109・鯖折り
「ーー先ずは生き残らねぇとなぁ!」
足はやられる、高価な薬は使うーーで、今回の儲けは無しだと思ったが、こんな所で金目の情報が手に入るとは。後はコイツを排除して『壊滅』の魔法をやり過ごせばいい。
(都合が良い事に依頼者である工兵達は『壊滅』がその名の通り壊滅してくれそうだしな、ツイてるぜ!)
奴の顎目掛けて勢い良く立ち上がる、上手く頭突きが決まれば良かったのだが阿呆みたいに太い腕に阻まれたーーだが攻撃はこれからが本番だ!
防御面だけで無く、磁力の反発と引き寄せを絶妙に切り替える事で通常よりも速く、強い力を出す事が出来るのもこの鉄鎧の利点だ。
「おらおらおら!」
ーードンドンドンッと鈍い音が狭い部屋に響く。
鉄壁の防御に素早く強い打撃ーー近距離での殴り合いに置いてこれ程有利な事は無い。
鉄の拳で腹を殴られるなんて経験は無ぇだろう? そもそもこれ程の近距離で物理攻撃を喰らうなんて事は立派な騎士様にゃ想像も出来無ぇだろうな。
集団で隊列を組み、遠くからひっきりなしに魔法をぶっ放すーーそれがお前達の仕事だ。
俺達傭兵の様に僅かな金を稼ぐ為に、最前線で魔法の打ち合い、魔力が尽きりゃ殴り合ってでも殺し合うーーなんて事はやらねぇだろうからな、経験も、状況も、状態も全て俺が有利だ。
(ーーなのに何で…………何でだッ!?)
ゾレイの額に汗が滲むーーこれ程の打撃を与えているにも関わらず、奴の身体は一歩も動かない! 仰け反らない! 声すら上がらない!
(ーーグゥ、ちくしょう、拳が痛ぇ……)
殴りすぎたのか、拳に纏った砂鉄はいつの間にか剥がれている。それでも半ば自動的に磁力によって繰り出される打撃はゾレイの手に深刻なダメージを与え始める。
(ぐっ、これ以上は拳が保たねぇーー止めるか? いや、効いてる筈だ。その証拠に反撃が無ぇ、きっと奴は歯を食いしばって必死の形相で耐えてるに違いねぇ……)
確認する為に、俺よりも頭一つ高い奴の顔を見上げるーーすると口角が上がった奴の顔と、大きく広げた両腕が視界に入る。
「なっーーテメェ何笑って……うぎゅっ!?」
ーー瞬間、丸太の様な両腕がゾレイをギュッと抱きしめた。
ーーいや、抱きしめたなんて生優しいものでは無い、ゾレイの両腕をロックする様に回された太い腕は腰辺りでガッチリと組まれビクとも動かない。
「おい、コラ! 俺にその気はね無ぇっての! 離せ気持ち悪いーーぐぶっ」
「ーー筋肉魔法鯖折り! 少し抱っこされる赤ん坊の身になって反省しろっ!」
(……こ、こんな暴力的な抱っこがあってたまるか!)
締められてゆく身体の内部からゴキバキと不穏な音が響き出す、鉄鎧はその防御が全く機能しないままボロボロと床へと崩れ落ちた。
(息がーー出来ない…………これは……やべぇ)
あと数十秒もすれば口から内臓が出て来そうだ。骨が砕かれる方が先かもしれないが、どちらにしてもこのままでは死ぬ……。
(不味い……意識が……)
ぼやける視界で辺りを探るゾレイは、何とかここから脱出しようと掠れた声で魔法を唱える。
「鉄……鎧」
「……残念だけど、その魔法は意味無いぞ?」
砂鉄はゾレイ足元からピクリとも動かない、それでもゾレイは魔法を続けて唱える。
「ぐっぅーー磁力吸引!」
ゾレイが詠唱を唱え終えたと同時に、隠し部屋から砂鉄に包まれた黒い物体が物凄い勢いで地下室の外へと飛び出した!
「ーー何だ今の? もしかしてあの塊を俺に当てようとしたのか?」
不思議そうな男に向かってゾレイは痛みに歪む顔で精一杯笑うと言った。
「ははっーーな、何が外に……出て行ったと……思う?」
「何って…………ま、まさかッ!!」
慌てて振り返えると、石棺に寝かせた筈の赤ん坊は消えていた。
◇
「なぁ……あれってもしかしてヨイチョか!? おーい、ヨイチョ生きてるか!」
ジョルク達は森の中で疼くまるナルとヨイチョを発見する。ナルの意識はまだ戻らず、あまり良い状態では無さそうだ。
「取り敢えずこれを飲ませて……早くアレスに治療してもらった方がいいかも」
ナルは魔力枯渇に手首の損傷、その他にも無理矢理酷使された肉体にはかなりの疲労が見られる。
クリミアは『魔力の丸薬』をナルの口に無理矢理押し込むと、自らが口に含んだ水で流し込む。
「なぁ、何で此処に居るんだヨイチョ? ヘルム達と一緒に向こうにいるんじゃなかったのか?」
「…………そ、その、ナルが心配でーー」
「ふんっ、全くお前みたいな平民が来た所でーーいや、何でも無い……」
ギュスタンは先程の自分の不甲斐なさを思い出したのか口を噤んだ、平民は全て守る者という前提がギュスタンの中で崩れつつある。
「ねぇ、二人だけ? 他に誰かーー彼は?」
「ーーその……忘れ物を取りに行くって集落の方へ戻ってからまだ帰って来ないんですーー」
黒い靄が渦巻く集落を指差すヨイチョにクリミアは自分の体温が一気に下がった気がした。
「ーーまさか、そんな……」
「なぁ!? 兄貴があの中に? 何で止めなかったんだよヨイチョ!」
「ーーだって! いや、ごめん……」
ヨイチョ達はビエルが広範囲魔法を使用する事を知らなかったのだから仕方がない。それでも無理にでも引き留めるべきだったと落ち込むヨイチョ。
「ふん、ジョルクよーーそいつを責めるのはお門違いだ。そもそもお前の索敵魔法で脱出した事を確認したから団長は魔法を発動したんだろう?」
「ーーなぁ!? そ、そうだったーーすまんヨイチョ、俺の所為だ……兄貴っ! すまねぇ!!」
黒い靄に囲まれ、不気味な雷球が輝くーー最早魔境と化した集落に向かってジョルクが叫ぶ。
「ーー謝るのは後! 彼が無事かすぐに確認してみて!」
「そ、そうだな! え〜と、兄貴 兄貴 兄貴 兄貴ーー」
魔法無効体質の所為なのか、地下に居るからなのか、ジョルクの索敵魔法に彼が映る事は無かった。
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