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そのカエル嫌いで浮気性の彼女は、一度この家に遊びに来たことがあります。
私のいる部屋には入って来なかったので姿は見ていませんが、隣から二人の会話が聞こえてきました。
甘ったるい舌ったらずな話し方でご主人様に「お願い」と言ってはあれこれ指図する、嫌な女だと思いました。
ご主人様は、綺麗な彼女に似合わないと自分を卑下していましたが、どう考えてもご主人様に相応しくないのは相手のほうです。
もし私がカエルなんかじゃなければ、この水槽から飛び出して、ズバリ指摘するのに。そして恋敵として名乗りを上げ、正々堂々戦うことを誓えるのに。
カエルの私は悔しさを飲み込み、ご主人様が与えてくれた生き餌をドカ食いして鬱憤を晴らすしか術がありませんでした。
そして明日はとうとうご主人様とお別れです。ご主人様の仕事が落ち着き、私のいた森まで出かける時間ができたそうです。
ご主人様が毎日話しかけてくれる生活に癒しを得ていた私は、ご主人様が「寂しい」と言ってくれる以上に寂しく思いましたが、いつかは別れなくてはいけないのです。
カエル嫌いで浮気性の彼女がこの家に住むようになれば、必ず追い出されるでしょう。
ご主人様が他の女性に甘い言葉をかけているところも見たくありません。
別れの前日、ご主人様はいつものように仕事へ出かけ、感傷的な気持ちで水浴びをしていると隣室から賑やかな声が聞こえてきました。まだお昼前ですが、ご主人様が帰って来たのでしょうか。
聞こえてきたのは、知らない男性とご主人様の彼女の声でした。あの甘ったるい、舌ったらずな話し方は間違いありません。
「マジいいのかよ。彼氏んちに他のオトコ連れ込んで。何この家、めっちゃ広くてキレイじゃん。彼氏ほんとに男の一人暮し?」
「いいでしょお、このお家。彼、実家が小金持ちでぇ、学者センセーだから収入もいいの~。安定の旦那さまとしては最高物件」
「でも雄としては?」
「雄としてはユーくんがいいの~。かっこよくて逞しくってぇ、ミア最高にどきどきしちゃう。ねえ、早くぅ」
「もう興奮してんのかよ。なあ寝室どこ? 彼氏のベッド使おうぜ。いつもそこでやってるんだろ」
「してないよぉ。ミアはユーくんだけだもん。彼、最近寝室でカエルを飼ってるって。カエルいるの、キモいから無理だよぉ」
「カエル? さすが生物学者。どんなやつ、見たい見たい。カエルいるっつってもケージとか入ってるだろ。大丈夫だって。寝室でしよーぜ。興奮すんべ」
賑やかな話し声と共に、ガチャリとドアが開きました。
浮気女と間男を初めて目の当たりにした感想は、控えめに言って「地獄へ落ちろ」でした。
ご主人様が信頼の証として渡している合鍵を使い、仕事で留守の間に浮気相手を連れ込むなんて最低最悪です。
しかしご主人様の言う通り、ミアはとても綺麗な女性でした。
腰までのさらさらストレートのブロンドヘアに蒼い瞳。すらっと背が高くて小顔です。くっきりとした幅広の二重と、厚めの唇がチャーミングで、少し気の強そうな感じもうかがえました。
「おっ、すんごい鮮やかなカエル。ちっちゃくて可愛いじゃん」
勝手に水槽の網目の蓋を取り、間男は私をひょいと掴み上げました。
突然のことにビックリし、私も固まってしまいました。間男は素手です。
地獄へ落ちろと呪いはしましたが、本当に殺す気はなかったのです。
猛毒のカエルを迂闊にも素手で触った男は、神経毒が身体に巡り、心臓発作を起こして急死しました。
そして毒ガエルの飼育者であるご主人様が責任を問われ、逮捕されてしまったのです。