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182・ヘイズの懸念


『その日の稼ぎはその日のうちに』


 人々は一日を無事に過ごせた事に乾杯し、今日稼いだ金の大半を酒に注ぎ込む。下手に金を溜め込んでるなんて噂が立てば、あっという間に奪われるのがオチであり、だからこそ冒険者達は宵越しの金は持たないと周りに見せつけるかの如く飲み歩く。


 明日もあるか分からない命、貯蓄など正に愚の骨頂ーーというのがこの貧民街で生きる者の共通認識である。


 ギルドから出て来た冒険者達が、まるで闇に灯る篝火(かがりび)へと飛び込む羽虫の如く、一斉に酒場へと向かう中、屋台でいくつか適当な甘味を見繕っていたヘイズは、時折通り過ぎる顔見知りに手を振り返しながら先程の酒場でのやり取りを思い出していた。


(……シェリ坊のヤツ、まさかまだあの事を?)


 ヘイズとしては出来ればシェリーの前で魔獣人(マレフィクス)の話はしたくなかった。それと言うのも、孤児院にとっての魔獣人(マレフィクス)は割と身近な問題であったからだ。


ーー孤児院と言う場所柄、捨て子は珍しい事では無い。


 当然ながら捨て子の中には魔獣人(マレフィクス)が混じっている事もある。そんな魔獣化の兆候が見られる子は、主にシスターであるティズの手により森へと還されていた。


 昔、ヘイズがまだ孤児院にいた頃、人族(ヒューマン)であるにも関わらず魔獣人(マレフィクス)を森へと還しに行くティズの顔がいつも悲痛に震えているのを見て「代わりに俺が森へ還そうか?」と、その役目を変わろうとしてやった事があった。


 ティズは教会から派遣されてきた人族(ヒューマン)の聖職者ではあったが、ヘイズと歳も近い所為もあり不思議と嫌悪感は無かった。

 寧ろ何処か惹かれていたかもしれない……これは同種に高い誇り持つ狼獣人のヘイズとしては非常に珍しい事ではあったのだがーー兎も角、あの頃のヘイズがティズを常に気にかけていた事は確かだ。


「いいえ、これはシスターである私の役目ですから」

 

 しかし、そんなヘイズの気遣いをティズはやんわり断わった。


 新たに建てられた教会への派遣、通常これは聖職者として教会から一人前と認められた者の、言うなれば栄転である。しかし、この獣人用にと建てられた貧民街の教会への派遣は少し意味合いが違う。


 女神フレイレルを信仰する者も少ない上に、自然治癒力が高い獣人、さらに彼等の多くは碌にお金も持っていない。教会の主な活動資金である信仰心からの寄付と、魔法治療でのお布施が全く期待出来ない貧民街の教会ーーこれはある意味、聖職者に取っての左遷に近い物であった。


 誰もが行きたがらない教会にティズは自ら志願したと言う。そんな獣人に理解が有る彼女だからこそ「魔獣化した子供達の最後は聖職者である自分が……」と、ある種覚悟めいた意思を持っていたのかもしれないーーそして、その役目は現在も続いている。



 ーーシェリーの弟もティズに森へと還された、そんな憐れな子供達の一人であった。


 まだ目も開かなぬ赤子の頃だ、孤児院の前に捨てられていた姉弟の内、弟の方は既に魔獣化が始まっていた。小さくも鋭い犬歯を剥き出し唸る攻撃性、そしてその異質な姿ーー魔獣人(マレフィクス)と判断されたシェリーの弟はティズによって森へ還された。


 勿論その時の事をシェリーは覚えてはいなかったが、血の繋がった弟が魔獣人(マレフィクス)であった事は何となく知っている様だった。


 そしてそれは、ある時ヘイズが酒に酔って迂闊に漏らした一言で確信に変わった。


「お前の弟も、もしかしたら、まだ森で生き延びてるかもな……」


 その日、ヘイズは依頼で出掛けた森の奥で偶々魔獣人(マレフィクス)を見掛けた。その魔獣人(マレフィクス)はシェリーと同じ虎種では無かったが、風に乗って来るその臭いにヘイズは既視感を覚えた。


 嗅覚に鋭い狼獣人であるヘイズが一度嗅いだ臭いを忘れる事は無い。あの魔獣人(マレフィクス)臭いは、確かに以前何処かで嗅いだ事の有る臭いだった。


 しかし、ヘイズが森であの魔獣人(マレフィクス)に遭遇したのは初めての事であるーーとすれば、この臭いはもっと以前、あの魔獣人(マレフィクス)が子供の頃に会っているのでは無いか? 


(森へ還す=殺す、だと思い込んでいたが……)


 ーーもしかしたらティズは、魔獣化した子供達の命を奪ってはいないのかもしれない。


 優しい彼女の事だ、本来殺さなければならない子供達をただ森へと置いて来ているだけで、彼女が頑なにその役目を代わらないのはそう言う事なのでは?

 ーーそんな考えが不意に浮かび、酒の酔いに任せて思わず口から溢れてしまったのだ。

 

 翌る日、「大きくなったら弟を森へ探しに行く!」と喚くシェリーを見てヘイズは自分の失言に頭を抱えた。ヘイズがシェリーをシェリ坊と呼び、孤児院を出た後も何かと世話を焼く様になったのはこの事がきっかけである。


 歳を取るに連れ、シェリーは次第に「弟を探す」とは言わなくなり、ヘイズは「もう諦めたのだろう」と勝手に思い込んでいたのだが……。


「だから魔獣人(マレフィクス)の話はしたくなかったんだがな」


 あの必死さ、とても食糧や毛皮の為だけには思えない。シェリーの本当の目的は魔獣人(マレフィクス)なんじゃないかとヘイズは危惧しているのだ。


 今回目撃された魔獣人(マレフィクス)がシェリーの弟だと位置付ける情報は何も無い。それどころか、ティズが魔獣化した子供達を森へ置いてきている話そのものがヘイズの勝手な憶測である。

 しかし、そう言った所でシェリーは近くに魔獣人(マレフィクス)が居ると知れば、きっとその姿を確認しに行こうとするだろう。そしてそれは非常に危険な行為である。


「シェリ坊はまだ経験が足りねえ」


 単純に魔獣人(マレフィクス)は強い、そして野獣化した彼等に会話は一切通じない。例え実の姉弟だろうが、出会った瞬間その鋭利な爪と牙は即座にシェリーの喉笛と向かうだろう。

 片やシェリーはどうか? 元は同族だと知りながら躊躇なくその爪を向ける事が出来るだろうか? 対人経験が少ないシェリーが戸惑うのは目に見えている。


「そうなったら恨むぜ兄弟(ブロウ)……まぁ、あのピリル達を力で捩じ伏せるくらいだ、兄弟(ブロウ)に取っちゃ魔獣人(マレフィクス)なんて屁でも無ぇのかもしれねえがよ……」


 

いつも読んで頂き有難う御座います。

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