124・イリス分隊
「ーー正面と左側! 二つの分隊が堀を越えて接近中! 包囲される前に叩くぞ!」
見張り台から付近を見下ろしていた男が勇ましい声で下の階に告げる。
「よっしゃ、左は俺が行く! 良いよな、お嬢!」
それを聞いて真っ先に動き出す活発そうな短髪の少年、椅子に掛けた上着を羽織るとそう言い残し、扉を開いてズカズカと外へと一人出ていった。
「そうしたら、リャクは正面をお願い」
「ーー分かった、相手はどこの分隊だ? ーーあれはヒースか……俺一人で何とかなりそうだな」
「んじゃ、オイラはジャンを手伝だってこようか?」
「ーー駄目よ、テオには幾つかやって欲しい仕事があるから少し此処で待ってて?」
小さな灯台型の見張り台が併設された建築物、これが今回の目標拠点である。
元々国境警備の中継基地であるこの拠点は、収容人数7〜8名の小さな場所ではあるが、360度見渡せる屋根付きの見張り台とそれに直結した小さな宿所、そしてその宿所の外、約100m先には害獣の侵入を防ぐ為にぐるりと深い堀が張り巡らされていた。
堀を渡る為の橋は宿所正面に一つだけ、それも馬車一台が通れる程の道幅である。
拠点を攻略する為には、まずこの堀をどうにか突破しなくてはならないのだが、そこは流石異世界ーーある者は土で堀を埋め、またある者は氷の橋を掛ける。
皆、様々な魔法を駆使して敷地内へと潜入して行くのだ。
訓練最終日となり、目標拠点には続々と分隊が押し寄せる。いくら防衛戦が有利といえ、引っ切りなしに到着する敵分隊の相手をするにはそれなりの実力が無ければ成り立たない。
事実、最初に拠点到達し占拠していた分隊は、あっという間にその座を後から来たイリス分隊に明け渡していた。
「ーー正面! 氷柱が来るぞ! それも大量にだ!」
見張り台から指示を出す光魔法士ザービアは前方からの攻撃を視認すると直ぐ下でグルグルと肩を回すリャクへと伝えた。
その言葉にリャクが空を確認すると、確かに夥しい数の氷柱がギラギラと太陽の光を反射しながら向かって来るのが見えた。
「ははっ、流石『氷将』、出し惜しみ無しだなっ!」
ヒース分隊は回復魔法士を含む全員が氷魔法を得意とする魔法士で編成された分隊だ。中でも『氷将』の異名を持つ分隊長のヒースは多様な氷魔法を操るだけでなく頭も切れる。
「ーーだが残念、この場に居るのか俺じゃなけりゃ良かったのにな?」
正面防衛を任されたリャクは迫る氷柱に向かってゆっくりと両手を構える。
「速度低下」
途端、急激にその飛ぶ勢いを削がれる氷柱ーーそこへ間髪入れず次の魔法が放たれる。
「炎柱ッ!」
ゴウッと、地面より凄まじい勢いで立ち上がる炎の柱が無数の氷柱を突き上げた。
もし、氷柱に当初の速度があれば炎柱を突き抜けてリャクにまで届いたかもしれないーーしかし、速度低下で速度を大幅に落とされては堪らない。
しっかりと炎に炙られた氷柱は溶け落ち、辺りは大量の水蒸気で埋め尽くされた。
「うっぷ、ちょっとやりすぎたか?」
その立ち込める熱い水蒸気におもわず咽せるリャクーーまるでサウナだ。
「リャク、まだ油断しては駄目よ。ーー相手はヒースなんだから……」
「ーーお嬢? 成る程、まだ終わりじゃないって事ね」
まるで銀の鈴が鳴る様な澄み通る声にリャクは再び気を引き締めた。
「ーーテオ! あっちに土壁を、それからリャクは土壁の上目掛けて炎球、今から30数えた後にお願い!」
「ホイホイ、オイラはあそこに土壁だね」
テオと呼ばれた背の低い男が、先程大量の氷柱が迫ってきた正面へと土壁を造る。その土壁が出来るか出来ないかのタイミングで地面がビキビキと音を立て一斉に凍り付いた。
「ーーうぉっ!? 溶けた氷を再凍結したのか!」
ザザーッと土壁の向こうから複数の滑走音が聞こえるーー気温がグンッと一気に下がり、立ち込める水蒸気は光を乱反射するダイヤモンドダストへとその姿を変えていた。
「ほらほらリャクってば、ちゃんと数えてる?」
「おっといけねっ、そうだった! 3・2・1・炎球!」
キラキラ光る真っ白な空間目掛け魔法を放つリャクーー相手が全く見えないにも関わらず、何の疑問も持たずに魔法を放つところに分隊内の強い信頼関係が垣間見える。
ーードンッ!!
突然土壁の上に現れた男達を炎球が弾け飛ばした!
「ーーグワッ!」
鈍い音と共に地面叩き付けられた三人の男達ーーヒース分隊による奇襲は失敗したのだ。
「あの大量の氷柱は目眩しと氷の滑走路を作るための布石か、まさか真正面から直接突っ込んで来るとは思わなかった……」
「氷の上を滑り一瞬で距離を詰める見事な作戦だったね? でも目の前に突然壁が出来たら上に飛ぶしかないでしょう? ーー貴方の目眩しは私に取っても都合が良かったの!」
うつ伏せに転がるヒースに向かって「ふふふっ」と口を手で覆いながら笑う華奢な少女ーーイリス。
束ねた長い銀髪が頭のうしろでユラユラと揺れている。
「お嬢! こっちも終わった、褒めてくれ!」
短髪の少年がズンズンと向かって来る、どうやら左側から攻めて来た分隊はこの少年により撃退されたらしい。
「まぁ! ジャンってば偉い子ね!」
うんっと背伸びをし、ツンツンした少年の頭を撫でながら少女は大袈裟に褒める。その光景は、さながら投げたボールを取って来た大型犬を褒めている飼い主だ。
そんなイリスを這いつくばりながら見上げるヒースはニヤリと口角を上げて言った。
「俺の策がこれで終わりだと思ったか……戦巫女の予見にも限度があるみたいだな?」
「あら? それってーー裏手から来てた人達の事かしら?」
「…………」
「あ〜、それで倒した人数が少なかったのかーー」
短髪の少年は納得がいったと手を打つ仕草を見せる、それをイリスは「そう言うのはちゃんと言ってね?」と嗜めた。
「ーーそれって、さっきお嬢に言われてオイラが土壁で足止めしてた奴等の事だろ?」
「ーー何!? 足止めだと?」
「悪いがそいつらなら、さっき俺が潰してやった」
見張り台からヒョイと顔を覗かせたザービアがヒースに向かって残酷に告げた。
「テオの作った『土壁の迷路』でオロオロしてたんでな、上から光矢で一掃させてもらった」
「プライド高い貴方が一時的とはいえ他の分隊と組むなんてねーーそんなに私達に勝ちたかったの? でも残念ね、私には全て見えてたわ」
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