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152・悪い事してない!


「ーーハァハァ ハァハァ」


 空に広がる厚い雲の所為か、とっくに日が昇っても良い時間帯だと言うのに辺りは薄暗い。そんな裏路地を荒れた息遣いが不規則で頼りない足音で通り過ぎた。建物の隙間から時折感じる視線の(ぬし)達は、厄介ごとは御免だと皆一様に視線を外し姿を消してゆく。


 シェリーの犠牲によって衛兵から距離を取る事に成功したルーナは、渇きに喉が引っ付く様な感覚に何度も咽せながらも何とか辿々しく走り続けていた。

 

 建物に囲まれた狭く切り取られた空に伸びる煙突、その合間に時折見える目印の尖った赤い屋根。シェリーが言った目印となるそれを頼りに走ってはいるが、方向感覚が麻痺しそうな曲がり道に三叉路、そして行き止まりと複雑に入り組んだ迷路みたいな道がルーナの行手を次々に阻んでゆく。


 すぐそこに見えるのにいつまでも辿り着けない、そんな屋根にルーナはふと故郷の村でマルリと追いかけた月を思い出す。

 あれ程大きく近くに見える夜空の月は、姉妹がどんなに追いかけようと、どんなに手を伸ばそうと、とうとう捕まえる事は出来なかったーー幼心にとても不思議に思った事を覚えている。


 勿論、ルーナの目が捉えている目印の屋根と月を比べるのはかなり無理があるのだが、追われる焦燥感と不安、そして一向に辿り着かない目的地にルーナが月と同じく途方も無く遥かな距離を感じたとしても仕方が無い事だ。

 いっそ、カーポレギアの子供達の様にスルスルと壁を登り屋根伝いに行けたならどんなに良かったか……きっと彼等ならあっという間に辿り着くに違いない。しかし、ルーナには屋根に駆け上がる腕力もなければ壁に突き立てる鋭い爪も無いのだ。

 せめて土魔法が得意だった父に、地面を隆起させて高い所へ登る魔法でも教わっておくんだったとルーナは後悔した。


「ーーあっ!!」


 不意に足先に鈍痛が走るーー次いで迫る地面に慌てて両手を突っ張るが、勢いのついた体を支える事は出来ず、まだ成長幼い胸をしこたま地面に叩きつけた。

 それでも顔を守れただけ手を出した甲斐があったと言うものだ。


「うぅ、痛た……い」


 これまでの道のり、ルーナが躓いたのは一度や二度では済まない。


 いつから整備の手が入っていないのか、路地は酷くひび割れ窪みや凹みが至る所に点在している。そんな悪路を屋根ばかり気にして走るものだから足を取られるのは当然だろう。


 手の平に当たるザラリとした石畳はおろし金の様にルーナの柔らかい手を削り傷付けた。手の平だけでは無い、何度も打ち付け擦り剥いた膝からは少なく無い血が滲み出していた。

 

 その結果、知らぬうちにルーナの通り過ぎた道には血が点々と染み付いており、その血の痕跡を辿って衛兵達がすぐそこまで迫っている事にルーナはまだ気付いてはいなかった。


「どうしよう……どうしよう、どうしよう……」


 ルーナは痛めた足を引き摺りながらも再び歩き出すーーが、辺りはいつまでも変わらぬ壁模様だ。表通りに近い路地の壁は煉瓦に板張り、窓や鉄格子など、ある程度の個性が感じられたものだ……しかし、貧民街に近付くにつれ、それは次第に単調なーー単に石を積み上げただけの何の変哲の無い壁に変わっていた。


 その余りの変わり映えの無い単調さは、自分は同じ場所をグルグル回ってるだけなんじゃないかとルーナの心を不安にさせる。


(ここはどの辺りなんだろう?)


 ルーナは足を止め、エプロンのポケットから一枚のメモ紙を取り出した。路地のかなり奥まで入り込んでしまった為、ケインが持たせた地図は最早何の意味も持たないのだがーーそれでもルーナは縋る様に地図を見つめる。


「ーーいたぞッ! おい、止まれ!」


 途端、背後から掛かる鋭い声にルーナの心臓が跳ね上がる! 恐る恐る振り返えるルーナの目に、二人の衛兵達がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 これまでの疲労と膝の痛み、そして追われる恐怖に足が竦む。これではとても逃げ切れる気がしないとルーナは逃げる事を諦めた。

 咄嗟に手を引かれた為に一緒になって駆け出してしまったものの、今更ながら何故自分が逃げなくてはならないのかと言う気持ちもあった。

 

(きっと、ちゃんと説明したら分かってくれる筈だよね……だって、私達何も悪い事してないんだから!)


 ルーナの父は元衛兵であり、現在お世話になっているケインはその父の元上司ーー衛兵は信頼する二人が勤めていた職業である。ルーナの認識では衛兵は市民の味方であり、正義の味方だった。


ーー全ては誤解なのだ、理由を知れば衛兵は寧ろ困っているルーナを助けてくれるかもしれない!


「お願い、話を聞いてくださーー」


 しかし、そんなルーナの認識は飛んできた衛兵の蹴りと吐き出す言葉によって粉々に打ち砕かれた。


ーードスッ!


「ーーきゃうっ!!」


「まったく、手間かけさせやがって!」


 腹部に今まで感じた事の無い強い衝撃を受けたルーナは両手で腹を押さえ疼くまる様に膝を着いた。


「うッ、おえぇっ」


 胃の中をグルグルと掻き回される様な具合の悪さに堪らずルーナはその場で嘔吐する。


(……何……で? 私は、ただ、話をーー)


 混乱する頭と感情、涙と鼻水で汚れた顔で見上げた衛兵の目はゾッとする程に冷たかった。



いつも有難う御座います。

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