滅の危機を救って来たのだから。

瞳の手の中には小さなメモが。「紫文に連絡したのは君か?NOなら、すぐ逃げろ」と、そこには書いていた。


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