164・スパイ容疑
「…………は? 俺がスパイ??」
スパイって、あの秘密の七つ道具を駆使して情報や秘密文書を盗み出し、何だかんだ敵と格闘しつつ綺麗な女の人とイチャイチャして、最後にヘリコプターで脱出する……あのスパイ?
まだ少しボーっとする寝起きの頭で何度も考えてみるがピンと来ない。情報も機密文書も取った覚えは無いし、何よりこっちに来てから女性とイチャコラなんて羨ましい事をした事が無い。
「ーーそれ、絶対俺じゃないわ」
「あぁ、そんな事分かってる」
おぉ、信用されている。過ごした時は短くても、共に死線を乗り越えた俺達の絆に偽りは無いな!
「魔法も使えないわ、言葉も話せないわ……そんな変な奴をスパイにする国があるならもうとっくに滅んでるって」
「うんうん、そうそう! って……何かそれ、軽くディスってるよね?」
まぁ、素性が知れない俺にスパイ容疑が掛かるのは仕方ないとして、どうしてビエルさんが拘束されるんだろう?
不思議に思っているのが顔に出ていたのか、カイルは頭をワシワシと掻きながら話始めた。
「あ〜、お前達が訓練中に見つけた村。パカレー軍が不法に占拠していた開拓村があっただろ?」
「あぁ、ビエルさんが半分砂漠にしちゃった村ね」
確か、村人全員がパカレー軍に殺されてたんだよな。いや、俺が助けた赤ん坊が一人残ってたか……。
「あの時の事を何がどう上に報告が行ったのか……うちの村の救助活動をしていたパカレー軍をお前達が奇襲して全滅させた事になってるーー」
はっ? ……救助活動だって!!
「ナルを攫って手首切り落としてたのが救助活動の一環だって言うのか? 第一、俺達が行った時にはパカレー兵しか居なかった筈だ、救助する村人なんて……」
「そうだな、知ってるよ。夜が明けちまうーーこっからは歩きながらだ、行くぞ!」
扉を開け廊下に誰も居ない事を確認したカイルは、自分が羽織っていた黒いマントを俺の頭からガバッと被せて食堂から宿舎の外へと連れ出したーーまるで逮捕された容疑者気分だ、何となく両手を前に出してしまう。
そんな俺の姿を見てカイルが呆れた様に言った。
「何だよ、折角誰か分からない様に被せたってのに……デカ過ぎてバレバレだな」
まだ暗い朝の風に頭が段々と冴えてくる。
軽口を叩きながらも周辺の様子に気を配るカイルの横顔は何処か真剣味を帯びていた。口調と行動が一致しないのは俺を動揺させない為だろう。どうやら事態は思ったより深刻そうだ。
一体、どうすれば誤解が解けるだろうか?
「ーーカイル、あの時の事は一緒に居たジョルクやギュスタンに聞けば……それにクリミアだって見てるし俺だって証言するーーって、それだけじゃ駄目だって事なんだな?」
団長であるビエルさんが既に詳しい事情を説明している筈なのに、そのビエルさんが拘束されたんだ。俺達が証言した所できっと状況は何も変わらないだろう。
「ーーあぁ、そう言う事だ。普通じゃ考えられない状況だ、きっと何か大きな力が裏で動いてる。こっからの話は俺の予想になるが……」
足早に歩く俺達の会話は少なかったが、大体の事情は把握出来た。
今、王国の中では戦争肯定派と中立派が真っ二つに分かれて存在している。今回の事は恐らく、もう既に帝国兵に王国が襲われていると言う事実が欲しい戦争肯定派の仕業に違いないとカイルは話す。
「パカレーと共闘する様に仕向けるには今回の事件は打って付けだったんだろう。真実なんて死んだ村人からは聞けないしな、でっち上げるに丁度良い」
「でも、ビエルさんや俺達の証言は? まさか騎士団長の証言が軽いって事は無いだろう?」
「あぁ勿論、団長の証言が軽く扱われる事は無いのは確かだ」
「じゃあ何でーー」
戦争が始まったこの時期に国境近くの山で保護した男が実はスパイで、騎士の訓練に潜り込み、特殊能力を使って国境の壁を破り帝国兵の不法入国を手引きし開拓村を襲わせた。
偶々そこに居合わせ救助活動を開始したパカレー軍、それを邪魔に思った男は見習い騎士達を唆しパカレー軍への攻撃を開始。仕方なく防衛戦を強いられるパカレー軍…………戦闘が長引いた結果、ビエル団長を始めとする第三騎士団も参戦、パカレー軍は全滅、見習い達にも多数の死傷者が出る事態となった。
「ーー恐らく、こんな感じで全部お前の所為にしたんだろうな」
つまりビエルさん方第三騎士団は俺に騙されパカレー軍と戦闘をした事になるーー戦争肯定派によって、俺は二国を仲違いさせる為に帝国から派遣されたスパイに仕立て上げられたって事だ。
「団長はお前と言うスパイを騎士団の中に引き入れた事の罪を問われて拘束されている。近く、俺やクリミア達も事情徴収の為に王都に召喚されるだろうな」
「マジか……クリミア達もーー」
思わず拳を握り締めるーー何とか誤解を解き皆んなを助けたいが、政治絡みの話ならばきっと俺の筋肉は役に立たない。
「ーーこの裏道を抜けて道なりに進め。そのマントのポケットに行き先が書いたメモと多少の金を入れておいたから後で確認してくれ……」
「なぁカイル、何で俺を逃す? 此処で俺を逃したらお前達の立場が余計に悪くならないか?」
第三騎士団の皆んなを助ける為にはスパイにされた俺を捕まえて上とやらに突き出すのが一番簡単だ。引き入れてしまったという罪は問われるかもしれないが、そのスパイを捕らえたのだから減刑される可能性は高いーーそもそも茶番だしな。
「まぁそうだろうな、だけど俺達は裁かれた所で謹慎、もしくは降格ってとこだが……お前は確実に死刑だ」
「し、死刑か……そりゃ困るな」
「だろう?」とカイルは俺の肩をドンと拳で叩く。
「俺はな、騎士団に入団した時に自分の手の届く範囲は助けるって決めたんだ。お前を助けるのも、まぁ俺のエゴみたいなもんだ、気にすんなーー」
「…………カイル」
「それにな、サーシゥ王を中心とした中立派がこの事を黙って見ている訳が無いんだ。俺は案外早く解決するんじゃないかって思ってるぜ? そん時はまた迎えに行くからよ…………それまでサヨナラだな」
「……そうか、分かった。まぁ誤解が解けるまで隠遁ライフを楽しむさ。今まで色々ありがとな! 皆んなに宜しく言っておいてくれーー」
互いの拳をゴツンとぶつけ合い、別れを済ませた俺とカイルは朝靄の中を別方向へと歩き始めた。
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