119・諸刃の剣
「あった!ーー団長、全部ありました!」
ヨイチョは彼からの頼みで、ビエルと共に地下室へと来ていた。
まだ目の覚めないナルの側に付いていたかったが、そのナルに関しての事だと彼に頼まれれば行かない訳にはいかない。
ヨイチョが彼から頼まれた事は三つ、「水筒」「脱ぎ捨てた軽鎧」そして「チーズが入った袋」の回収である。
それ程広く無い地下室での探し物はすぐに終わった。ビエルの魔法も地下にまでは入ってこれなかったのか全て無事回収する事が出来た。ーー尤も、無理矢理繋ぎ合わせた破れた水筒に、何処も守れそうもない軽鎧……ビエルの魔法関係無く、どれも既に酷い状態である。
果たしてコレを無事と言って良いものかどうかは微妙なところだ……。
「ふむ、こちらも終わったーーと言っても、この状態では死んでいる事くらいしか分からんな」
ビエルは地下室に崩れる死体の検分していたが、余りの破損状態に男女の区別すらつかない。ビエルが足で少し小突くと、腕らしき部分がボロっと崩れた。
「この塊がーーあの時の磁力魔法士……」
「ーー彼の話を聞くに、そうらしいな」
彼は磁力を使う魔法士と戦闘したと言っていた、元来攻撃には向かない磁力魔法の使い手となればそうは居ないーー間違い無くヨイチョの肩を黒棘で抉ったあの魔法士であろう。
ほんの数時間前に、この崩れた塊の手当をしていたと考えるとヨイチョとしては複雑な気分だ。
結局、名前も所属も何処の国の者なのかも、半壊した死体からは何の情報も得られなかったーーしかし、ビエルとしては元より現場での情報など当てにはしていない。
砂塵嵐を使用すると決めた時点で全ての痕跡は消える事は想定済みなのだーー寧ろ、ここまで現場に色々な物が残っている事の方が想定外であった。
(俺の砂塵嵐を魔法無効するかーー)
確かに、出会った時にビエルが彼に向かって放った分析は魔法無効されたーーしかし今回の砂塵嵐は込める魔力量の桁が違う。
(ーーまさかこれ程とはな……俺の手には余るか?)
ビエルの魔法が効かないとなれば、彼は恐らくサーシゥ王国にいる全ての魔法士の魔法を魔法無効する事が出来る筈。
ーーつまりそれは、サーシゥ王国には彼を止める術が無いと言う事だ。
ビエルを遥に凌ぐ強力な魔力! 制御出来ない巨大な力ほど危険極まりない物は無い。
しかし、一方でその力は非常に魅力的でもあるーーこのまま行けば今後、サーシゥ王国も必ず戦乱に巻き込まれる。その時彼は王国に取っての切り札に成り得るやもしれない。
(それにだ、俺の魔法が効かないと言う事は俺と共に戦場に立てると言う事でもある。彼の魔法無効を使った守りと俺の広範囲魔法ーー組み合わせ次第では二人で一個中隊……いや、一個大隊規模を相手取る事が出来るかもしれん)
ビエルに取っても、力を抑える事無く魔法を酷使しながら、自分の背中を任せてられる相棒は喉から手が出る程に欲しかった所だ。
(今回の訓練で確信したーーやはり、何としても彼は第三騎士団に欲しい)
「その為には、幾つか超えなければならない障害があるのがな……全く、頭の痛い所だ」
「えっ? 何ですか、団長?」
チーズが入った袋を一生懸命に梯子の上に押しやるヨイチョはビエルの言葉に手を止める。
「なに、独り言だ。気にするなーー戻るぞ」
ビエルは残った軽鎧を担ぐと梯子を登る、二人は地下室を後にした。
◇
「わぁ! ここだけ別世界ですね!」
「はぁ、相変わらずビエル団長の魔法は出鱈目だな……」
すっかり日が登る頃、クリミアが魔導通信で呼んだ第三騎士団所属の正騎士達が集落跡に到着した。彼等は来て早々、状況を一目で把握すると直ぐにやるべき事をする為に各自動き出した。
「僕等が来たからもう大丈夫、まぁ団長がここに居る時点で安心ではあるんだけどね! さて、ちょっと見るよーー」
少し前にやっと目を覚ましたナルの治療を始めるアレスに、俺は水筒に浸けてあったナルの手首を見せる。
「アレス! これ、一応冷やしておいたんだけどどうかな? 何とか治してやってくれ!」
俺はこの時、まだ魔法を過剰評価していた。
無くなった身体の一部を再生するのは難しいだろうが、取れた身体を再びくっ付けるくらいなら魔法で何とかなるんだろうーーと、しかしアレスの返答は俺が思ったものとは違っていた。
「うーん、折角持って来て貰って何だけど……これはちょっと無理かもしれないね」
「な、なんでだよ! もしかして、俺の保管方法がまずかったのか? それとも時間が経ち過ぎた?」
失敗した! やはり手首をそのまま保管したから悪かったんだろうか? 折れた歯は牛乳に浸けておくって聞いた事あるが、手首も何かに浸けた方が良かったんだろうかーー。
「待って待って、落ち着いて! ほら、この娘の腕には既に義手が取り付けられているだろう?」
確かにナルの左手には義手が取り付けられている。一般的な義手のイメージは着脱式だと思うが、こちらの義手は完全に腕と一体化している。
パッと見で繋ぎ目など分からないくらいだーーしかし、ナルの義手はサイズが明かにおかしいのだ! 指も掌も全体的に何だか細長く、古の魔女の様な不気味な義手である……指も長いから背中を掻くのには便利そうだけれどーーきっとナルは嫌がると思う。
「短時間に何度も腕を切り落とすのは身体に負担が掛かり過ぎるんだよ。嫌かもしれないけど、この義手が身体に馴染んでから再度切断する方法が一番なんだ」
「それは時間が経てば元に戻せるって事だよな? 良かった、安心したわーー」
「……いや、元には戻せないよ。その頃にはきっと手首は腐ってるし」
「えっ? じゃあどうしたらいいんだよ……」
「そうだね、例えばその手首を時空魔法で時を止めて保存するとか、あとは精巧な義手を造って交換するかーーだね。どちらも高額ではあるけど新しい義手を付けるのが現実的かな」
ーー時空魔法で時を止める!? そんな方法もあるのか!
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