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欠地伯の迷宮放浪記  作者: 渡毛 継介
第3話:禁じられた美酒
32/39

塵山と歓迎の街

第3話について、以前のものを一旦削除し、全面改稿しております。

どうかご容赦ください。


なお、今後の更新は不定期になります。

よろしくお願いいたします。

『迷宮』とは、まるで人の一生のようなものだ、と。

 荷背の多くが、かように嘯いてみせる。

 それがただの古い言い習わしなのか、それとも彼ら特有の信仰に由来するものなのか。はたまた、まさに真実を端的に表した言葉なのか。それは彼ら自身でも判然とはしない。

 ただ、『迷宮』と人の一生とは、確かに共通している点もある。

 それは、それらが共に一本のつながりであり、決して後戻りはできないという事実だ(もちろん両者には、空間的な不可逆性と時間的なそれという決定的な違いはあるのだけれど)。

 だから、なのかもしれない。

 多くの狭界の住人たちは『迷宮』を、悪鬼のたむろする異界の地であるかのように恐れ卑しむ。それは人々が人生の方途に迷い、救いの手を求めて神にすがる様子と見事に好対照をなしている。

 ただ、しかしながら。例外というものも広大な迷宮世界には存在している。

 畏れと恐れ。それは表裏一体であるからこそ、時に奇妙にまじりあうこともあるのだ。

 このお話で登場する狭界は、そのような例外のひとつである。




「はて、これは何と。一体どうしたことか!」


 そんな驚嘆の言葉が伯爵ハゼムの口よりこぼれ出たのは、決して無理なからぬところであった。

 延々と連なる山地に取りすがるようにして城壁を巡らした城塞都市。迷宮の出口から最寄りにあたるその街へ向かう道中にて、彼と彼の御付であるルーリエは、その奇妙な光景に行き会っていた。

 それは、実に奇妙な、いびつな形の小山の連なりであった。

 まず、そこここに転がっているものの多くは、黒い黴が染みついた机や椅子、箪笥、寝台といった木製の家財である。それに紛れるようにして、飾り窓や彫刻付きの開き戸、打ち砕かれた煉瓦塀の一部とみられるものが散乱し。よくよく見れば所々には、男物や女物の服に、あるいは分厚い書籍が何冊も、あるいは諸々の小道具類が打ち捨てられていて。果ては、折れた剣や割れた盾、弦の千切れた弩までもがあてどもなく放棄されている。

 およそ街一つの生活に関わるありとあらゆるものが、街道の傍らにまるで無造作に、うず高く山と積まれているのである。それがその奇怪な景観の正体であった。

 この小山群を構成する一切合切は、およそ幾度もの雨風にさらされ、最早二度と使い道の見いだせない代物となり果てている。あたり一帯には腐敗臭まで流れ漂い、まさに不快な塵山といった様相である。


「ハゼムさん、これって一体何なのでしょうか?」


 ルーリエが、目の前の惨状に思わず眉をひそめながら訊く。


「分からん。分からんが、おそらくはこの先の街で何かが起きているに相違はなかろう」


 二人は、すぐ傍らに小山のひとつを見上げて通り過ぎながら言葉を交わした。近づいてみるとその巨大さと異様さがいよいよ明らかになる。すぐ足元の山肌に転がっていた彫像の虚ろな横顔がまた、その不気味さを一層引き立てた。

 また、近づくと更に強くなるのが、独特の腐敗臭であった。果たしてこの塵山が一体何なのかという疑問は一向に深まるばかりであったが、彼らの思考力をこの強烈な刺激臭がたちまち挫いてしまう。

 二人はこみ上げてくるものを抑えるように口元を覆い、まずは早々にその場から退散してしまおうと引き連れていた荷馬車を急がせるのであった。




 街道をたどり、彼らが城塞の門まで行き着いたのは、ちょうど昼時にかかる頃。

 遠目にも堅固に築かれたこの城塞都市は、いかにも外来者の訪問に対して寛容ならざるところありと見受けられた。だが、城門の前に立ったハゼムら一行に対しての門番衆の態度といったら、案に相違するものだった。


「これはこれは! もしや、荷背の御方々ですか?」


 ハゼムらを早速認めた門番二人は、何故か喜色ばんだ表情を浮かべて恭しく近寄ってきた。そして、うち年少らしき方が気も逸るとばかりに、開口一番こう訊いたのだ。


「……いかにも。我輩達は、今朝方この狭界に行き着いたところである。駅亭に立ち寄りたいがゆえ、どうか門をお通し願えるか」


 ハゼムが少々気圧されながらこのように申し出ると、二人の門番はチラと顔を見合わせる。そしてやはり件の笑みを浮かべ、一行に躊躇なく道を開き、


「ええ、どうぞどうぞ。私どもアルコリケの市民は、貴方方を心より歓迎いたします」


 と、彼らはそう言うのである。

 この様子にかえって困惑したのはハゼムだった。どの狭界においても、荷背とは基本的に異質な外来者である。たとえ迷宮近くにあり、荷背の来訪が頻りにある街でも、いささかの警戒心や好奇心をもって見られるのが常なのだ。だというのに、この者たちといえば、ハゼムらを「荷背の御方々」などと呼び、丁寧な歓迎の言葉までも向けてくる。これでは彼が内心落ち着かざるのも無理なからぬところであった。

 そしてその驚きは、半分ばかり開け放たれた城門をくぐり、城塞都市の内へと歩を進めてからも続く。

 門番が大声で放った開門の合図が聞こえていたのだろう。城門の内には、ちょうど通りかかったと思しき市民達が足を止め、一群の黒だかりを成していた。そしてハゼム達が門の影より姿を現すやいなや、一斉にオオッというどよめきを上げたのだ。

