養成所
さーて、ようやく始まるぞお
例の炎術習得から苦節数年。
炎術自体は使えるようになったが、いかんせん火力が低すぎるということで、この数年で色々と特訓した。
内容は正直思い出したくない……と言うか思い出せない。何回か死の淵を彷徨ったことだけは覚えている。
数え年で5歳になったら学校、もとい養成所に入る決まりらしい。
ということで、養成所の門の前に居るのだが……絶賛父親を宥めている。
「紅〜…行くなぁぁ…」
いやちゃんと毎日家に帰るよ。毎日日帰りですよ。今生の別れじゃないよお父さん。
さすがに周りの目が気になってあたりを見渡せば、案の定注目されていた。
そしてついでに気づいたことが一つ。私と同じ黒髪黒目の妖狐が見当たらない。
皆金色に近い黄色の髪と毛並みで、目は人それぞれにカラフルだ。
もしかしなくても、また私はマイノリティな色合いで産まれたのか。
ちら、とママンの方を見れば、いつも通りの笑顔で親指を立てられた。
なるほど、私の勘違いでもなんでもなく少数派らしい。これは第一印象がだいぶ大切になってくると……
「あーーーー!変な奴がいるぅ!」
んんん~、全身が嫌な予感を検知していますわ。
いや、落ち着け、まだ私だと決まったわけではない。ほかに何かやたらと変な格好をしている人がいる可能性だって捨てきれ
「ほら母さん!な、変な色の奴がいるだろ!」
金色の毛並みに真ん丸な翡翠色の瞳の、やたらとやんちゃそうな多分同年齢の男の子に、ぐい、と髪を引っ張られた。
うん、私で確定ですね。もう言い逃れできないわ。
というか私君の名前すら知らないんだけど、初対面の人間に対して失礼過ぎないか?それが君の処世術か何かなの?だとしたらやめた方がいいよ絶対に。
だってほら、君取り合えず自分の後ろ見てみなさいな。二人ほど般若がいるから。
「あらあら」
やばい、よりによって本当にやばい方の般若が動きそう。いやお父さんも十二分にヤバイんだけど。
そしてその般若の圧がやばすぎてさっきまで猛り狂っとったお父さんが完全に鎮静化しとる。
「な!母さん!見ろよ、ほら!」
いやあ、お母さん困ってるよ、やめて差し上げろ少年。私の髪をカブトムシみたいに誇らしげに掲げるでないよ。
そして早急に気づけ。普通これから息子の同級生になる子見て『あらほんと、変な色ねー』なんて言えないからね?
更に言うなら君が何かするたびに、背後の般若の圧がどんどん膨張してるから。お母さん普通に動けないでしょ。これなんて言うんだっけ。嗚呼あれだ、蛇に睨まれた蛙。
そしてそろそろ耐えきれないレベルで引っ張られている髪が痛いのでな、悪く思うなよ少年。
元天狗最強は妖術だけじゃなれないんだよ。
「ほっ」
足を払いその勢いを殺さぬように体ごと下に引っ張る。そのまま倒れられると髪が痛いので、驚いて手が緩んだ瞬間に髪を奪還する。
まあこの程度誰でもできるが、子供相手の威嚇ならば十分だろう。
「へ」
「自制を覚えようね」
少し意地悪く、しゃがみ込みつつ倒れた少年を見下ろすようにそう言えば、背後で般若が沈静化した気配を察知した。
良かった、最悪の事態は避けられたらしい。
「……うちの愚息がすみませんでした!お嬢ちゃん、ごめんね!?」
「あー、いえ、お気になさらず」
般若の圧が消えたことで硬直から解放されたらしい少年の母親が、素晴らしい速さで謝罪しつつ流れるように息子を回収した。
そのまま脱兎のごとく逃げ出そうとしたところを、あろうことが現状を作り出した張本人が妨害した。
「おい!そこの真っ黒毛玉!」
母親に小脇に抱えられているにもかかわらず、地面に両手の爪を突き立てて無理矢理その場に留まっている。
母親が悲鳴を上げかけた。そりゃあ怖いだろう。下手すれば今度こそ般若が飛び出てくる。
ついでに言うなら私の毛はちゃんと手入れをしている。
どっちかと言えばお前の方が好き勝手伸び放題で毛玉だし、何なら天狗から見たら妖狐は全員毛玉みたいなものだわ。
「お前……覚えてろよ!絶対ギタギタに負かしてやるからなー!!」
「お前もう本当に黙りなさい!」
母親の愛ゆえの拳が一発、少年の頭にめり込んだ。
きゅう、というオノマトペが見えそうなほど見事に少年が轟沈する。
今度こそ疾風のような速さで養成所の中へ走り去っていく親子を眺めながら、私は気にかかっていたことを一つ母親に質問した。
「ねえ、もしかしなくても私第一印象失敗した?」
母は苦笑しか返してくれなかった。
頑張るぞい