130・『先見の目』
「ーーファッ…ファッッ……ハァックーージョブングッ!?」
鼻先に当たる草がツンツンと鼻腔を擽ぐり思わず出たクシャミーーしかしそれは、ヘルムが俺の頭を地面へと押さえつける事によって音を最小へと留める事に成功する。
「私たちは隠れているって事を忘れてませんよね?」
「イタタ……だってこの草がさぁ、俺の鼻をーー」
只今俺とヘルムはジョルク達とは別行動をとっている。
何処で何をしているかというと、正面に架かる橋の後方約100m付近で草むらに腹這いになりヨイチョからの合図を待っているところだ。
「なぁヘルム、ここで本当に見つからないのか? その『先見の目』ってやつにさーー」
グスグスと鼻を擦りながら目の前の草を引き千切るーーふふん、これでもう俺の鼻の穴には潜入出来まい。
「問題ありません、恐らく彼女の力は遠くの事までは見通す事は出来ないですからね」
「で、その根拠は?」
「そうですね、もし彼女の『先見の目』がどんな遠くまでも見通せる万能さがあったならーーバクス分隊の救助はもっと早かったでしょう、もしくは未然に防げたかもしれません……」
「…………そうか、アレを予測出来なかったって事は距離制限があると考えられるって事か」
あんな悲惨な未来が事前に分かっていたならーー普通はバクスに忠告なり、正騎士に救助を依頼するなり何かしらの対応はするだろう。
訓練中の今はライバルだとしても、同じ団員の仲間をいくら何でも見殺しにする様な事はしない筈だ。
つまりイリスはあの事件を未来視出来なかったって事になる。
「まぁ、距離制限が有るのは確定としても、この距離が範囲外だと思ったのは何で?」
あの場所とイリスの距離にかなりの離れがあった、だからそこは理解出来るんだがーー拠点から2〜300mしかないこの距離が安全だと思う根拠が分からない。
「あの見張りですよーー分かるでしょう?」
(ーー見張り?)
ヘルムが指指す方を見ると、煌々と光る見張り台にゆっくり動く人影が見える。先程の戦闘で光の矢を放ってた魔法士だろう。
「あー、成る程ね……完全に理解したわ……うん」
つまり、あの男が見張り台に立っているからこの距離なら大丈夫って事ね! って、全然解らんーー何で??
「彼女の『先見の目』の範囲が狭いからこそ、見張り台であの光魔法士が遠くを監視しているんでしょうね。私が彼女が見える未来が十分程度と推測する理由も同じですよーー分かるでしょう?
「そ、そうそう。俺もそんな感じだと思ってたわ!」
ジロリと眼鏡の中から疑惑の眼差しが向けられるが、俺の役目はイリスの未来視を解明する事じゃないんだから良いじゃない……そっと目を逸らした俺を見て、ヘルムは溜息混じりに解説を始めた。
「いいですか? 彼女の力の範囲については先程述べた通りです。時間に関しては、距離との関係を考えればーー」
長々と説明し出したヘルム、面倒臭そうにしてはいたが、きっと自分の予想を誰かに話したくて堪らないんだろうーーその証拠に語るたび顔が生き生きしていく。
要は、何時間も先の事が分かるのなら事前に対策が完璧に練れるので見張りなんて必要が無いって事らしい。
例えば、三時間後に西側100m先に敵が現れると分かっていたなら予めそこに対応する兵を配置するだろう。未来視出来る距離は短くとも何時間も前からそこへ来る事が分かっているなら準備は万端で罠を仕掛ける事も可能だ。
しかし、10分前にすぐ近く100m先に敵が現れると知って、完璧な対応が出来るだろうか? 明かに準備不足だーーそこで遠くを見張る必要が出てくると言う訳だ。
「ーーと、いう事です。 これで貴方も理解出来たでしょう?」
「…………う、うん。何となく?」
「……本当ですか? それでは今の説明を踏まえ、貴方の見解として彼女の見える未来はどれ位だと思いーー」
「ーーほ、ほらっ! それよりヘルム、アレってヨイチョの合図じゃないか?」
橋の手前に猛烈に輝く光球が現れる。見張り台の光より明るいこの魔法は、ヨイチョの魔力を大量に込めた結果だ。
暫くするとその光球は橋の上にもボッボッと灯りだし、瞬く間に対岸までの一帯を占拠した。
「うわー、めっちゃ眩しいな! ナイター照明の展示会みたいだな!」
此処からでも充分な眩しさに思わず目を細める。
「ーーでは、私達も行きますよ!」
「分かった、じゃあ俺の背中に乗ってくれ!」
ヘルムが背中におぶさったのを確認すると、俺は橋へと小走りに進み出す。
「しかし、蒸発現象をこんなふうに使うなんてなぁ」
「今頃、彼女は未来が見えなくて慌ててる頃でしょうね」
蒸発現象ーーグレア現象と言った方が馴染み深いだろうか? 恐らく、車を運転した事ある者なら一度は体験した事があるんじゃ無いだろうか。
車のヘッドライトの光と対向車のヘッドライトの光がぶつかり合い、重なり合って、一時的に強烈な光の乱反射が発生する事がある。その際、間に居る人がまるで蒸発したかの様に消えてみえる現象の事だ。
この現象は特に光が乱反射し易い雨の日の夜に多い。
ヘルムは先程のヒースの戦闘を見て、この光の乱反射を使う策を思い付いたらしい。
乱反射しまくっている橋付近は圧倒的な眩しさとグレア現象によって一時的に影すら見えない空間となっている。
未来を見た所で真っ白な空間が映るだけ、見えない未来など何の役にも立た無いーーヘルムはイリスの『先見の目』を完璧に封殺したのだ。
「さぁ、今のうちに橋を渡って拠点エリアへと潜入します、貴方の足でね!」
俺にとってガリガリのヘルムなんて負荷の内に入らない。
「あぁ、任せろ! 最速で運んでやる!」
いつも読んで頂きありがとうございます。
百三十話目となりましたね。
いや、言ってみただけです……。