183・格付け
『旋風のピリル』『馬力のバルボ』いずれも貧民街では知らぬ者は居ないならず者である。
空を飛び一撃離脱を繰り返すピリルに、貧民街でも屈指の怪力を持つバルボーーこの二人が揃うと、もう大抵の者では歯が立たない。
バルボはその馬面の特性上、視界が実に350度もある。自分の真後ろ以外が見えるという驚異的な視界の広さ、それに上空から見下ろすピリルの視界が加わる事でこの二人には死角が全く無くなるのだ。
彼らにコッソリ近付く様な奇襲攻撃の類いは一切効かない上に、一度目を付けられれば逃げ隠れも出来なくなり、とことんまで追い込まれるーーこの貧民街で相手にしたくない輩の上位に入る者達である。
ヘイズも若い頃は良くこの二人にコテンパンにのされ、金や獲物を奪われていたものだ。今でこそ彼等の的になる様な事は無いが、関わりを持ちたく無い者達であるのは変わらない。
そんな二人を揃って地面に組み伏せる人族の男を見た時、ヘイズはそのあまりの衝撃に全身の毛が逆立つのを抑える事が出来なかった。
「なぁ、良いだろ? この串肉全部やるからさ?」
あの二人が手も足も出ず、たった一人の男に地面へと押しつけられているーーほんの数秒の出来事だ。
(信じらんねぇ、あの二人がまるで相手にならねえなんて……)
常人ならピリルに吹き飛ばされ瓦礫に叩き付けられるか、バルボの怪力で骨の一本は折られている場面である。それをあの男は人族にもかかわらず魔法を使わずに腕力だけで圧倒したのだ。
獣人は自分よりも強者であると認めた場合、その者に対して従順となる気質がある。どうやらピリル達の中での格付けはあの男に軍配が上がったようだ。
三人が街奥へと進むのを驚きの目で見送ったヘイズは『触らぬ神に祟りなし』と正体不明の男との距離を取る事に決めた。
出来ればこれからも関わらない様にと……。
ーーしかし、その願い虚しく、ヘイズはその日の内にこの男と再会する事になる。
◇
いつもの様に孤児院へ顔を出すと、えらく不機嫌そうなシェリーが出てきた。
「おうシェリ坊……随分な顰めっ面だな。ティズは居るか?」
「来客中!」
(ーー来客?)
こんな教会に来る客など教会関係者か、もしくはヘイズの様なカーポレギアの仲間達ぐらいなものである……しかし、カーポレギアの連中であればシェリーの態度があそこまで不機嫌になるのはおかしいし、月に一度僅かな運営費を偉そうに持ってやってくる教会関係者にしては早過ぎる、前回からまだ二週間も経って無い。
不思議に思いながらも子供達を呼び寄せ、組織絡みの店で安く手に入れた干し芋の切れ端が詰まった小袋を渡してゆく。
「よう、ガウル。仲間と上手くやれてるか?」
「まぁ普通ーーそれよかヘイズの兄貴よぉ、俺も早く依頼に連れてってくれよ!」
「ガウルってば、全然グルルカの言う事聞かないんだよ〜」
「ーー聞かないんだよ〜」
「うっせー耳長共! 余計な事言うな! イテッ」
「ーーガウル、そりゃあテメェが悪い」
ヘイズはガウルのオデコを指で軽く弾くと、少しだけ脅す様に声を落とす。
「いいか、上の意見を聞かず一人で突っ込む奴は仲間も危険に晒すんだ。だからお前はまだ連れてけねぇ」
「ーーッチ! 犬っコロなんかに従えるかよっ」
ガウルはヘイズの手から小袋を引ったくると、不貞腐れた様に何処かへ行ってしまった。
「ーーったく馬鹿が……おいグルルカ、手が付けられねぇなら俺が一度シメてやろうか?」
「いえ、姉貴がちゃんと見てますから。それよりヘイズさん、奥に来てる客、見ましたか?」
「いや、まだ見てねぇが……どうした、厄介事か?」
どうやら客とやらはシェリーだけじゃ無くグルルカにも警戒されてるらしい。奥部屋に位置する応接間に向かって耳を傾けるが、今のところ怒声や悲鳴は聞こえてこない。
「一体誰が来てんだ?」
「この辺りじゃ見た事無い男ですね」
「アイツは絶対シスター狙いさ! 最初に見た時からベタベタ引っ付いてやがったし」
「ーー何、そんな奴が来てるのか!?」
思わず喉から唸り声が漏れるーーもしティズに手を出す様な不埒な輩ならばタダじゃおけない。ティズは人族ではあるが大事な家族の一員であり、孤児達の母であり……いや、姉か? 兎に角、ティズに手を出す奴は気に食わねぇ。
「何の用事か知らないけどさ、ヘイズの兄貴からも一丁何か言ってやってくれよ! あっ、出てきた! ほら、アイツっ!」
「どら、ちょと軽くシメて……や…る?」
睨み殺す勢いで振り向いた視線の先には、ピリル達を圧倒した昼間のあの男が和かに笑いながら立っていた。
◇
「あらヘイズさん、丁度良かった! この人は今日からうちのお手伝いをしてくれる方です。お土産も沢山貰いました、良い人ですから喧嘩しちゃ駄目ですよ?」
ティズが紹介した男は照れた様に頭を下げる。
(笑ってる……笑ってやがるが、俺は知っているぞ。コイツは笑いながら人をぶっ倒せるヤバい奴だって事を!)
