180・魔獣化
ーー獣人には、ある変わった特色がある。
それは、異種配合によって出来る子供が稀に魔獣化するという事だーーこれは特に片方が望まない繁殖の場合に起きる場合が多い。つまり、無理矢理性行為が行われた場合、その時に出来た子供は魔獣化し易いという事だ。
獣人は自身の種族に誇りを持っている事が多い為、大抵は同種族との婚姻を果たすのだが、過去に人族に囚われ奴隷とされた獣人達の中には望まぬ性交を強要された者も多い。
獣人を「穢れ」と呼び、交わる事を禁忌とするパカレー共和国では見られぬ魔獣人だが、サーシゥ王国では過去にも魔獣人の存在は確認されている。また、その数は国交を正常化しようと獣人奴隷化を廃止し、帝国との交易に踏み切った近年より徐々に増加しているようであった。
これは、娼館などで多くの獣人が働く様になった事や、獣人への偏見が無くなりつつ有る人族に対して、金や地位目当てに近付く獣人が増えた所為でもあるーー愛のない見せかけの婚姻関係が増えたのだ。
皮肉にも、獣人差別の撤廃が魔獣人を殖やす一因となっていた。
魔獣化した子供の多くは外見は大幅に獣寄りになり、攻撃的で知能が低い傾向にある。その為、子供が魔獣化している事が分かった時点でひっそりと処分されるのだが、我が子に手をかける事が出来ずに森へと遺棄するケースもなくは無い。
そんな子供達が運良く生き残り、野生化したのが魔獣人ーー所謂獣人版の忌子である。
「人族にとっちゃどれも魔獣なんだろうが、俺達に取っては腐っても同族ってな。やってやれない事はないんだが…………」
「やり辛いって事か……、それで人族の俺って事?」
好条件なこの依頼を何故ヘイズが取れたのか、また折角取れた依頼をヘイズが自分のパーティーと行かない理由、それは仲間意識の強い獣人達が魔獣人の目撃情報に躊躇ったからだった。
「そうだ、一角兎はこっちでやる、万が一魔獣人が出た時は兄弟に頼みてぇ」
「……まぁ、そういう話ならーーうん、その依頼受けるよ」
「身内の恥晒すみてぇで悪いんだが、頼む」
犯罪絡みで無いのならとヘイズの頼みを了承しながら、俺はふとバルボの馬面を思い出した。
魔獣人の明確な判断基準は無い、獣に近い外見や知性の欠如などを根拠に勝手に魔獣人とされ処分される。
馬面で言葉も話せないバルボは一歩間違えば魔獣人扱いになってた可能性もあった訳だ。
(そう考えると確かにやり辛いなぁ……)
「…………なんか、聞かなきゃ良かったわ」
「だよな? だけど、話せって言ったのは兄弟だからよ」
ヘイズが俺を非難するように言うが、契約前に疑問点や不審な点を確認しとく事は社会人として基本なんだぞ!
よし、前向きに考えてみようーー事前に知識を入れる事によって、俺が躊躇無く魔獣人を殺してドン引かれる事が無くなったーー嬉々として同族を撲滅されては、きっとヘイズも他の獣人達も良い気はしないだろうし、後々知らない獣人に「兄弟の仇」とか変な言い掛かりを付けられるのも困る。
(それにまだ目撃証言だけで魔獣人が居ると決まった訳じゃ無いしな)
依頼内容はあくまで一角兎の討伐、仮に魔獣人とやらが出たとしても殺さずに追っ払らえば良い。手加減が少しだけ苦手な俺だが獣人はタフだって言うし、魔獣人なら尚更丈夫な気がする……何とかなるだろ。
「ヨシッ、じゃあ決まりだな!」
暗い空気を払う様にパンッと両手を打ち鳴らし、話は決まったとヘイズは席を立ち上がる。
「俺はこのままギルドへ行って書類出してくるからよ、兄弟達はまぁゆっくり飲んでから帰ってくれ」
「えー、書類なんてあるんだ?」
「あぁ、いつもは要らねぇんだがーー討伐計画書? だかってやつが必要なんだと。貴族様が絡むと手続きも面倒臭ぇんだ」
ヘイズが折り畳んでいたB5サイズの紙を広げると何やら文字がビッチリと書いてあるのが見える。
「おぉ……ヘイズ、字が書けるのか! 今度俺にも教えてくれない?」
「はっはっはっ、字なんて読めもしねぇし書けもしねぇよ。こう言うのはギルドで代筆して貰うんだ」
ヒラヒラと紙を揺らしながらヘイズは笑った。
代筆か、誰かに字を書いて貰うなんて考えた事もなかったが……いや、スマホの音声入力も似た様なものか。俺のスマホも異世界仕様になってりゃ良かったのに……もう充電無いけど。
「それじゃあ兄弟、また後で連絡する。シェリ坊もまたな!」
「ちょっと待った兄貴! その依頼……アタシも行っても良いだろ?」
シェリーは店を出ようとするヘイズの袖を掴んで引き留める。
「ーーいやいや、普通に駄目だろ」
「な、何でだよ? 一角兎くらいアタシでも狩れるって!」
尚も引き留める様に袖を強く握る手を尻尾でパシンっと軽く打ち払いながらヘイズはシェリーの嘆願を退けた。
「シェリ坊はまだギルド登録してないだろ。魔獣人の事もあるし、今回は止めとけって。そのうち良さげな依頼が出たら連れてくからよ」
「そのうちって……こんな美味しい話そう無いだろ?」
シェリーは今回の依頼にどうしても参加したいのか、中々引き下がらない。俺は俺で、そんな二人の会話に一抹の不安を覚える……何故なら俺もシェリーと同じくギルドに登録してないからだ。いや、正確に言うのならば、登録出来なかっただ。
冒険者になる為には、ギルドに設置された魔法陣を使っての個人情報の登録が必須なのだがーーこの魔法陣、作動させるには登録者の魔力が必要となる。
冒険者に必要な最低限の魔力量を持っているかの試験代わりでもあるらしいのだが、ここで俺の魔法無効が無駄に働いた所為で登録する事が出来なかったのだ。
「この魔法陣が作動しない程度の魔力量だと登録は無理ですね。人族なのに魔力少ないとかヤバすぎ!」
俺を冷たく追い返したギルド嬢の顔が浮かぶ、あの時の精神的ダメージはかなりのものだった。
(あの時のギルド嬢の目は、すれ違い様に「筋肉キモッ」て言って去って行った女子高生と同じ目だった)
ブルリときた震えを抑える様に両肩を抱き抱える。
筋肉の鍛え方は知っているけど、これからは心の鍛え方も知らなきゃならないなぁ。
いつも読んで頂きありがとうございます。