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159・金貨

挿絵(By みてみん)

 扉の隙間から漏れる微かな灯り。中から聞こえる低い声が暗闇を賑わす虫の声に混じり夜に溶けてゆく。


 街の外れ、森の入り口に建てられた簡素な小屋は貴族の管理する見張り小屋である。見張り小屋とは言っても街の防衛施設などでは無く、貴族のレクレーション、狩りの為の物だ。


 狩りの時期になれば先行した下人達がこの小屋で獲物の動向を探るのだ。主人の手に負えない猛獣を排除し、獲物が少なければ山から追い立てる。

 そうして充分な獲物と安全を確認してから主人達が狩りを楽しむという訳だ。


 そんな小屋の中で三人の男が小さなテーブルを囲んで立っていたーー狩り時期を外れた今、人気(ひとけ)の無いこの小屋は密会には最適な場所となる。



「さぁ、こいつでさぁ!」


 無数の穴が空いたボロを纏う小男が得意げにテーブルに小さな銭袋を置いたーーそう、野良犬(ストレイ・ドッグ)だ。

 彼はあの後直ぐに貧民街を抜け出すと、今の今までずっとこの小屋に潜んでいたのだ。古い小屋ではあるが仮にも貴族が管理する建物だ、平民……ましてや獣人が近寄る事はまず無い。


 道理で貧民街に詳しいカーポレギア(ルーナ達)が連日総出で探しても、野良犬(ストレイ・ドッグ)が見つからない訳である。


「…………確かにラルードル夫人の物なんだろうな?」


 想像していた品物と違ったのか、白い布で顔の下半分を隠した男は疑う様に野良犬(ストレイ・ドッグ)に問い掛ける。


財布(ガワ)は、まぁちょっと色々ありやして……でも中身は間違いありやせんぜ!」


 そう言って野良犬(ストレイ・ドッグ)がテーブルの上で銭袋をひっくり返すと、中からジャラリと現れたのは複数の金貨と二枚の銀貨。


「…………これで全部か?」

「えぇ、勿論でさぁ! あっ、そっちの銀貨は別件のヤツでして……へへ、すいやせんね」


 野良犬(ストレイ・ドッグ)はいそいそと二枚の銀貨を手元へ寄せる。そうして夫人から財布を奪う事がどれ程大変だったかを大袈裟に語り始めたーー靴の中に隠した一枚の金貨の感触を足の爪先で確かめながら……。


「ーーそうか、ご苦労だったな……」


 依頼主であろう、顔の下半分を隠した男は野良犬(ストレイ・ドッグ)の苦労話をまるで聞こえてないかの様に、話の途中にもが関わらず背後に居た背の高い男に目配せする。

 すると、背後に居た男は懐から膨らんだ銭袋を取り出しテーブルに乗せ、黙って野良犬(ストレイ・ドッグ)の方へと押しやった。


 ズシリと重い銭袋を直ぐ様覗き込み、金色の鈍い光沢を確かめながら野良犬(ストレイ・ドッグ)は舌舐めずりをする。


「へへ、確かにーーそれじゃ、俺はこの辺で……」


 そう声を掛けると、野良犬(ストレイ・ドッグ)は逃げる様に小屋を出て行った。




 明かに怪しい野良犬(ストレイ・ドッグ)の挙動を気にするでも無く、雇い主であった男は腕組みをしながらテーブルに散らばる金貨を眺める。


「…………」


 男の背後に控える長身の男は始終無言である。

 険しい顔に刻まれた深い皺、長い手足に巻いた浅黒い布、胸部には黒鉄のプレートアーマーを装備している。その威圧的な風貌にも関わらず、至極希薄な雰囲気は兵士と言うより暗殺者に近いかもしれない。


 依頼主の男も存在を忘れていたのか、突然思い出したかの様に長身の男へ命令を下した。


「ーーあぁ、()()は任せる」

「ーー御意」


 長身の男はその言葉に頭を下げると、するりと音も立てずに扉から出て行った。


 一人残った男は金貨を一枚手に取り、揺らめくランプの炎に透かす様に持ち上げジッと見つめる。


 通常出回っている金貨とは違い、裏面に鷲に似た尾の長い鳥ーーサーシゥ王国の象徴である雷鳥とシリアルナンバーが刻印された金貨だ。

 微量の魔力に反応し尾の部分が蒼く発光するのが特徴であり、王都で開かれる式典などで功労者に配られる一種の記念コインである。


 れっきとした金貨ではあるが、この様な記念金貨を通常の買い物に使う者はまず居ない。


 では何故ラルードル夫人は財布にこの使わない記念金貨を入れていたのかーーそれも一枚では無い、全ての金貨が記念金貨なのだ。


「ふっ、古い手を……だから穏健派は駄目なのだーー危機感がまるで無い」


 男が魔力を込めると金貨に薄っすらと文字が浮かび上がるーー第一王子派の名簿と共和国への贈呈目録だ。


 選考に難儀していた王国への使者は第一王子であるルクフェン・サーシゥに決まった。

 長男が国を継ぐーー全く持って順当な話ではあるのだが、第一王子は現国王と同じ穏健派である。今回の戦争に乗り気では無いし同じく中立を貫こうとするだろう。


 これを面白く思わないのが、魔道具という力を持ってしまった獣人達(帝国)が共和国だけで無く王国にもその牙を向けるに違い無いと考える貴族達と、便利な魔道具を如何にか手に入れたい商人達が集まる戦争促進派である。


 彼らは言葉巧みに第二王子であるアドモスを担ぎ上げ、第一王子の失脚を狙っていた。


 国境近くで一番大きな街であるこのイアマは、使節団が最後に訪れる街でもある。ここでの式典を最後に王子達はパカレー共和国領へと向かうのだ。


 戦争促進派はこの機会に、第一王子側に何らかの失態を犯させる事で「この様な者に使者が務まるだろうか?」と凶弾するつもりであった。


 そんな不穏な空気をいち早く感じ取った穏健(第一王子)派のバルザック男爵。彼は出席者名簿や贈呈目録を式典の主催者であるニーガン辺境伯へと記念金貨を使った暗号で送る事にした。


 『この名簿に載って居ない式典出席者は第二王子(アドモス)派の可能性が高い、動向に注意せよ』ーーと。


 ニーガン辺境伯から小麦を買うという名目で、妻のラルードル夫人を使い届ける手筈だったがーーどうやら情報は漏れていた様だ。


「ふふふ、他の者達(アドモス派)はパカレー共和国への贈呈品を強奪する計画を立てているらしいが……」


 確かにパカレー共和国への贈呈品を強奪されたなら、それは第一王子の管理不足となる。批判の理由としては充分であろう。

 しかし、戦争促進派の中にはこの機会に第一王子を亡き者にしようと企む過激派もいたのだ。


「ルクフェン王子にはこのイアマで死んでもらう、それも獣人の手によってな!」


読んで頂きありがとうございます。

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