デカい身体と緩い雰囲気。一見すると強者の貫禄的な物は皆無だ。昼間の一件を見てなかったらヘイズであっても騙されていただろう。あれだけの実力を隠蔽する技術を持っているとなれば、やはり只者では無さそうだ。
現に子供達は何の恐怖心も抱いてない。
ヘイズは隙あらば飛びかからんと身構える子供達を制す様に慌てて前に飛び出ると、出来るだけ傲慢に見える様に振る舞った。
「お、おう……お、俺はヘイズってんだ。宜しく頼むわーーブ、兄弟」
「え、兄弟って……ラッパー? ここの人達って人との距離感の詰め方凄いね?」
(ヤバい、怒らせたか?)
逆立つ尻尾が股下へと潜り込もうとするのを、必死に後ろ手で押さえ付けながら男の顔色を窺う。
「あ、あぁーーほら、アンタがこれから孤児院に住むってんなら俺達は兄弟みてぇなもんだろ? いや、勿論アンタが嫌だってんなら別の呼び方で……」
「いや、良いよ! 兄弟か……うん、これから宜しく!」
「まぁ! 早速二人が仲良くなってくれて嬉しいです!」
握手を交わす二人をニコニコと嬉しそうに見ていたティズは「それでは」と、男が担いでいる袋を引っ張る。
「まずは地下の食糧庫に案内しますね。気が変わったとか言い出したら困るので、頂いたお芋さん達を先に運んじゃいましょう! その後に子供達を紹介しますーー」
「兄貴っ! 何だよ、シメるんじゃなかったのかよ!」
「う、煩え! 聞いてたろ、ティズが雇ったて言うなら俺に文句は無ぇ……何かありゃ俺がキッチリ言う、これで良いだろ!」
「それにしたっていきなり兄弟分って……」
「そ、それは……何か、こう……ビビッと来るもんがあったんだよ! 良いじゃねーか、俺が誰と兄弟分になろうがよ!」
ヘイズの中で男との格付けは既に済んでいる。しかし、素直に男へと謙る事が出来なかった。それはそうだろう、『ワンバイト』と呼ばれたヘイズが一度も手合わせもせずに負けを認めたなど弟分達の手前格好が付かない。
この時、苦し紛れにヘイズが出したのが兄弟と言う呼び名だ。
ヘイズの気持ち的には圧倒的に弟分なのだが、他の者は勝手にヘイズが「自分が兄貴分だ」と誇示したのだろうと勘違いしてくれる筈だ。
そう、ヘイズは男を自分の兄貴分だと思っているが故、必要以上に気を遣っているのだ。そしてそれは純粋に男の力を信じていると言う事でもある。
「おい兄さん、いらねーのか?」
「ーーあ? あぁ、すまねぇ、いくらだ?」
ヘイズは湧き出た憂いを打ち消す様にブンブンと頭を振ると、屋台の店主から甘い匂いを閉じ込めた紙袋を受け取りギルドへ向かってゆっくりと歩き出した。
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