158・ルーナの涙
「ル、ルーナ!? 遅いと思ったらこんな事に巻き込まれてるなんて……俺はダニスになんと言って詫びれば良いんだ」
息を切らし走って来た男性は、ルーナの傷付いた有様を見て思わず天を仰いだ。
「ケインさん! ごめんなさい……私、言い付けを破って裏路地に……それで、お金も取られちゃってーー」
「お金なんてっ! そんな事より怪我の具合は? 何処か痛むか?」
一通りルーナの傷の具合を確かめていたケインは、ルーナの怪我の程度が見た目程では無い事が分かり大きく息を吐き出した。
「はぁ〜〜、兎に角、二人が無事で良かったよ……」
「……二人? じ、じゃあ、マルリも無事なんですね!? あぁ、良かった!」
見知った顔に会って安心したのか、はたまた妹の無事に安堵したからか、ルーナの目からは再び涙が溢れ出した。
ーー今日いったい何度目の涙だろう?
マルリが生まれ姉となった日から、極力人前で泣かなくなったルーナ。だが、今日だけで「もう一年分の涙が出たのでは?」と思う程に泣いてしまった。
(こんなに腫れた目じゃ、今日はもうお客さんの前には立てないかな……)
ケインに申し訳無く思いつつも、ルーナの泣き顔には先程とは違い笑顔が見えていた。
◇
「ありがとうございました!」
「この御礼は後日必ず! 是非うちの宿に来て頂きたい」
駆け付けた宿屋の主人に連れられて、ひょこひょこ足を引き摺りながらルーナちゃんは帰っていった。
何でも宿屋に居た何人かの客も二人の捜索に協力してくれているとの事で、ルーナちゃんの妹さんはその人達に保護されているらしい。その人達にも早くルーナちゃんの安否を伝える為に急ぎ戻らなければとの事。
よろけながら歩くルーナの体を気遣って時折ケインの手が伸びるーーが、決してその体に触れる事は無い。そんな二人の後ろ姿を見て、何となく関係性が見えてくる。
まだ遠慮がちな距離間では有るが、随分と大事にされている様だ。
殺伐とした児童虐待を垣間見た後なので余計に心が温まる。
「あー、報酬どうすんのか聞きそびれた!」
屋根から降りて来たシェリーが舌打ちする。うちの子達は全員無事……いや、見れば皆んな随分とボロボロだけどーーまぁ、元気そうだ。
「ーー俺を頼れって言ったんだって?」
ブツブツと悪態吐くシェリーの顔を俺はドヤ顔で覗き込む。
「は、はぁっ? 仕方ねぇだろ! 暇そうなのがアンタしか浮かばなかったんだから!」
実は俺、まだ孤児院の子供達とはそれ程打ち解けてはいない。特にこのシェリーときたら年少組のリーダー格だからなのか、未だに俺を特段と警戒しているのだ。
そんなシェリーが俺を頼ったなんてーーちょっと嬉しいじゃない?
「どうよ? 俺も結構頼りになるだろう!」
グイッと胸板を強調するポーズをしながらニカっと笑う。勿論、左右の胸板を交互にピクつかせるのは忘れないーー上昇中の好感度はこれで更に爆上がりだ!
「何言ってんだ? 助けてくれたのはさっきのおっさんだろ!」
「そうだよ、宿屋のおじさんが助けてくれたの!」
「ーーくれたの!」
「うん、確かに……」
おかしいな……ガウル達の反応がイマイチだ。
確かに衛兵達を説得し、拘束されていた子供達を解き放ったのはさっきの宿屋の主人だ。あの衛兵達が思わず怯む程の剣幕で怒鳴りつけ、あっという間に話を付けたらしい。
でもーーあれ? 俺、危機迫るルーナちゃんをババッと守ったよね? 結構危ない所を寸前でーーこう、足でドカンとやったり、バシンって叩き落としたり……
「え〜と、俺の活躍は……もしかしてご存じない?」
「あぁん? 活躍って……アンタに頼んだのは野良犬の件だろ? アンタがサッサとヤツを捕まえてくれりゃ今頃報酬の話だってだってスムーズにいったのにさ」
シェリーは両腕を組んでプイっと俺に背中を向けると他の子達に向かって号令をかける。
「もう一度野良犬を探すよ! アイツが奪った銭袋を取り返して報酬を貰うんだ!」
「「おう!」」
あれだけの目にあったばかりだと言うのに、子供達は元気に壁を駆け登り屋根に散らばっていったーー逞しいにも程がある……。
子供達全員が居なくなったのを確認したシェリーは尻尾で俺の足をバシっと叩くと何やらゴニョゴニョと呟いた。
「まぁ、ルーナを助けた事は感謝してる……」
おぉ……遂に、あのシェリーが俺に感謝を! 聞き違いだと困るからもう一度聞いておこう。
「え? 何だって?」
「……ア、アンタもさっさと探してこいって言ったんだよ!」
ニマニマと弛んだ俺の表情に気付いたのか、愛想無くそっぽ向きながら話すその顔は少し赤い。
「いーや、違うね。さっきは何か『感謝』とか『筋肉がカッコイイ』って聞こえたぞ! ほら、もう一回プリーズ !」
「アンタの耳腐ってんじゃねーか!?」
これ以上の相手は面倒臭いと思ったのか、額に皺を寄せたシェリーは勢い良く壁を蹴って屋根へと上がってしまった。
「ーーあっ、シェリーちょっと待って!」
「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ!」
慌てて呼び止める俺の声を振り払うかの様に、頭をブンブン振りながらシェリーは屋根の奥へと消えてゆく。
「あぁ、行っちゃった……」
探せって言われてもーー俺、その野良犬って奴、知らないんだけど……。
いつも読んで頂き有難うございます。