178・冒険者
ーー冒険者ーー
未知なる土地の調査に古代迷宮の探索、秘境にしか存在しない貴重な鉱石の採取や人々を脅かすモンスターの討伐などを生業とする完全実力主義の職業だ。
貴族が君臨する格差社会の中で、唯一身分関係無く成り上がれる可能性が有る職業でもある。しかも、特別な教養や技術が無くともなれる事もあり、一攫千金を夢見て冒険者ギルドの扉を叩く若者は後を立たないと言う。
しかし、よくよく話を聞けば、実際そんな浪漫溢れる仕事はごく一部の上級冒険だけの物であり、その他の一般的な冒険者の仕事といえば、探し物に薬草の採取、護衛に警備に下水掃除とーーまぁ、所謂何でも屋である。
特にこれから始まる秋の収穫期には、毎朝大勢の下位冒険者達が荷馬車へと詰め込まれ、近郊の畑へと駆り出される姿が日常的に見られるという。また、春先には開墾、夏には草刈りが彼等の主な収入源となるそうだ。
もう、いっそ冒険者辞めて普通に農業に従事した方が儲かるんじゃないのだろうか?
そう思ったが、そもそも冒険者登録する者は家督を継げない次男、三男である事が多い。
農業やるにも店をやるにも土地が無ければ始まらない。結局の所、彼等の多くは、望んでも望まなくても、そうならざる得ない状況だった者で占められていた。
そんな訳で、冒険者=日雇労働者と言っても過言では無く、人族でそれなのだから獣人に至ってはもっと酷い有様であった。
しかし、今回ヘイズが持ってきた話は、近くの山の洞窟に巣食う一角兎の討伐だと言う。
「へえ、一角兎かよ、いいな!」
討伐した獣は基本的には討伐した冒険者の物だ。
一角兎の肉は臭みはあるが、下処理をしっかり行い香草などで調理すれば食べれなくはないーー寧ろこの野生味が好きな獣人も多いと聞く。
獲物が一角兎と聞いたシェリーは早くも舌舐めずりをしだした。
確かに報酬とは別に肉が手に入るなら一石二鳥だ、やらない手は無い。
「でもよ、一角兎の討伐依頼なんて珍しいな。捕獲なら偶に聞くけどさー」
「今年は増え過ぎてヤバいんだとよ」
いつもは貴族達が行う狩猟の為に山奥から集めた狼や赤熊などが一角兎を餌とする為、ある程度まで自然と数を減らすのだが、今回は国境の壁の消失や隣国の戦争などの影響で貴族達が狩猟を自粛したらしく、そのお陰で一角兎がえらく繁殖しているとの事。
この一角兎、外見は可愛らしく大きさも子犬程度だが、その見た目に反して攻撃性が強く繁殖力も大きい。このまま放っておくと付近の餌を食い尽くし、畑の作物を襲いに来る可能性がある。
特に今は農作物の収穫期、この被害は税金を徴収している貴族にそのまま跳ね返ってくる。
「まぁ、簡単に言えば害獣駆除だ。依頼主は貴族様だし、報酬も悪く無いーー何の問題が有るってんだ?」
両手を挙げて食いつくだろうと思っていたヘイズは意外にも気乗り薄な俺を見て不満気に肩をすくめる。
害獣駆除とはいえモンスター(?)の討伐依頼だ、農家の手伝いなんかと違って実に冒険者らしい仕事で興味はあるーーあるのだが…………。
「その何の問題も無い事が引っかかるんだよなぁ……」
シェリーが「何言ってんだコイツ?」みたいな目で睨んでくるがーーだって、おかしくないか?
確かにヘイズの話だけ聞くと何の問題も無い様に思える。報酬も良いし支払い元は貴族だ、取りっぱぐれる事は無いだろう、それに肉も手に入る。
ーーでも、何でそんな美味しい仕事を俺に回すんだ?
冒険者であるヘイズが取って来た依頼という事は、この仕事はギルド経由。他の冒険者達もこの依頼を見ていた筈だ。これ程の条件ならば取り合いになってもおかしくない。
そんな好条件の依頼を獲得したにも関わらず、ヘイズは自分のパーティーとは行かずに、会って間もない俺に話を持って来た。組織の一員でも無いこの俺にだーー疑問を感じ無い方がおかしい。
「おいおい兄弟、仕事を選り好み出来る立場じゃ無いのは分かってるよな?」
「そりゃあ勿論分かってるけど、美味い話にゃ気を付けろって言うだろ。そもそもだ、繁殖した一角兎なんて魔法でドカーンで良いじゃん? 貴族は何で魔法士を雇わないんだ?」
機敏な一角兎、一匹なら魔法を当てるのも苦労するかもしれないが、大量に湧いているのなら範囲魔法の方が効率は良さそうなんだが?
「魔法士ってのは洞窟みたいな狭い場所での戦闘が苦手なもんなのよ。下手に撃てば天井が崩れて生き埋めになるし、火魔法なんて撃てば酸欠にだってなり兼ねないだろ。だからこう言う依頼は俺達みたいな獣人に話が来るのさ」
成る程、身体能力特化の獣人ならではの仕事って訳だ。
「う〜ん、話は分かった。依頼は有り難く受けようと思うけれどーーヘイズ、俺に何か隠してるよね?」
「………………な、何言ってるんだよ兄弟」
ーーヘイズの喉が生唾を飲み込みゴクリと鳴った。
俺は先程からこちらを一切見ようとしないヘイズの態度に違和感を持っていた。獣人達は故意に目を合わせる事を嫌う習性があるのは知っていたが、あまりにも露骨過ぎる。
(獣人って、隠し事に向いて無い気がする)
俺はそんな事を考えながら、椅子の隙間からソワソワと不安気に揺れるヘイズの尻尾を眺めていた。
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