172・繁華街
「おぉ、意外に活気あるんだな」
粗末な建物に外に設置した竈で食事支度をする様な原始的な生活、フラフラと昼間から彷徨く浮浪者に寝転ぶ物乞い。これまで歩いて来た景色が余りに貧相でマイナスイメージしか無かった貧民街だが、繁華街ともなればそのイメージも一変する。
地面に直接布を敷きその上を簡易なテントで覆った路上販売者が連なる一画。並べられた品は様々で、物売り同士の活気のある掛け声が響く中、沢山の人々が売買をしていた。
先程串肉を買った店が商店街なら、こちらは差し詰め大きなフリーマケットだ。
「ここは闇市や、大抵のもんは何でも揃うで!」
「へえ、何でも?」
「ブルフッツバウムン!」
「せや、何せ元締めは盗賊ギルドや。無いもんはーー皆まで言わんでも分かるやろ?」
「金さえあればの話やけどな」と、ピリルは戯ける様に首を回した。
盗賊ギルドが元締めーーって事は、並んでいる商品は盗品なのだろうか? 俺は足下に並んだ辞書みたいな形の石板を何気無く手に取り眺める。
「…………帝国製通信魔道具、197,800ニルスだよ」
「高っか!」
店主の呟きに慌てて品物をソッと地面に戻す。
「でも、今なら半値でいいよ」
「急に安っす! え〜半値? 50%オフって事? う〜ん……って、いやいやそれでも高いわ!」
危ねぇ、思わず買っちまうとこだった。そもそも買ったところで通信する人が居ないんだから意味が無い。それにしても闇市って帝国の魔道具まで売ってるのか。帝国製は一部の上流貴族で独占していて、まだ市場には出回って無いって聞いたんだけどな……。
「ブンフッ、バルムル」
「せや、兄さんアレはニセモンやで」
「あー、やっぱり?」
「帝国製魔道具は戦争のお陰で今後の入荷が危ぶまれてるさかいな、絶賛値上がり中なんや。あの値は安過ぎるーー兄さん、もう少し目利きの勉強せなボラれるで?」
「バルフッ、ブルヌフー」
「あ、ちゃんとした帝国製魔道具、有る事はあるんだ……」
市場に出回らない品も売ってるとは……しかも手元に無い商品でも注文さえすれば3〜4割の確率で入荷可能だと言うから驚きだ。どうやらピリルの言う何でも揃うは誇張では無いらしい。
但し、少なくない金額を前金で払わなければならないし、入荷出来なくとも半分は取られるみたいだがーー。
金を稼げる様になったらプロテイン(粉)注文してみるのも良いかもしれないーーこの世界に有るかどうかは分からんけれど……。
◇
闇市の喧騒を抜け歩く事10分。その先には貧民街では珍しい石造の二階建ての店が何棟か固まっている場所へ出た。
ガヤついた闇市とは違い、雰囲気が少し重々しく変わる。ガラは悪いが、其れなりに身なりが整った者が多くなり、軽鎧や胸当てをした目付きの鋭い冒険者風の男達がそぞろと歩き回る。
「ここは繁華街の中心部で殆どが大きな商会やギルド絡みの店ばかりや。ほれ、あれが冒険者ギルド、あっちには飲み屋や万屋が有るのが見えるやろ?」
「ほほう、じゃあ娼館はあの建物かな?」
「まぁまぁ、今からワイのとっておきの店を紹介したるから!」
ピリルはそう自信有り気に言うと慣れた足取りで石造の建物の間を抜け、更に奥へと入っていった。
◇
「はぁ〜い、そこの旦那さん方、今なら待ち時間無しだけど……どう?」
艶かしく、甘ったるい声が耳をくすぐる。
ピリルが案内したのは大衆寄りの娼館らしく、基本的には1階の飲み屋がメインだ。給仕をしている嬢達と交渉後、二階の個室へと案内される仕組みらしい。
まだ時間も早いせいで客は少なく、嬢達は暇を持て余しているのか次々と俺達に声を投げかける。
「兄さんついてるなぁ、待ち時間無しやて! 見てみい、別嬪さん揃いやろ?」
「え? あぁ、うん……別嬪さんばかりだねぇ」
「まぁ、嬉しっ。サービスしちゃおうかしら?」
「あ、ははは……」
俺は愛想笑いを浮かべ、舌舐めずりしながらカウンターに並ぶ嬢達を見つめているピリルの翼をグイっと掴んで耳打ちする。
「ねぇ、何で爬虫類系女子? 俺、もっとキャピキャピモフモフした感じ想像してたんだけど……」
一昔前流行った映画『アバター』に出てきた様な目が極端に離れた女の子達……猫耳尻尾の可愛いお姉さんを想像していた俺に爬虫類系女子はギャップがデカすぎる。
あの無表情な蜥蜴人のどこに欲情しろと?
「モフモフ系でっか? あかんあかん、あんなん毛が喉に詰まってえらい事になりますやん。それよりあの蛙人の女の子とかどうでっか? あのヌルヌルした肌、きっとツルっとした喉越しが最高でっせ! あぁ堪らんなぁ!」
「ーー喉越しって何!?」
ピリル、お前のそれは性欲じゃなくて食欲なのではないだろうか? 涎めっちゃ垂れてるし。
ーーぱくんっ !
ピリルにロックオンされた蛙人の女の子が、辺りに飛び交う羽虫を長い舌で捕食している姿を見ながら俺の胸は後悔でいっぱいだ。
「こんな事ならさっさと教会に向かうんだったーー冷たっ!!」
ガッカリする俺の頭にピチャリと液体が垂れる。
「うわっ、嘘だろーー鳥のフン?」
額に垂れた透明な液体を拭いながらボヤいていると、クスクスと楽し気な笑い声が上から聞こえてきた。
振り返れば、二階に見える五右衛門風呂から上半身を露わにした女の子がチャポチャポと水音を立てながらこちらに向かって微笑んでいる。
「ちょっ、ちゃんとした娘も居るじゃん!」
「えぇ? あれは人魚でっせ。兄さん
まさか、あんなん好みなんでっか?」
モフモフ系では無いが、しっかり可愛い女の子だ。爬虫類系女子より断然コッチだよ俺は!
いつも読んで頂き有難う御座います。