135・崩落
「う、うぅ……」
胃の中がひっくり返り、肺は二つとも萎んじまったんじゃないかと思うくらい息苦しい。このまま寝ていたいが、湧き上がる吐き気がそうさせてくれない。
「お嬢!? 本当にそれでいいのか?」
「オイラ達の力が足りないからかい? ごめんよぉ」
何やら動揺する声に薄らと目を開ければ、手が届きそうな程すぐ目の前に、暗闇に差し込む光を受けた銀髪がキラキラと流れる様に揺れていた。
「ーーい、一体何事だ? グワッ!」
起きあがろうとして襲ってくる胸部の激痛に顔を顰めるーーそうか、俺はやられたのか。
「リャクーー今回復掛けたばかりだから、無理しないでね」
先程の眩しさは何処へやら、この洞窟の様な岩肌の壁と天井には見覚えがある。
(ここは、テオの土壁の中か?)
どれほどの時間が経過したのだろう……確か……俺が橋を渡れ無い様に魔法をーー
「そうだ、橋は?……あれからどうなったんだ?」
「…………分かんね」
「ーーどういう事だ? 分かんないって何だよ」
ジャンの素っ気ない返答にリャクは苛ついたーーいや、きっと本当に苛ついたのは自分自身に対してだ。
イリスに指示された炎の壁を設置出来なかった事も、格下相手に不覚を取った事も、そして恐らく、倒れた自分を守る事を優先したこの状況もーー全て自分の不甲斐無さの所為だ。
「糞っ、テオ! どれ位の時間、俺は寝てた?」
「えっ? ほんの少し、5分くらいだよ」
「……じゃあ、まだ間に合うだろ! 何してんだ? 俺に構わず橋の防衛をーー」
「うっせぇ! お嬢の指示なんだよ!」
「お嬢の指示?」
ーーゴゴゴドシャーン!!
その時、外から物凄い轟音が鳴り響いたーーイリス達が土壁へと逃げ込んだ後も執拗に繰り返された攻撃で、遂に橋が落ちたのだ。
「アイツらマジで落としやがった!」
普通に考えれば、エリア侵入前に橋を落とす馬鹿は居ない。落とすとすれば橋を渡った後だ。
「お嬢! 良いのかよ、拠点取られちまうぞ!」
苛立ちからつい語気を荒らげてしまったが、イリスが指示したのならばそれは最善の策だと言う事は理解している。
橋から拠点までの距離はそれ程無い、10分もあれば余裕で橋を抜け、拠点まで到達する。しかし、それは拠点にザービアが居なければの話だ。
あの男がいればそう簡単に拠点は落とせない、高速で飛んでくる正確無比な光の矢での攻撃ーー近付く事さえ難しい筈だ。
(お嬢の見立てじゃ、ザービアが何とかしてくれるって事か)
『先見の目』でそれが見えたのだろう、だからまだここに居るのだ。自分の失態がザービア一人に負担を掛けるのは心苦しい、出来れば自分で挽回したかったがーーと、リャクは少し落ち着きを取り戻した。
「…………そうね、拠点は落ちるわーー」
しかし、返ってきたのはまさかの肯定ーー敗北宣言だ。
「「えっ?」」
「ーーなッ、、、お嬢、それは俺達が負けるって未来が見えたって事なのか!?」
ガックリと肩を落とすメンバーを見回しながら、イリスはゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「そう、拠点は取られるわ……でも、私達はーー負けない」
「負け……ない?」
その言葉に皆一様に首を傾げる。イリスが話す声のトーンから負け惜しみという感じには聞こえないが、矛盾が過ぎる。
「でも……悔しいわね」
少し俯き、さらりと流れた銀髪が隠すイリスの横顔からは表情を読み取る事は出来なかった。
◇
見張り台から眺める空は相変わらずの曇り空、星はちっとも見えやしない。その代わり、ヨイチョの魔法が夜空に浮かぶ天の川みたいに地上の闇に羅列している。
夏特有の生温い風を身体に感じながらそれを眺めていると、轟音と共にその川は真ん中から分断され闇へと呑み込まれ消えるのが見えた。
「おい、ヘルム……ジョルクの奴、本当に橋落としちゃったぞ?」
見張り台に設置された小さな掲揚台、ヘルムは分隊旗を結びながら顰めっ面をする。
「な、なんですって? 限度ってものを知らないんですかね、あの男は……」
でも、俺の記憶が確かなら「橋を崩落させる勢いでやれ」って言ったのはヘルムなんだが……。
「あれはあくまで敵の注意を惹きつける為と、攻撃をさせない為ですよ! 私達がエリアへ到達したならもう必要の無い事だと、ちょっと考えれば解りますよね? 言われた事しか出来ないのは三流ですよ全く! それにしても計算外ですね……」
普段は「私の指示した通りに動きなさい!」ってプンプンしてる癖に……しかし、ヘルムの言う事も分からなくは無いーー臨機応変に動く事はある程度必要だからだ。イリス分隊はまさにそれが出来ない所為で崩壊した様なものだ。
「あの分隊はイリスに……「先見の目」に依存し過ぎたんですよ」
便利な物に依存し過ぎると、それが使えなくなってしまった時にどうして良いか混乱してしまう。
前の世界でもそうだったーー当たり前の様に使っていたライフラインの供給が、災害で急に止まってしまった時、驚く程何も出来ない事を実感し戸惑ったものだ。
あの分隊は未来視が出来るイリスの指示が無ければ動けない指示待ち人間ばかりの分隊になっていたのだ。
未来が見える上司だ、そりゃ俺だって盲信するかもしれない。
「はぁ、便利な力ってのは慣れすぎると駄目なんだな」
「使う人次第ですがねーーさて、そろそろ来る筈です。私は下に行きますよ。」
俺達が待っているのは試験官である正騎士だ。拠点占拠ポイントは訓練終了まで入らないが拠点に到達したポイントは今の時点で貰えるのだ。
もしこの後に天変地異が起こったとしても、二人分の拠点到達ポイントは既に確定!
「つまり、ギュスタンとの賭けもこっちの勝ちって事だな!」
これでナルの義手も何とかなるだろう、当初の目標を達成出来て一安心!
のんびり地上の星々を眺めていると、どうやら試験官が到着したらしいーーヘルムと話す声が下から聞こえる。
「ーーだから! ーーで、ーー!」
「そんなーーでは! なんーー」
(あれ、何か揉めてる?)
多少良くなったとは言え、ヘルムの性格は相変わらずだ。やれやれ、ここは大人の俺が行って話すべきだな。
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