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98・三段跳び


ーーパーン!


 遠くでスターターピストルが鳴った様な乾いた音が響いた瞬間、ヨイチョに向かって涎を飛ばそとしていた人形の頭が仰け反る!


「ーーグッ ゴァァ ナン……ダ?」


 吐き出そうとしていた【酸】は口元からボトリとその場に落ち、ナルの足元を溶かして行く。

 

 頭部の半分が内部から爆散したかの様に無くなった人形は、訳が分からないという顔をしてこちらに振り返るがーーそんな顔で見られても俺にもさっぱり分からない…………取り敢えずニヤリとしたり顔をしておいた。


「オ、オノレ ケモノ フゼイ ガ……」


 ーー人形は俺では無く、もっと遠く、正門近くの見張台から登る一筋の煙を見て怨嗟の唸り声を上げた。



ーーケモノ フゼイ? 良く分からないが、これはチャンスだ! 


 人形の吐く涎まみれの道、先程の様に地中で穴が広がってる可能性が高く、運が悪ければ薄い地表を踏み抜いてしまうだろう。


(速くっ、そしてなるべく地面を踏まない様に!)


 俺は走る勢いのまま、跳躍する為に右脚で地面を蹴り付けた。


「ホォォッーープ」


 ーー着地点は完全に勘頼りだったが、しっかりとした地面の感触にホッとする。

 間髪いれずに飛び出した次の一歩は、更に前へと勢いをつけ足元の地面を再度右脚で蹴りつける。


「ステェーーップ」


 最早勢いは止まらない! 俺は日頃から鍛え上げた大腿四頭筋に全てを委ねるとーー踏み込む左脚で大きく跳躍する。


「ジャーンプッ!!」


 15M近くある距離を僅か三歩で跳び抜けるーーそう、三段跳びだ!


 三段跳びの起源は水溜まりをいかに少ない歩数で渡りきれるか? という遊びだったらしいから、まさに今の俺に打って付けの距離の詰め方だ。


「オオォオ!?」


 一直線に自分目掛け跳んでくる勢いの付いた筋肉! 道に飛び出した猫が、迫る車に気付いた時の様に人形創作者(パペットクリエイター)の動きが思わず止まる。

 

