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私も証拠物として裁判所に保護され、出廷することになりました。

最初は「毒物の管理責任」を問われていたご主人様でしたが、いつの間にか大事になっていて「殺人罪」に問われています。

死んだ男が婚約者の浮気相手であったため、動機は十分なのです。


検察曰く、猛毒のカエルをわざわざ家で飼っていたのは、こうなることを予見していたのだろうと。

自分を裏切った婚約者とその浮気相手に報復してやるつもりだったんだろうと。


馬鹿げたことを言わないで、と私は怒りに震えました。

ご主人様がいかに優しい人か、私はいくらでも証言できます。事件の日、浮気女と間男がどんな会話をしていたかも知っています。


「私は……」とご主人様が口を開きました。


「レモンーーその毒ガエルにはもう毒がないものと判断していました。そのカエルは、自然下での補食によって体内に毒を蓄えます。人工的に飼育すると無毒化するのです。きちんと確かめた訳ではありませんので、無責任に管理していたと咎められても仕方ありません。事実、人が亡くなっていますし、それは私の責任です。しかし、決して計画した殺人ではありません。ミアに家の合鍵を渡していましたが、カエル嫌いな彼女が私の留守中にわざわざ寝室に入るとは、想定していませんでしたから」


「カエルを寝室で飼っていることは彼女に伝えていた、と」


「はい」


「しかし、そのカエルが猛毒ガエルであることは言っていなかった。何故です? 普通注意をするでしょう」


「それは……ただでさえカエル嫌いな彼女が余計に気味悪がって、レモンをすぐに捨ててほしがると思ったからです。レモンは足を怪我していて、一時的な保護のつもりで飼育していましたから、その期間さえやり過ごせれば良いと……浅慮でした」


「先ほど、そのカエルはもう無毒化しているものと思っていたと話されましたが、では貴方は素手でカエルの世話をしていたのですね? まさかご自分はしっかり手袋を着用していたとか?」


検察の視点には悪意を感じます。


「ああいえ……世話をするときに触ることはありません。カエルには人の体温は高すぎますので、むやみに触れると負担をかけて弱らせてしまいます」


ああ、ご主人様はやはり優しい方なのです。怪我をした毒ガエルにも、浮気を繰り返す婚約者にも。

その優しさが時には毒になり、自分の首を締めることにもなるのだと、ご主人様の裁判を通して学びました。


裁判の判決が出ました。ご主人様は毒物管理の不行き届きとして、罰金刑に処されました。間男の死亡は、殺人でなく事故として処理されました。

ほっとしましたが、それ以上にやるせなさを感じました。


この後味の悪さ。ご主人様が不憫で、私があまりにも疫病神で。

私を助けなければ、ご主人様がこんな目に遭うこともなかったのです。間男が死ぬこともなかったでしょう。

彼女がご主人様の留守中に間男を連れ込んでも明るみに出ることもなく、欺かれ続けていたのでしょう。それはそれで許せません。


私は人を殺した毒ガエルとして処分されることに決まりました。

うっかりだろうが、悪気がなかろうが、自己防衛だろうが、人様を殺めてしまった動物は処分される運命なのです。


囚われの身の私に、ご主人様が会いに来ました。最期の挨拶です。


「レモン……こんなことになって、本当にすまない」


げっそりとやつれた様子のご主人様が言いました。


「僕を恨んでいるだろうね」


私は首を横に振りました。

ご主人様に言いたいことはたくさんあるのに、これが私の精一杯なのです。


森で助けてくれたお礼や、お世話してもらった日々のお礼、迂闊にも間男に触られてしまったお詫び、そしてこれからのご主人様へのエール。伝えたいことはたくさんあるのに、言葉にはならず、私はカエルらしく鳴きました。


