104・作戦【オプファー】
ナルボヌ帝国との開戦を決めたパカレー共和国だが、近年、魔道具の発展が著しい帝国との戦力差をどうするかは如何ともし難い問題であった。
しかし、人族で同じく過去に獣人との確執がある友好国、サーシゥ王国と共闘する事で十分勝機は有ると踏んでいたーーパカレー側は王国の戦力を当てにしていたのである。
戦争という大事に他国を当てにするなど随分と楽観的に見えるがこれには理由がある。実は王国側の大臣や複数の大商会、そして将軍アズールなどには事前に根回しは済んでいたのだ。
当然、王国側は二つ返事で参戦すると思い開戦したのだが……なんとサーシゥ王は中立の声明を発表した。勿論、王国内では開戦派が「我が王国も戦争に参加すべき!」と声を上げてはいたが、肝心の君主であるサーシゥ王が如何にも動かない。
これに焦ったパカレー共和国、何とか王国を参戦させようと水面化の交渉を続けている時に一つの報告が入る。
ーー王国との国境沿いを進軍していた偵察部隊の連絡が途絶えたと言うのだ。
詳しく調べてみると、どうやら国境の壁が無くなっている事が判明した。その事で道を外れ王国領内へと入ってしまった部隊の一つが、国境警備していた騎士団に討伐されたと……。
「友好国である我が共和国の兵を全滅させるなど!」と一部憤る声もあったがーー知らなかったとは言えこちらの不法入国だ、どちらに非があるかは明らかである。また、下手に王国を刺激すれば今までの交渉も流れかねない。
いずれ王国側から何らかのアクションが有るだろうと、この件は様子見とされた。
それよりも、これを如何にか利用出来ないかと、パカレー上層部と王国内に居る協力者達と秘密裏に協議を重ね、考案されたのが今回の作戦《オプファー》である。
王国の開拓村一つを犠牲にするというやや乱暴な策ではあるが、自国民が帝国兵に襲われたとなれば民衆だって黙ってはいないーー今ひとつ煮え切らないサーシゥ王も考えを改める筈だ。
ーーこの作戦は集落住民の全滅が絶対条件だ。
一人でも目撃者が残った場合、村を襲ったのが帝国兵では無い事がバレてしまう。村人を殺したパカレー側の印象は最悪だーーそうなってしまえば共闘どころの話では無い。
しかし、いくら命令とはいえ同じ人族、ましてや無害な村民を攻撃するのは気が引けるだろうーー遂行者が妙な仏心でも出そうものならこの作戦は失敗してしまう。
そこで愚直さが取り柄なネルビスの部隊に白羽の矢が立ったーーネルビスには通常任務である拠点造りを命じ、実際に村民を襲うのは傭兵に紛れた王国の協力者だ。
ネルビスには傭兵には有る程度自由にさせろと言付けておいたのだが、これが失敗だった。
思った以上に王国側の協力者が曲者だったのだーー事もあろうに彼は予定外の者達まで殺害し始めたのだ。
そう、王国騎士団員をーーだ。
「ーーで、新しい筋書きはどうするつもりなの?」
男の茶を注ぎ終わった彼女は、扉前の信徒に新しい茶葉を用意する様に手で告げると、ゆったりと椅子に腰掛け、まだ湯気香るカップに口を付けた。
「そうだな……我が部隊は行軍中に帝国に襲撃された集落跡を発見。惨殺された村人達を丁重に埋葬している最中に再び帝国兵が人質を連れ潜入、これを救出しようとするも勘違いした王国兵に襲撃を受け、第六工兵部隊は全滅してしまったーー」
「あらあら、そんな都合の良い理由で向こうは納得するかしら? 王国側には目撃者だって居るのでしょう?」
「今回の失態は完全に協力者にある。お陰でこちらは一部隊捨てねばならん……この程度の辻褄合わせはあちらにやってもらうさ」
それにだ、と男は続ける
「国境の壁が無くなった事は我々パカレー共和国には知らされていないのだ……行き違いが起きる理由としては上等だろう」
◇
「はは〜ん、にゃるほど……アレがお兄さんの敵ーーいや味方? どっちにゃ??」
物見櫓から人形創作者が操るナルと大きな人族の対戦を観察していた猫耳忍者ーー元い、ナルボヌ帝国偵察兵のファルは徐ろに背負っていた黒い筒から魔道具を取り出す。
「あの小ちゃい人形が元凶かにゃ?」
それはこちらの世界では馴染みの無い形の魔道具、杖の様な細長い筒型の形状、握りの部分には引き金が一つ……。
ーーそう、これは銃だ。
放つのは魔力を込めた弾丸、単発式で一回打つ度に弾を込めなくてはならないのは昔の火縄銃の様で現代銃と比べると玩具に等しい。
この魔導銃に比べれば、詠唱するだけで具現化する魔法の方が威力も使い勝手も良いのだがーー弾丸に予め込める魔力によって様々な属性の弾丸を放つ事が出来る事や魔力が少ない獣人達でも比較的安易に魔法を放つ事が出来るなどの利点がある。
ーーそして何より特筆すべきは、扱う事が出来るなら誰でも長距離攻撃が可能だと言う事だ。
通常の魔法士が放つ魔法の射程距離は大体100m前後、それ以上となると精度も威力もガクンと下がる。
稀にビエルの様な膨大な魔力量を誇る魔法士の中には長距離魔法を放つ事が出来る者も居るが、それはあくまで一部である。
「距離は凡そ180mーーあたしなら楽勝なのにゃ……」
雷球で照らされてるとはいえ、裸眼でこの距離を狙えるのは獣人ならではの視力のおかげだろうか?
「ふっふっふ、あのお兄さんに貸しを作っておくのにゃ! きっと後で役に立つのにゃ!」
ーーパーンッ!
乾いた破裂音を立て飛び出した弾丸は、見事【酸】を吐き出そうとしていた人形の頭に命中した。
「やった! バッチリ当たったのにゃ!」
小躍りしてたら人形に睨まれた気がしたが、お兄さんがこねくり回してる内に動かなくなったので大丈夫だろう。
その後、彼等が集落を脱出する様子を見ながら、自分の脱出経路を思案していたファルだったが、突然背中に走る悪寒に尻尾の毛がブワッっと膨れ上がる。
「なん、なん、なんにゃ!?」
慌てて背中の正門前を双眼鏡で確認したファルは慌てて物見櫓を飛び降りると一目散に逃げ出した!
「あんなのに巻き込まれたら死ぬにゃ! 野生の勘が一刻も早く逃げろと言ってるにゃ!」
全速力で屋根を駆け抜け、先程彼等が抜け出した壁の穴から脱出したファルはそのまま森の奥へ向かって走り続けた。
「魔力が全く見えないお兄さんが居たかと思えば、今度は魔力が溢れるおじさんが来たのにゃ! 王国ヤバいにゃ、全力で報告するにゃ!」
いつも読んで頂きありがとうございます。