134・神罰【デア・ポエナ】
ーー目がシパシパする、ゴシゴシと擦るが一向に視力が復活する気配が無い。
「回復、こ、これ、これで、直に、に目が見える様になりっ、ますっ。変な、ほ、方向へ行かれては、こま、こま、困りますからっねっ」
光の空間から抜け出した俺達は奥にある拠点を目指して駆けていた、勿論ヘルムは背負ったままだ。
「背後から攻撃されるなんて事ないよな?」
「…………」
このまま行くと背後のイリスと見張り台に居る光魔法士に挟まれるんだけど……俺は兎も角、背負ってるヘルムは危ないんじゃないだろうか?
「ヘルム、聞いてる?」
「…………」
返事が無いのは元気な証ってやつ? 実はもうやられちゃってたりはしないよね?
「ヘルム? お〜い、生きてるか? 返事しないと落とすぞ?」
「も、もうっ、な、なっ、なん、ですか!」
何だ、ちゃんと無事じゃんーーまぁ、背負ってるヘルムにもしもの事があればグンっと体重が重くなるから何となく分かるんだけどさーー何で、人って意識が無い方が重く感じるんだろうね?
「俺はさ、ヘルムを心配して聞いてるんだよ?」
「…………だ、だい、丈夫っでしょっ! 安心しま、したか? もうーーあ、あまり喋らせっ、な、無いで、く、痛っ!! へ、へーる、回復」
もう何度目かの回復を唱えるヘルムーー揺れる背中では詠唱も一苦労みたいだ。
「無理して返事しなくても良いのに……舌千切れるよ?」
「このっ!? 貴方がっ! 痛ッ〜〜〜、ヒッ、ヒヒ、回復!」
「おっ、もう直ぐ到着するぞ!」
心配していた後方からの攻撃は無く、順調に拠点まで到着した。
ヘルムを背負っていた為に少々前傾姿勢で走り続けた俺は腰がすこぶる痛い。
「う〜〜ん」
腰に手を当て、姿勢を正し背筋を伸ばすーーすると何故かヘルムが背から降りず逆に登り出した。
肩に登るとか……どっかの兄弟みたいだからやめて?
「ちょ、何? 何で登ってんの?」
「阿呆ですか貴方! 急に降ろされて足でも捻ったらどうするんですか! ちゃんとしゃがんでくれなきゃ降りませんからね!」
どこのお坊ちゃんだと呆れてると、目の前の扉がバーンと開いて男が突っ込んで来た!
「ーーお嬢!」
ーードンッ!
俺の胸板に弾き飛ばされたのはーーあの光魔法士だった。尻餅を着いたままキョロキョロと辺りを見回している。
「な……だ、誰だお前達は! お嬢はどこだ!」
(ーーお嬢ってイリスの事か?)
背後のイリス達が来る前に、一体どうやって拠点を奪おうかと考えていたが……なんと自ら出てきてくれるとは! このままコイツをやってしまえば拠点占拠は完了じゃないか!
「ヒヒヒ」(回復)
「腕がなるねェ」
あ、ヘルム今の衝撃でまた舌を噛んだな? もう噛み過ぎてまともに詠唱出来てないじゃん! 素直に降りりゃあ良かったのに、肩になんてよじ昇るから……。
◇
ズルズルと背中から滑り落ちるヘルムを他所に、俺は目の前で構える男を見据えバンバンと両手を打ち鳴らす。
(正直この二日間、ひたすら敵を避けて来たから運動する機会が無くて身体が鈍ってたんだよね)
勿論、日課の筋トレはこなしているが、バトルロープなどの器具を使ったトレーニングを久々に堪能した俺には自重トレーニングは些か物足りなくなっていたのだ。
筋トレに関わらず、マンネリは良くない。たまには違う刺激を入れる事が大事なんだ。
「面白い、どこの分隊か分からんがここまで来れたのは褒めてやる! だがたった二人でこの俺を倒せると思うなよ!」
(おぉ、「褒めてやる」とか、めっちゃ上から目線じゃん!)
