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147・緑燕亭【りょくえんてい】


 ザッザッと店前の落ち葉をかき集めながら時折頬を撫でる風にスッと目を細めるーー朝特有の少しヒンヤリとした風は、まだ眠気が残るルーナの目をすっかり覚ましてくれた。


「おねぇちゃん、そろそろこっちの準備もしないとお客さんが降りて来ちゃうよぉ〜!」

 

 妹のマルリが宿の裏手からひょこっと顔を出した、どうやら朝御飯をやっと食べ終えたみたい。その証拠に口元にベッタリと山羊乳スープの跡が付いている。


「分かった、今行くね! それよりマルリってば、まだ顔洗って無いでしょー!」

「えへへ、これから〜」


(もう11歳なのに……いつまで経ってもお子ちゃまなのよねぇーー)


 集めた落ち葉はギュっと魔法で圧縮してから日当たりの良い庭先に並べておく。

 こうして出来た乾草玉はゆっくりと燃える火種になるので(かまど)の焚き付けに丁度良いのだ。


 水瓶の水量をチェックした後、裏口から狭い厨房に入ると、既に辺りには焼き上がった黒パンの芳ばしい香りが充満していた。


「おかみさん、掃き掃除終わりました!」

「おや、仕事が早いね! じゃあ奥のテーブルに朝食を運んどくれ」


 大皿に積まれた沢山の黒パンと茹でた腸詰をプレートに取り分け、ルーナはすぐに奥のテーブルへと向かった。


「やぁ、ルーナちゃん、おはよう」

「ロイドさん、おはよう御座います! 今、スープも持って来ますね!」


 今朝のスープは、昨日の晩に出した根野菜のスープに山羊乳を加えたものだ。具の野菜はすっかり溶けて見当たらないが、代わりにウーリー鳥の卵を一つ落としてある。


 スープに浮かぶプルッとした弾力の有る半熟の黄身をナイフでそっとなぞると、乳白色のスープの中にお日様みたいな黄色がトロっと溢れ出す。やがてスープは収穫間近の小麦畑みたいに黄金色に染まりーー


(ーーそこに黒パンを浸して食べるのが最高なのよね!)


 朝ご飯はとっくに食べた筈なのに、なんだか口の中に涎が溢れてくるのはどういう訳だろう? 


「ロイドさん、今日のスープも絶品です! きっと、もう一泊したくなりますよ?」


 ロイドはあまりにルーナが真面目な顔で言うものだから思わず笑ってしまった。


「ははっ、そりゃぁ楽しみだ! ここの料理は確かに美味いからね」

 

 そうこうしている内に、三人、四人と二階の部屋から泊まりのお客さんがドカドカ靴音を立てながら降りてきた。

 

「あっ、おはよう御座います! お好きな席へどうぞー!」




 私と妹のマルリは、つい数ヶ月にこのイアマに来たばかり。


 国境近くの小さな開拓村に住んでいた私達は、父の恩人である「緑燕亭(りょくえんてい)」の主人、ケインさんのご厚意で街にある学校へ通わせて貰える事になったーー学校の時間以外はここで働く事が条件なんだけど、ケインさんもおかみさんも優しく教えてくれるから全然苦にはならない。


 まだまだ慣れない事も多いけれど、お客さんも優しい人が多いし、毎日美味しいご飯も食べれるしーー村で辛い畑仕事をするよりも、私にはここでの仕事が合ってるのかもしれない!


「ルーナ、悪いが黒豆(コーヒー)の粉を切らしてしまった、至急ヤルフェム雑貨店まで行ってきてくれないか?」

「えっと、ヤルフェム……雑貨店ですか?」


 何やら不安気なルーナの様子を察したのか、ケインはペンを取るとサラサラと地図を書いてくれた。


「大丈夫、これを見ながら行けば迷う事は無いからね」

「わっ、ありがとうございます! これなら大丈夫です! すぐに行って来ますね!」


 ルーナはケインの手から地図が描かれたメモと小銭袋が入ったカゴを受け取ると、まだ少し薄暗い朝の街へと飛び出した。


「待っておねぇちゃん! わたしも行く〜!」


 慌てて扉から飛び出してきたマルリがルーナを見つけて駆けてくる。


「ちゃんとおかみさんに言ったのー?」

「うん、一緒に行ってきなって言ってたもん。あっ、おねぇちゃん、わたしがカゴ持つ!」


 マルリはお母さんと離れて寂しいのか、以前にも増して私の側に居る事が多くなった気がするーーそれでも、最近は学校で友達が出来たらしく、「村に帰りたい」と夜泣きする事は少なくなってきた。

 尤もこれは、マルリと同じ歳の妹が居る同級生にルーナがそれとなく頼んだからでもある。


(マルリが村に帰る事になったら、きっと私も一緒に帰ってこいって言われちゃうよね。マルリには早く街での生活に慣れてもらわなきゃ……)


 二人が並んで歩く街道には、朝早くにも関わらず馬車や人の往来が多く見られる。

 この世界の商人や冒険者達は日が登ると共に行動を開始するーーそれに伴い宿屋は勿論、雑貨屋、食料品店、防具屋に武器屋など驚くほど早くから開店している所が多い。


「ねぇ、おねぇちゃん。わたし、近道知ってるんだよ〜!」


 マルリはふと立ち止まると、地図を見るルーナの手を引いて得意げに路地裏へと引っ張ってゆく。


「ちょ、ちょっとマルリ……路地裏には行っちゃ駄目って前にケインさんが言ってたじゃないーー」


 朝とはいえ、路地裏はじっとりとした影が落ちている。薄暗く狭い路地裏には、物取りやタチの悪い酔っ払いに出会う可能性があるので危険だとルーナ達は教わっていた。特に、路地を抜けた先にある貧民街には乞食やカーポレギアと呼ばれる少年達、そして恐ろしい犯罪者が溢れかえっていると聞いている。


「大丈夫〜! だって、この道はアフェルに教えてもらったんだから!」

「アフェルに? う〜ん、じゃあ……大丈夫かな?」


 アフェルはマルリの同級生で、今から行くヤルフェム雑貨店の子供だ。最近イアマの街に来た二人とは違い、昔から住んでいる彼が言うならきっと安全な道に違いない。


(近道なら……知っておいた方がお使いも捗るよね?)


 どんどん先へと進んでいくマルリを追いかけ、ルーナも入り組んだ路地裏へと入って行くのだった。




いつも読んで頂きありがとうございます。

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