「取ったぁぁあっ!」


 一気に距離を縮めた俺は着地と同時にナルの手から人形をむしり取る。そのままゴロゴロと地面を転がりヨイチョの横を通り過ぎた所でやっと止まった。


「ーーさぁこの人形野郎ッ、やっと捕まえた!」


 人形の胴体を思い切り両手でギリギリと握り潰しながら恫喝するーー事情を知らない人が見たら頭がイカれてると思われそうだ。


「ナルの洗脳を解けっ! それとあのヤバそうな魔法を解除しろっ!」

「………………」


 不思議な事にナルの手から離れた人形は体中の骨でも抜かれたかの様にクタっと一切の動きを止めてしまった……まるで本物の人形の様にーー。


「今更人形のフリしたって無駄だってーーあれ? もしかして……この人形も所詮は魔法の媒体だったって事かーー」


 人形創作者(パペットクリエイター)は何らかの魔法を使って人形に取り憑いていたのだろう。

 俺が人形を握った事で魔法無効(レジスト)が発動、人形への魔法効果が無くなったって事かーー。


 少し考えれば人形が本体じゃ無いなんて簡単に分かる事だが、何せここは異世界だ。


「……もしかしたら人形族みたいな種族が居るのかもって思ったんだけど、違ったか……」


 俺は動かなくなった人形を、振ったり揉んだり伸ばしたりして確認してみたがーーやはり動く気配は無さそうだ。

 念の為、涎が溜まった穴の中にポイっと投げ入れる。もし死んだフリだったとしても溶けてしまえば大丈夫だろう。


ーーブスブスと髪の毛が燃える様な悪臭を放ちながら人形はゆっくりと酸に溶けていった。




 手入れの行き届いた花壇、流れる小川には小さな石橋が架かる。その流れの先にある池には鮮やかな観賞魚達が月明かりの下で優雅に舞っていた。


 そんな美しく広大な庭園の中に建つ立派な屋敷の一室から、絢爛(けんらん)に似つかわしくない怒声が響く。


「糞ッ! あの筋肉達磨ッ! 絶対許さない!」


 大きな窓に掛かる褐色のカーテンの隙間から漏れる月明かりが、緑の鳥が描かれた絨毯と見事な調度品が飾られた室内を照らす。


 豪華な客室に設置されたキングサイズのベットに横たわりながら天幕に向かい男が一人喚いていた。その病的に細い身体から吐き出される悪態の数々は男の息が切れるまで続いた。


 ーー暫くして、男の怒声を聞き付けたのか、コンコンと数回のノックの後に白髪頭の老執事と、それに付き添う様に二人の使用人が現れた。


「お目覚めでございますか、些か予定よりお早い様ではございますが……」


 老執事はあえぐ男の上半身を手早く起こすと背にクッションを入れベットに座らせる。


「途中までは上手くいってたんだ! 苦労して共和国に入ったのにさっ、全く台無しだよっ!」


 長く伸びた赤い髪を振り乱し、未だ興奮覚めない男に向かって老執事は水の入ったグラスをスッと差し出した。


「それはそれはーーしかし、貴方様が失敗するとは……何か不測の事態が起きたのでございますか?」

「ーーまあね、だけど言われた通り火種は撒いた。予定とは違う感じではあるけれどさ、それを何とかするのはお前の主人の腕次第だよね?」


 男は差し出された水を一息で呑み干す、そして大きな溜息を一つ吐くと目を閉じて先程の見た最後の光景を思い出す。


「ーー随分と大きな男だった。……国境警備を担当するのは第三騎士団だっけーー至急調べて欲しい事があるんだけど……」

「ーー何なりと。貴方様の意向は最大限尊重しろと仰せつかってますので」


 空いたグラスを受け取ると老執事は使用人の一人に「食事を持ってくる様に」と目配せした。


「第三騎士団に所属している者の詳細なリストが必要かな、あの男はーーきっと僕達の計画の邪魔になる」

「ーー早急に用意させましょう」


 老執事が胸のポケットから取り出した黒い手帖に男が言った事と何事かを書き付けるーーそうしてそのメモをビリリと破くと、後に控えていたもう一人の使用人に手渡した。 

 

 使用人はメモを受け取ると、その場で一礼し足早に部屋を出て行った。


「ーーそれで、僕の頼れるパートナーは何処にいるのさ? 幾つか伝えなきゃならない事があるんだけど……」

「はい、アズール様はパカレー共和国へ派遣する使節団の選考の件でドライゼ城に向かわれました。様々な思惑が絡み合った案件だとおっしゃっておりましたなーーお帰りがいつになるかは予想が付きません」


 入れ替わりに入って来た使用人が持ってきた籠に手を伸ばし、無造作に白いパンを掴むと、男はベットにパン屑が溢れるのをまるで気にせず千切りながら口に入れる。


「ん〜そうなんだ、じゃあ手紙でも書こうかな。それと僕のアトリエに材料を用意しておいて、活きが良いヤツ」

「早急に準備させていただきます」


 丁寧に頭を下げる老執事が部屋を出て行くと、一人なった男は懐から年季の入った人形を取り出して愛おしそうに語りかけ始めた。


「もう少し待っててねマーレット。必ず君に相応しい世界にしてみせるから……。その為にはもっともっと沢山作らなきゃ」


「デキルノ?」


 男が指で操る人形の問いに、男は大きく頷いた。


「あぁ、作るのは得意さ。何せ僕は人形創作者(パペットクリエーター)だからね」


いつも読んで頂きありがとうございます。


アズールは「十五話 消えた国境」に出てきます。

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