両親
視界が暗転してから、どれだけ経ったのだろうか。
正直暗転というより、気絶に近かった。
長時間眠っていたと言われても別に疑問は抱かない。
だがしかし、もう一つ聞きたいことがある。
(体が自由に動かせないのは何故ですか)
体が動かん。いや動くはずなんだ、四肢の感覚はあるし。でもうまく動かせないというか、繊細なことができないというか。
あと、目は開いているのだが、寝返りが打てない。そして天井に見覚えがない。
(……取り敢えず、妖術で無理やり体を動かしてみよう)
天狗が使える妖術は風術。
風で体の向きを変えてみよう。全身骨折や麻痺だったら相当痛いだろうが、背に腹はかえられぬ。
ごろん、と風を使って体を少し浮かせて寝返りを打つ。
うむ、痛くはない。外傷等はないとみた。なら何故動かせないのか。
寝返りを打つと、めちゃくちゃ良いところに鏡があった。
よしちょうど良い。取り敢えず今体ががどうなっているかを……
「おぎゃああああああああああああ!?」
待て待て待て待て待て、落ち着け何が起きた。
鏡の中にいたのは何だ。
「どうしたの紅ちゃん!」
ぱたぱたと、少し遠くから慌ててやってくる足音が聞こえる。
慣れた手つきでひょいと抱っこされてあやされはじめた。
え、なんで抱っこ?というか私を抱っこしてるのって誰?
狐耳+尻尾=私が知ってる限りは妖狐
QED…証明完了。
つまり今私を抱っこしているのはべらぼうに美人な妖狐ということになる。
「…おぎゃぎゃ!?おぎゃああ!?」
妖狐!?どうして!?
「どうしたの紅ちゃん、まるでお母さんが妖狐で驚いてるー、みたいな声出して」
いや、鋭すぎないか?何故わかる。
あ、なんか少し落ちついた気がする。
と言うか母親…そしてさっきの鏡…。
ちょい待ち、お願いちょっと待って。取り敢えず確認したいから。
「ばぶば!ばぶばぶぶぶ!」
鏡!鏡見せて!
「んー?鏡見たいのかな?」
ほんと鋭いなこの人、どうなってるのその察しの良さ。でも今はありがとう!
鏡を見ると、そこに居たのは母親に抱かれた妖狐の赤ん坊。
黒目黒髪の可愛らしい赤ん坊なのだが、
サッ(右手を上げる)
ササッ(右手を下げつつ左手を上げる)
「……ばぶ、ばぶばぶばぶ」
……ふむ、私ですね。
「どうしたの急に、『うん、私ですね』みたいな事して」
イントネーションは少し違うけど大方正解、素晴らしい。
そして我ながら順応力凄まじいな。
「紅ちゃん?」
名前は紅…もしくは紅がつく何か。覚えておきます。
うーん、死んだのかな?転生したってこと?
じゃあ死んでから何千年経ったのか…
「それにしても、天狗と交易再開したばっかりだけど色々便利なもの入ってきて助かるわねー」
いやこれもしかしなくても全然時間経ってないな!?
だって交易再開したのほんと最近だもん!
いやー、感謝するべきなのかどうなのか…取り敢えず文明が大幅に変わってるとかはなさそう…。その点は良かったかな。
「はーい紅ちゃんご飯よ」
ご飯…確かにお腹すいた。
テーブルの上には稲荷寿司がお行儀よく鎮座している。
妖狐が作る稲荷寿司は絶品と聞いた。実際に交易で得た品を食べてみたけれどとても美味しかった。どうやったらこうなるんだと思う程度には。
ここは素直に楽しみにしつつ、全力で美味しくいただきましょう。
「はい」
大喜びで口を開けた私の眼前に差し出されたもの、それは哺乳瓶。
ああそうか、赤ん坊だもんね…うぅ、固形物食べたい…。稲荷寿司…。
内心血涙を流しながら哺乳瓶を吸う。
固形物を食べたい(と言うか稲荷寿司食べたい)という欲望はあるが、流石にそれに従うわけにはいかない。
だって考えてもみろ、まだ歯も生え揃ってない赤ん坊が哺乳瓶拒否して稲荷寿司食べ始めるとか、下手したらホラーになりかねない。
ちゅうちゅう吸いながらも頭の中を整理する。
・私は今白拾ではない
・妖狐の赤ん坊である(多分転生)
・白拾だった時からほとんど時間は経っていない
・愛称は紅である
……うーん、なんとも言えない。
「山吹ただいまー!紅玉、紅玉は起きてるか!!」
おお、名前判明、紅玉でした。
そしてお母さんの名前は山吹と。瞳の色が山吹色だもんね。良い名前だと思います。
というか待て、男の人の声、と言うことは。
「パパだぞーっ!」
玄関で靴を脱ぎ散らかして突進気味に近づいてきた男性。
そして私に頬擦りを開始する。
うわぁパパ元気…じゃなくて痛い痛い痛い!髭が痛い!
「ぎゃあああああああああああ!」
「あなた、紅が髭のせいで悲鳴をあげてますよ」
ママン代弁ありがとうっ!!
「紅ーーーーッ!」
いやこれ聞いてねぇな?効果・ナシ!
そして髭が痛い痛い痛い!
「あなた?」
ハッ、殺気!ってあれ?もしかしなくてもさっきの殺気の発生源お母さん?
「人の話は聞きましょうね?」
オゥ…お予想的中しちゃったよ…母さんこわーい…
「…スミマセン」
秒殺でお父さん沈静化確認。もしかしなくとも我が家最強はママンと見た。
さてお父さんも沈静化したことだし、改めてじっくり見てみるが…。
なるほど、無精髭が色々台無しにしすぎているが土台は相当なイケメンさんですな。
お母さんが国宝級なおっとり系美人さんだったので、もしやとは思っていたけど予想的中。
「紅、ほらお父さんだぞ〜……」
今度は割れ物でも触るかのような触り方で触れてきた。
うーん、悪い人ではないのは明らかだけど、いかんせん子供の扱いに慣れてなさすぎる。
「紅ちゃん、明日からお父さんに妖術教えてもらってね」
妖術を教わるのは赤子から、それに違和感はない。OK明日から頑張ろう。
「きっと紅の炎は綺麗だろうなぁ」
……ゑっ?
「きっとすぐに炎術が使えるようになるわよね」
炎術ですと?私が使えるの風術なんですけど?
……やばい、どうしよう。