96・退路
「な、なぁーー俺は金で雇われた傭兵だ。あんた俺を雇う気は無いか?」
「金で寝返る傭兵に価値ってあるのかな?」
クリミアは二本目の氷柱を生成する、一本目は男の心臓を貫き動きを止める為、二本目は確実に止めを刺す為。
前回のパカレー兵との戦いでは、敵の生死確認が遅れた為、ウルトが危険な目に合った事をクリミアは強く覚えていた。
「ま、待て待て! そうだ、俺は情報を持ってるぜ! あんた達はあの雷魔法士を救出しに来たんだろうけどよ、実はあの村にはまだ村人が残ってるーー」
「ふ〜ん」
男の言葉を聞いても氷柱の生成は止まらない。
「ーーいやいや、いくら何でも興味無さ過ぎねぇか!? 一応あんたの所の奴だぞ……じゃあ、これならどうだーーそいつはまだ赤ん坊だ!」
「えっ? 赤ん……坊?」
予期せぬ単語にクリミアは自分の耳を疑った。
「そうだ、まだ生まれて2、3ヶ月ぐらいのガキだ……赤ん坊は人形作りの良い触媒になるってんで生かしておいたんだーーこの事は他の兵士達は知らねぇ、命令は皆殺しだったからな…………だが、俺ならガキを隠してる場所まで案内出来る」
ーー赤ん坊…………孤児院で沢山の兄妹と育ってきたクリミアは、思わずその単語に反応して氷柱の生成を止める。
(ーーしめたッ!)
ーーその隙を逃すゾレイでは無い。
「鉄鎧」
先程からコッソリと地中で集めていた砂鉄をゾレイは身体に一気に纏う! 壁の修復で見せた魔法だ、一時的だがその防御力はギュスタン達が放つ連撃をも防いだ実績がある。
「あ〜もうっ! もしかして騙された!? 氷柱ッ!!」
「ーーいやいや、嘘は付いてないぜ? 磁力吸引!」
魔法を唱えた瞬間ーー突然その身体を背後から物凄い力で引っ張られる様に集落へ向かってぶっ飛ぶゾレイ。結果、クリミアが放った氷柱はゾレイに当たる事無く地面を抉るだけとなった。
「えぇ〜!? そこで逃げるのは想定外!!」
てっきりガチガチに固めた防御力を生かした反撃してくると身構えていたクリミアは盛大な肩透かしを食らう。
「ここで逃げなきゃ詰むだろうがよっ!」
ゾレイは何本かの木を、その身体で薙ぎ倒しながらギュスタン達が先程攻撃していた集落の壁へと激突した。
「ーーガハッ!!」
鉄鎧を纏い激突の瞬間には反発力を使ったにも関わらず体の内部にかなりの衝撃が走る。内臓のどこかがやられたのか口の中に鉄の味が広がった。
「ったく……お、俺とした事が……重くなった分を計算に入れていなかった……」
ーー退路は必ず用意する。
先程崩壊した壁を修復する時、攻撃に耐えられる様にと大量の砂鉄を纏わせた壁にゾレイは磁力を付与していた。
纏った鎧の磁力と壁の磁力、互いの磁力を最大限に吸引させる事により緊急避難に使ったのだ。
「お、おいっ、大丈夫か!」
衝撃音を聞いた工兵二人が塀の外で倒れているゾレイを集落の中へと連れてゆく。そうして医務室代わりの民家に運び込まれたゾレイは質素なベットへと乱暴に下された。
「この足はもう駄目だな……早急に義足が必要なんだがーーネビロスはまだ戦ってんのか?」
「……あの雷だ、誰も近づけないから状況がサッパリ分からんのだ」
「ーー兎に角、すぐに回復魔法士を連れてきてやる、お前に死なれるとこっちも困るからなーー」
「はっ、じゃあ俺がおっ死ぬ前に早いとこ呼んでくれ! あぁ……久々に疲れた、少し寝る……」
感覚の無い足を撫でながらゾレイは目を閉じた。
◇
「あ"〜もうっ! 逃がしちゃった〜!」
バンバンと土壁を叩きながら悔しがるクリミアを見ながらギュスタンは自分の力不足を痛感する。
あの黒棘に囲まれた時、ギュスタンは自分の力で如何にかしようーーでは無く「正騎士なんだから何とかしろ」と心の中でクリミアに……平民に頼ってしまった。
(しかし、運よくビエル団長が土壁で覆ってくれたから助かったがーーあの時クリミアはビエル団長が助けてくれる事を知っていたのか? でなければあの余裕は何だったのだ?)
「…………何故ーー」
「ねー、あそこは反撃してくる所よねぇ! あんなに防御固めた癖に一撃も受けずに逃げるなんて!」
「でも、アイツ色んな所にぶつかって飛んでったからなぁ……普通の鎧じゃ死んでたんじゃねーか、なぁ?」
質問途中で食い気味に見当違いの話をし出すクリミアとそれに乗っかるジョルク。
若干顔を顰めながらギュスタンはクリミアに再度尋ねる。
「違う、俺が聞きたいのはそこじゃない! クリミア……さんは、ビエル団長と一緒にここへ来たのか?」
「ーー違うよ〜、でも私達は通信魔道具を持ってるからね! すっごく高い魔道具なんだけど……あなた達も正騎士になれば持てるかもね」
成る程、あのタイミングで土壁が瞬時に展開したのは事前に詠唱していた為か……いくらビエル団長でもあの速度で土壁を生成するのは無理がある。
「なーんだ、クリミアさんも俺みたいに索敵魔法が使えるのかと思ったぜ! 俺はビエル団長かどうかは分からなかったけどーー半端ない魔力の持ち主が近くに居るのは知ってたぜ!」
「おー、キミは索敵魔法使えるんだ! 凄いじゃない!」
「ーーそう言う事は直ぐに言えジョルク……その半端ない魔力持ちが敵だったらどうする!」
(ーーそれにしても何という連携、まるであの状況になる事を事前に知っていたかのようだ)
土中にある砂鉄を使って攻撃する磁力魔法に土魔法は相性が悪すぎる。しかし、土壁が俺達を覆ってすぐに、クリミアは内部を氷でコーティングしたのだ。飛んで来る勢いの乗った黒棘ならば安易と砕いてしまう程度の強度しか無い氷壁ーーだが、ゼロ距離ならばそれも容易に防ぐ事が可能だ。ビエルの土壁とクリミアの氷壁、この二つを重ねる事であの窮地を凌いだのだ。
(クリミアは男の土壁内部への攻撃を事前に予測し封じていたと言う事かーー)
今の俺の分隊にこれ程の連携が取れるだろうか? 言葉も打ち合わせ無く連携を取るにはどれ程の相互理解が必要となるのだろう。
「その後に使った氷結束縛……あれはまさか同期を使ったのか?」
同期、それは最近一部の魔法士が使い始めた魔法。まだ実験段階ではあるが、魔法制御を極限まで高める事で相手の魔力すら支配可能だと聞く。
「凄いっ、良く分かったね〜! うちのアレスが同期を開発したトレイン教授の実験体……じゃなくて一番弟子? でね、私達も理論は教えてもらったの。難しいけど何とか発動してよかったー!」
「なぁ……普通の氷結束縛とは何処が違うんだよ?」
「ふんっ、分からなかったのか? あの磁力魔法士、自分がいつ攻撃されたかも分かって無かっただろうが」
「さっきの敵はやけに勘が鋭かったからね〜、普通の氷結束縛じゃ逃げられそうだったの。だから同期使ってジワジワ〜って体の内部から凍らせてやったの! 人って意外と内側からの違和感には鈍感なのよね」
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