目の前の光魔法士、そこそこガタイは良いがーー俺からすればフリーウェイトエリアに戸惑うジム初心者みたいなものだ。
(※フリーウェイトエリアとは、マッチョ達が、高重量のダンベルやバーベルを扱いながら「フーッ!」とか「アーッ!」叫びながら筋トレしてる場所の事である)
「お嬢に任されたこの拠点、簡単に奪えると思うなよ!」
威勢よく大きな構えで威圧しようとしているが、数日前に人形創作者との死闘を経験している俺にはちっとも響かない。
「悪いが時間が勿体無い、加減はしないからなーー神罰!」
チラリと空を見れば、一本の光の槍が天から落ちてくるーーそれはまるで小さな流れ星の様だ。
(へぇ、光だけに昼間なら見えないかもな)
先程見た光の矢といい、この魔法といい、光だけあって速度はかなりの速さだ。他の魔法と違い放物線を描かずに直線的に目標へ到達するのも特徴的だ。
昼間の明るい場所で狙われたなら躱すのは難しいだろう。
(昼だろうが夜だろうが、俺には関係無いけどーー)
今の俺は腰にマントを巻いただけの格好、つまり魔法攻撃は股間以外は完全無効状態だーー例外無く光の槍も俺の目の前で雲散した。
自分の魔法が掻き消えた事が信じられないのだろう、光魔法士の男は首を傾げながらも再度詠唱を始める。
「ーー次こそ最後だ! 偶然は二度も続かない」
(全く凄味が無いな……そうか、殺気が無いからかーーしかもこの詠唱ってーー)
まさか、しょうも懲りなく同じ魔法を放つなんて……たった今、効果が無かった魔法だぞ?
(あぁ、そうか……コイツは生死を賭けた戦闘を経験した事無いのか、だからーー)
相手からしてみれば目の前に居るのは仲間であり、これは最低限の安全は保証されている訓練だ。
殺気を纏った本物の戦闘を既に二回も経験している俺からすれば、男が放つ言葉も魔法も全て滑稽に思えて仕方ないーー全く持って真剣味が足りないのだ。
「お前、もしかしてまだーー自分がやられないとでも思ってるんじゃないか?」
ずいっと前に進むと警戒したのか男の詠唱が止まった。
(これが上位分隊とは……こんなんじゃパカレー兵とは戦えないぞ? どれ、ちょっと目を覚ましてやるか!)
領土内にパカレー共和国とナルボヌ帝国が既に潜入してきているのだ、この王国だって直ぐに戦火に巻き込まれるのは目に見えている。
そんな時に見習いとはいえ、上位分隊であるコイツらがこんなんではビエルさんもさぞかし大変だろう……。
(う〜ん、足りないのは覚悟か? 疑似的にでも死ぬ目に遭えば何か変わるかもしれないな)
ーー今だって隙だらけだ、戦闘中に余所見するなんて……。
「よし、80%から行くか!!」
「……何をーーハッ!?」
俺は腰を落として地面を強く蹴ると、男に向かって弾丸の如く駆け出した。
「に、逃げ場がーー無いッ!?」
(両手を広げた俺は差し詰めブルトーザーみたいだろう? こっちには無いから分からないかーー)
ーーズガンッ!!
両手で顔面をガードした所為で全く前が見えてない男の両足を抱え込む様に抱きつく。更に男の腹部に頭を押し付け地面に向かって倒れ込むーー脚タックルが決まった!
「ガフッ!!」
男はもろに後頭部を地面に打ち付け、暫く悶絶した後何かを呟いていたが、そのうち動かなくなった。
「や、やり過ぎちゃったかな? な、なぁヘルム、あれって死んでないよね……」
「防具付けてるんですから多分大丈夫でしょう」
「泡吹いて痙攣してるけど……」
「ね、念の為少しだけ回復掛けときますか……」
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