143・決定打
平民の可能性を見極めるーーこの決闘はその為の舞台だ。
サイラス達はジョルク分隊が拠点へ辿り着くかどうかは関係無く、この決闘を再開する手筈であった。
問題は、どうやってあの大きな筋肉男とジョルク以外に決闘代理人を務めさせるかであったが……都合の良い事にそれは腕輪の問題が解決してくれた。
後はサイラスがあの平民を叩き伏せ、ギュスタンに思い違いだったと証明してやるだけだ。
「お前には決定打となる攻撃魔法が無い! よってここまでだーー所詮ここまでなんだよ平民はッ!」
ーーズプッ
「ーーなっ、うわっ!?」
起き上がったサイラスの足がズブリと沈む、泥濘程度だった泥の量が信じられない程深くなっている。
踝にも満たなかった泥が今や膝まで埋まる程だ。
「お前、一体何をしている!」
「…………攪拌……してるんだ……」
ヨイチョは泥だらけの地面に両手を突っ込みながら苦しそうに答えた。
「ーーか、攪拌?」
ヨイチョは地面に水を注ぎながら地中で掃除魔法を同時発動。水と泥を混ぜた結果、物凄い速さで地面が泥沼化しているのだ。
魔法の同時発動ーー攻撃魔法の同時詠唱とは違い、魔力を大して使わない生活魔法の同時発動自体は珍しいものではない。
洗い物をしながら竈に火を着けるなんて事は誰でもやっている事だ。
ーーだが、この範囲にこの水の量は明らかに異常!
(どういう事だ? コイツにこれ程の魔力が残ってるとは思えないーー)
この範囲を泥沼化させるなど、25mプールに水を貯めながら小型の竜巻で混ぜ続ける様なものだ、一体どれ程の魔力が必要となるのか。
いくらヨイチョの魔力量が多いとはいえ、先程イリス分隊との戦いで魔力をかなり消耗している筈なのに……。
「お前ーーまさかッ!?」
そう、ヨイチョの魔力は既に枯渇状態ーーこの魔力はヨイチョの生命力から振り絞っていた。
(馬鹿な、コイツ死ぬ気か! 冗談じゃない!)
さっさとこの決闘を終わらせなきゃ不味いと、ヨイチョを殺す気などちっとも無いサイラスは焦りだす。
「チッ、お前の覚悟は分かったが、所詮悪足掻きに過ぎん。泥沼程度では誰も止められんぞ!」
今や腰まで泥に埋まった状態では、重力魔法の範囲外に逃げ出す事は不可能だーーしかしサイラスにはもう一つの魔法、空間魔法がある。
亜空間から重量がある適当な物体をヨイチョの頭上目掛けて放り出せば終わりだ、そう考え実行しようとしたその時ーー俯いていたヨイチョの顔が上がる。
サイラスをしっかり捉えるその眼差しは負けを認めた男のそれでは無かった。
(何だコイツ、まだ諦めてーー無いのかッ!)
背筋に冷たい汗が走るーー尋常では無いヨイチョの気迫にサイラスが押されたのだ。
「くっ、今更何をしようと無駄だッ!」
ヨイチョの頭上に大きなテーブルが現れるーー最初に出会った時、ギュスタン分隊の五人がお茶を囲んでいたあの大きなテーブルだ! と、同時にヨイチョが尚も魔力を振り絞って魔法を唱えた。
「これが……最後、乾燥ッ!」
◇
『殺されも殺しもしなくて良い闘い』それはヨイチョだけの認識では無く決闘相手のサイラスも同じ認識だった。
(だからこそ僕はーー僕だけは死ぬ気で戦う!)
限界を超え絞り出す魔力に、胃がひっくり返る様な吐き気とそれをも上回る程の頭痛が始まる。これ以上の魔力放出は生命を削る行為と身体が拒否反応をおこしているのだ。
(でも僕は……この苦しみに耐え続けていた女の子を知ってる)
操られ、自分の意思とは関係無く限界以上の魔力を使い続けられボロボロになった女の子ーー彼女は今も魔力枯渇症状に苦しんでいる。
「ナルの苦しみに比べれば、こんなのなんて事無いッ!」
噛み締める唇から血が滲み、次第に焦点も合わなくなってくる。動悸は激しくなりガクガクと足の力が抜けていく。
ーー全力、紛れも無くこれがヨイチョの全力だった。
土を掘る、水を出す、目を眩ませるーーヨイチョが今回の訓練で学んだ生活魔法士としての戦い方の全てを出し切った。
そして最後の乾燥、それは腰まで埋もれたサイラスを泥ごと固めて拘束する為の魔法ーー決め手に欠けたヨイチョが唯一サイラスに勝つ方法だ。
最後の魔力を注ぎ込んだ乾燥は泥土を土器の如く硬くするーー土器如きと思う事なかれ、屋根を守る瓦、あれも土器の一種と分かればその固さが理解出来るだろう。
ビキビキと音を立て物凄い速さでサイラスに付着した泥が固まって行く。
「クソッーーう、動けん!」
ウンウンと身体を捻るサイラスだが、下半身はシッカリと地面に固定されているーーしかし、ヨイチョとて無事では無い。
ーードスンッ!
「ぐはッ!」
サイラスの収納魔法により出現した大きなテーブルがヨイチョを押し潰したのだ。
ヨイチョ側の地面はまだ泥沼化したままだった事が幸いし、衝撃の多くは軽減されたが腰骨に嫌な痛みが走る。
(お、折れた……? で、でも、これで……)
しかし、腰の痛みよりも酷いのは魔力枯渇症状だ、ヨイチョの意識は朦朧としていた。
(いや、ま、まだ、駄目……だーー向こうの状態を……確認しなきゃ……)
磁力魔法士との戦いでは、倒した相手の確認を怠った為に酷い目にあったーーヨイチョにとっては苦過ぎる経験だ。
ヨロヨロと必死で顔を上げるヨイチョーーそのすぐ目の前に、ガチガチに固まり埋まった筈のサイラスが立っていた。
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