ご主人様の彼女は、さすがに体裁を気にして遠くへ引っ越したそうです。

亡くなった間男はご主人様と共通の友達で、ご主人様の帰りを待って3人で食事をする予定だったと、裁判ではデタラメの証言をしました。

そして裁判が終わるとご主人様との婚約を破棄し、逃げるように引っ越したそうです。


彼女を失い、社会的信用を損ない、罰金刑を課されたご主人様は、当然元気がありません。

精一杯の励ましをと大声で鳴き続けていると、見張りの人間が慌ててやって来ました。


「どうしたんですか、そのカエル。急にそんなに鳴き出して」

「これは危ない。興奮状態で、毒ガスを発生させる前段階です。すぐに出して下さい、中和の処置をします」


ご主人様が言い、私は驚きました。確かに興奮状態でしたが、まさか自分がそこまで危険な生物とは知らずにいたのです。


係員は慌てて私のケージの鍵を開け、隣の部屋へ逃げ込みました。

私は呆気に取られて、口をぱかりと開けたままの間抜け面でご主人様を見上げました。


「レモン」とご主人様は優しい声で私の名前を呼び、ひょいと私を手に取り、ちゅっと口づけをしました。

そのあまりにも迷いがなく素早い行動に、私は石のように固まってしまいました。


止まった思考回路が動き出した瞬間、やばいとすぐに思いました。

ご主人様が死んでしまいます!

私に素手で触れた上に、口づけまでしたのですから。


「嫌っ、死なないで! ご主人様、愛しています」


思ったことが言葉になり、耳から聞こえたことにビックリしました。

丸眼鏡の奥のご主人様の目が真ん丸く見開いています。距離がぐっと縮まっています。

あれ、何だか身体の感覚が……変。


「れ、レモン……えっ、レモンが人間に……カエルから、人間に……」


ご主人様が呆然と私を見て、それからはっとした顔をしました。ばっと自分の上着を脱ぎ、目を逸らしながら私へ差し出しました。


「とりあえず、服」


言われて、はっと気付きました。全裸でした。カエルから、人間の女の身体に戻ったのです。

「とりあえず服っ!」とご主人様は二度言い、慌てて隣の係員のところへ駆けて行きました。

ご主人様が借りてきた男ものの服を着て、話ができる状態になった私でしたが、係員はとても混乱して、いくら話をしても、カエルが人間になった事実は許容されませんでした。


「ああもういい、いいよ。カエルはちゃんと処分した。あんたたちのことは知らない。もう帰ってくれ」と怒って、追い出されました。


「どうしましょう、ご主人様……」


「帰っていいって言われたし、帰ろうか。無罪放免ってことで良いみたいだし。家でゆっくり君の話を聞かせてくれる?」


隣に並ぶご主人様が小首を傾げて、私の目を覗き込みました。


「はい、ご主人様。私もご主人様に伝えたい言葉がたくさんあるんですよ。カエルだったときには言えなかった言葉が」


「そのご主人様って呼ばれるの、慣れそうにないから名前で呼んでほしいな。僕の名前はクラレンスだよ」


「知ってます……クラレンス様」


「様もいらないよ。レモンは? 本当の名前があるなら知りたい」


「リンディと言います」


「リンディ、可愛い名前だ」


じっと私を見たご主人様ーークラレンスがくすっと笑いました。


「何か?」


「レモンのまんまだなと思って」


「ど、どこがですか」


「大きい黒目。真っ直ぐ、一生懸命に見てくる感じ。目力が強いって言うのかな。不純な考えをしていたら、見透かされるような気持ちになる」


「そんなことはないですよ。でも……クラレンスのことは、知っていますよ。毎日見てきましたから」


「情けない愚痴いっぱい言っちゃったね。恥ずかしい……。彼女に浮気されても黙ってる情けない男だって、もう知られてるんだもんなあ」


はは、と笑うクラレンスに思いの丈を込めて言いました。


「全然、情けなくないです。優しくて強くてかっこいいと私は思います。さっきも私を助けてくれましたよね。二度も助けてもらいましたから、恩返しをするまで側に居させて下さいね」


悪い魔女にカエルにされた娘は、優しい王子様のキスで、元の姿に戻りましたとさ。

とりあえずめでたしめでたし。

おとぎ話風に語るなら、これが私の物語だ。



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