163・朝方の訪問者
さて、そろそろ俺がこの貧民街に来た経緯を説明しておこう。あの晩のーーそう、騎士団見習いの戦闘訓練が終わったあの日の夜の事を……。
ーーあの日、酒に酔ったギュスタン達を見送って食堂を閉めたのは夜も大分更けた頃だった。
「ウービンさん! ウービンさんってば!」
「んぁ?」
俺は中々起きないウービンさんの体を無理矢理起こし、コップに残る氷を2、3個摘んで背中と服の間へ押し込んだ。
「ウヒョッ!? テ、テメェ、何んて事しやがる!」
「だって、全然起きないから……」
一気に眠気が醒めたウービンはその場で跳び上がり、喚き散らしながら背中に入った氷を取り出した。
「もう、食堂閉める時間!」
「あぁ? もうそんな時間なのか……ってかよぉ、もうちっと起こし方っつーもんがあるだろうよ、この馬鹿」
「こういう所はウルトそっくりだ」とウービンはコップに残った酒をチビリチビリと舐める。どうやら眠気は覚めても酔いは醒めて無いらしい。
そんな呑んだくれ店主を他所にヨイチョとナルはテキパキと片付けを進める。流石ハウスキーパー希望で入団試験を受けに来ただけはあるーーあれだけ汚れ散らかしていた厨房は二人の活躍により粗方片付いた。
「皆んなありがとな! 折角の飲み会だったのに手伝わせて悪かった……けど、助かった〜!」
「あはは、僕らは久しぶりに洗い物とか出来て結構楽しかったよ」
「訓練よりずっとずっと楽なんだもん!」
「私は帰りますよ、早く水でも浴びなければ燻製の匂いが取れなくなってしまいますからね……全く、最悪でしたよ」
「…………ぐ〜」
何か皆んなにお礼をーーとも思ったが、持たざる者の俺に渡せる物は何もない。せめてと、残りの片付けを引き受けた俺は皆んなを食堂から送り出した。
「しっかし、何でウービンさんまで帰るかな? 時間外労働にも程がある……そうだ! これだけ働いたんだからバイト代出ないか明日にでも交渉してみよう!」
ウービンさんは今回の賭けで大分儲けていた様だし、その稼ぎは俺の活躍によってもたらされた物だと思うのよ。少しくらいの還元は当然の権利だよね!
その後、一人になった俺はヨイチョとナルが洗ってくれた食器をいつもの棚へと仕舞い、酒と肴が溢れた床にモップを掛けた。これで明日の朝食時にはちゃんといつも通り食堂を開ける事が出来る。
ピカピカになった床を満足気に見ながら、余り物のチーズを口に放り込む。これは俺があの村から持ち帰った戦利品のチーズ、だからいくら食べようがウービンさんには怒られる心配は無い。
寧ろ、何で俺のチーズがおつまみになって客に出されているのだろうか? ーー解せぬ。
「さ〜て、明日も早いし、俺もそろそろ寝るかー」
騎士団見習いは野外訓練終了と言う事で全員一週間の休養安静日に入っているが、食堂を手伝う俺に休みは無い。
いや、そもそも入団してさえいないのだから彼らの予定は悲しい事に俺とは全く関係が無いのだ。
前の職場も中々のブラックだと思ってたけど、年間休日0日の職場ってヤベェな、更に給料も出ないんだから可視光の99.965%を吸収するという黒の中の黒、ベンタブラックに匹敵する程のブラックだ。
そんなブラックな環境ではあるが、見知らぬ土地で沢山の知り合いが出来たのは嬉しい。しかし、人付き合いが多くなるとやっぱり金が欲しいよなぁ。クリミアにもお礼しなきゃいけないし……早いとこ正式に入団させてくれないかな。
一応、訓練では及第点が取れたので入団出来そうな雰囲気ではあるのだがーー何せ異例の中途採用。
ビエルさんが今回の結果を持って直接王都へ出向き交渉してくれているらしいが大丈夫だったかな? やはり及第点ギリギリは不味かったかしら。
「あ〜、考えたって今更何も出来ないし、寝るか!」
因みに俺が最近寝泊まりしているのは、この食堂の奥にある食糧庫の手前の床だ。板張りの床だと固くて寝れなかったので馬小屋から拝借してきた干草を薄く敷いた上に何かの毛皮を被せベットにしている。
正直、地面の上に直接寝袋敷いた方がマシなんじゃないかってレベルだけど、雨風は防げるし、一応鍵も掛かるプライベート空間だから割と気に入ってる。
◇
ーードンドンドンッ!
未だ慣れない寝床にゴロゴロ寝返りを繰り返しながらやっとウトウトして来た朝方、扉を乱暴に叩く音で飛び起きた。
「ーー何!? まだご飯は出来て無いよ!」
「おいっ! いいから早く開けろッ!」
まだ日も昇って無い早朝に食堂へ来るなんて、一体どれだけ腹空かせてるんだよ……育ち盛りの中高生だって食堂が開くまで我慢するってのに。
止まらぬ催促に渋々扉の閂を外すと、飛び込んで来たのはカイルだ。道理で聞いた事のある声だと思った。
「何だよカイル、まだ食堂はーー」
「ーー不味い事になった」
いつもと違い何処か焦った様な様子のカイルはいつもの席には座らずにズカズカとカウンターを越え食糧庫に向かう。そして棚に仕舞ってあった俺の私物を取り出すと俺に向かって放り投げた。
「おわっーー何? 何事!?」
次々に投げ付けられるジャージや靴を受け取りながらイマイチ事態に付いて行けない俺。何だろう、もしかして変な夢でも見ているのだろうか?
そうこうしている内に、カイルは懐から取り出した大き目のズタ袋に棚に並んだ干し肉や芋を乱暴に入れ始めた。
「ちょ、ちょっ、いくら腹減ったからって……ウービンさんに怒られるぞ?」
カイルは俺の言葉が聞こえて無いのか、手当たり次第に食糧品を詰めるとズッシリとしたそのズタ袋を俺に手渡して言った。
「よし、ほら行くぞ!」
「はぁ? 行くって何処に?」
こんな朝方に何処に連れてこうってんだ……ま、まさかまた訓練じゃないよね?
「説明してる暇はーーいや、そうだな。ザックリ話してやる」
慌ただしかったカイルはその動きを止め、ジッと俺の目を見つめながらゆっくりとこう言った。
「王都に行ったビエル団長が第一騎士団に拘束された、そしてお前には王国へのスパイ容疑が掛かってる」
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