 はて何事かと群衆を見やると、皆々一様に興奮の面持ちを浮かべてハゼム達に熱い視線を向けてくる。誰も彼もが隣りの者と熱心に言葉を交わす。あれは荷背様だ、何とこれはありがたい、とそんな言葉が漏れ聞こえてくる。あるいは、その中には両手を合わせてハゼム達を拝む者達までいる。ハゼムの困惑はいよいよ深まるばかりであった。


「ほら、荷背の御方々のために道を開けるのだ! くれぐれも粗相のなきように!」


 付き添って入ってきた門番が、群衆の興奮を遮るようにハゼム達の前に立ちはだかり、声を張り上げる。

 すると、群衆の海は少々名残惜しさを残しつつ、しずしずと二手に分かれて、一本の道を作り出す。しかし、その道を成す人垣は、ずっと彼方まで続いていくかのように思われた。


「この道をまっすぐにお進みください。そうすれば、じきに駅亭が見えます。――街の者が少々鬱陶しくするかもしれませんが、決して下手なことはせぬはずです。どうかご寛恕のほどを」


 門番は実に申し訳なさげな表情を浮かべて頭を下げると、自分の持ち場に戻ると言い残してその場を離れていった。


「ハゼムさん、どうしましょう?」


 小さな救いを求めるような声で呟くルーリエも、やはり困惑の色を隠せないでいた。落ち着かない様子で、自らを取り巻く人々を見回している。彼女とて、こんなに注目されることなど慣れていようはずがない。


「本来であれば、先ほどの門番殿に仔細を問いただしたかったところだが仕方がない。ひとまずは駅亭へ向かおう。そこの主であれば、この街の事情を詳らかにしてくれよう」


 ただ、とハゼムはそこで少しばかり口ごもる。

 不思議そうに見上げてくるルーリエへ、ハゼムは言い含めるように、


「よいか、ルーリエ。決して上面に囚われず、ゆめゆめ油断はせぬことだ」


 ハゼムの真意をつかみかねて首をひねるルーリエではあったが、ハゼムの合図で荷馬車は未だ騒めきの収まらない群衆の只中へと一歩を踏み出していく。

 たちまち彼らは、群衆のさんざめくような歓声に包みこまれることとなった。




「――大変驚かれたでしょうな、この街の様子には」


 そう言って、応接机の対面に座った駅亭の主は、ハゼムとルーリエに茶を勧める。

 ここは駅亭の一角、少し奥まったところに設えられた駅長室である。ハゼム達をにこやかに迎え入れた駅亭主人は、一行が酷く疲労しているのに気が付くと、宿帳などへの記入もそこそこに、彼らをこの一室へと誘った。彼はどうやら事の次第を既に察しているらしく、ハゼム達から言葉を発する前に、そのように二人に思いやりを見せるのだった。


「失礼なことと承知でお訊ねする、主殿。この街の人々は荷背に対する姿勢がいささか奇妙に思われるが、いかがか?」


 一旦、茶で渇いた喉を潤した後。ハゼムが発したこの率直な問いに、主人は苦笑いを浮かべた。


「ええ、いかにも。貴方方が今しがたご経験されたであろう通りで。簡単に言ってしまえば、この街の人々は荷背という存在を崇拝しておるのです」

「崇拝? それはまた可笑しなことを仰る」

「それが全く、この街では可笑しなことではないのです」


 ちょっとおどけて見せたハゼムに対し、主人は一向真面目な面持ちを崩さない。


「そのような信仰があるのですよ、この街には。名をタバヤ教というのですが、このアルコリケはその教団信徒達の街なのです」


 これには流石のハゼムも、面食らったように眉間にしわを寄せた。


「よもや、荷背が崇拝される宗教とは! このハゼム・クレイウォル、長らく迷宮世界を旅してきたが、そのような信仰にはついぞ出くわしたことがないぞ。――いや、そこまでは言い過ぎたか。たしかに以前、素朴な来訪者信仰がある狭界を訪れたことは幾度かある。だがしかし、それは文明的に未成熟な狭界ばかりだった。一見してこれほど近世的な狭界に、未だそのような信仰が残っているとは。やはり前代未聞の珍事である!」

「ええ、確かに珍しいことでしょうな。私自身、数年前に初めてこの地を踏んだ時は、貴方同様に驚愕いたしました。しかし聞くところによると、このタバヤ教、実は半世紀ほどの歴史を持つ新興の宗派なのだそうです。経緯ははっきりとは知れませんが、この街には司祭のエクラトスという御方がいらっしゃり、以来信仰が断然に広がりまして」

「ふうむ、にわかには信じがたい話に聞こえる。しかし、人々の歓待ぶりを十二分に見てしまっているからには、容易に疑うこともできぬな」

「この街を訪れる荷背の方々はみな、貴方と同じような心持と表情になられますよ」


 ハゼムの何とも釈然としない顔元を見て、主人は笑いながら言った。


「……そういえば、主人。他の荷背の姿が妙に見えぬ気がしたが。昼日中とはいえ、今はちょうど昼飯時。中には帰ってくる者もいるはずであろうに」


 話の流れで、ふとそんな問いを発すると、途端に駅亭の主人の顔が曇った。


「――ちょうどそれについて、お話ししようと思っていたところです」


 主人は席を立ち、窓辺から外をさりげなく窺うと、サッと窓掛(カーテン)を閉めた。神妙な面持ちを浮かべ、彼は二人を振り返った。


「ハゼムさんにルーリエさんと仰いましたか。お二人とも、早々にこの街を出立されるべきです。これは荷背仲間としての衷心からのご忠告でございます」

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