187・一角兎の巣穴
「ーー見えたぜ、あれだ」
獣道を外れ、泥濘から点々と続く一角兎の足跡を追跡して行くと、当初ヘイズが言っていた洞窟が現れた。
(兎の巣と言うから地面がポコポコ盛り上がってる様な小さな洞窟が複数在るのかと思っていたけど……想像してたより大分大きいな)
山の斜面にポッカリと開いたその洞窟、入り口は俺がちょっとかがめば入れるだけの高さがある。
中を覗き込めば、そこは小さな店でも開けそうなくらいのちょっとした空間になっており、天井から漏れる幾筋かの光は洞窟の側面にびっしりと羅列するバレーボール程の小さな穴の陰影を浮かび上がらせていた。
「もしかして、あの穴一つ一つに一角兎が?」
「あぁ、ヤツらは夜行性だから今はあの穴の奥で寝てる筈だ。その隙に片っ端から穴の中に槍を突っ込んで仕留めるって寸法だったんだが……」
ヘイズが考えたのは夜行性の一角兎が寝入っている隙を狙った殲滅作戦である。
一角兎はその鋭い一角を使って洞窟の壁を掘って巣穴を作る。巣穴は基本真っ直ぐに伸びており深さは然程ない、目を凝らせば穴奥で眠る兎のお尻が見える程度だ。
ヘイズの作戦は、相手からの反撃が無い分安全で、こちらが少数でも実行可能なものだ。
ーーしかし。
「片っ端からって……この数を?」
ザッと見回しても穴の数は百は越えるーー全部仕留めるまで一体何時間掛かるだろう?
「あ〜、正直これ程多いとは思わなかったからよ……」
ヘイズの予想では多く見積もって精々30羽程度、流石に全ての毛皮の剥ぎ取りや解体をする気はないが、討伐証明である角の回収は必要だ。
「まぁ、最初の予定通り兄弟は洞窟の外で魔獣人を警戒していてくれれば良い。後は俺とシェリ坊で何とかやるさ」
「いやいや……これ、今日中に終わる?」
ヘイズは見通しが甘かったと肩を落とし首を振る。一方シェリーは獲物の多さにテンションは高めだ。
「ったく、グチグチ言いやがって。こんなのアタシとヘイズの兄貴ならあっという間だっての!」
ヘイズは威勢の良いシェリーの言葉に苦笑いを浮かべながら、背負っていた重たそうなリュックを地面へ下ろしてポンポンと叩いた。
「まぁ、こんな事もあろうかと一応泊まりの準備はしてきたからよ。じっくりやろうや」
(泊まる気なのかよ……)
防寒具を忘れた俺に秋キャンプは少し厳しい。
何より最近は碌な物を食って無いので身体からすっかり脂肪が削げ落ちている。嫌われがちな皮下脂肪だが、寒さを防いだり内臓を守ったりする為にはある程度必要なものなのだ。
ヘイズが持ってきたブルーシートみたいなチャチなテントじゃ防寒は期待出来ないし、寝袋などは勿論無い。二人は獣人だから気にならないんだろうな……いや、待てよ? あの二人に挟まれて寝るなら案外温かいんじゃないだろうか。
(ヘイズを背もたれに、小柄なシェリーを抱き枕代わりにして寝るーーふむ、悪くないな)
問題は、ヘイズとシェリーはきっと嫌がるだろうって事だけど……
ーーそれにしても。
改めて洞窟の壁を埋める無数の穴を眺める。この数を一槍一槍やるのは効率が悪過ぎる。夜行性と言ってたが、それは時間を掛ければ危険は増すって事だよなーー何か良い手はないだろうか?
「ちょっと洞窟の周りを確認して来ても良い?」
「あぁ、少しくらい構わねぇよ兄弟」
近くに川は無いか、斜面の上には何があるのかーー付近の地形を見て置くのは大事な事だ。一応ヘイズが気にしている魔獣人を警戒する意味もある。そして何より、軽く身体を動かしている時の方が良い方法が浮かぶものだ。
「…………アタシも付いて行ってやろうか?」
「ーーえ? 別にちょっと見て回るだけだよ?」
「いや……ほ、ほらっ、アンタ一人じゃ危なっかしいからさ!」
シェリーが俺を気に掛けるなんて珍しい、一体どう言う風の吹き回しなんだろう?
「…………シェリ坊はこっちの準備を手伝ってくれ」
「ーーあ、うん……分かった! アンタ、あちこち行って迷子になるなよな!」
「ーー子供かっ!?」
洞窟の外でリュックの中身を広げて討伐準備を始めたヘイズ達を残し、俺は一人付近の散策へと繰り出した。
◇
「こっちか……アイツの足跡は分かり易くて楽勝だ!」
素足で歩く獣人とは違い地面に深く沈み込む特徴的な足跡は森中では酷く目立つ。
ヘイズ達三人が洞窟へ到着した頃、その足跡を辿る影があった。その影は時折立ち止まりながら風下を意識して三人の後を追う。
ヘイズに似た灰色の髪を振り乱し、獣道沿いの木々の間を縫う様に走るのは狼獣人ガウルである。
(俺だってもう一人前だって所を見せてやる!)
シェリー達がヘイズの討伐へと付いて行く事を知ったガウルは悔しさから憤慨する。シェリーは兎も角、自分よりも新入りの人族に先を越された事が許せなかったのだ。
得意気にグルルカ達へ報告するシェリーから、大まかな行き先や出発時間などをそれと無く聞き出したガウルは、討伐当日、彼等の後を追う様にこっそりと孤児院を出たのだ。
付いてきたのがバレれば勿論ヘイズは怒るだろうが、恐らく「帰れ!」とまでは言わないだろう。
討伐対象は赤熊などの手強い猛獣では無く一角兎だと聞いた。アレは魔獣といえどツノさえ折ってしまえば只の兎と変わらない程に大人しくなる、ガウルにだって討伐は難しくはない。
ここで誰よりも一角兎を狩る事が出来ればヘイズも自分の価値を認めざる得ない筈だ。
「見てろよー、俺様が一番有能だってとこを見せ付けてやるからよ!」
いつも読んで頂きありがとうございます。
最近はAIが簡単に絵を描いてくれるようで、ちょこちょこ挿絵を試しています。
そのうち、小説もAIが書いてくれる様になるのでしょうかねぇ…….。