102・『壊滅』のビエル
集落の正門前では爆破魔法と風魔法で破壊された壁の修復を終えた工兵達が周囲を警戒していた。
ーー先程の攻撃は敵の威力偵察に違いない。
恐らくこれから来るであろう敵の本隊の襲撃に備え、緊張した面持ちで正門に待機する工兵達の前に一人の男が現れた。
「ーーおい来たぞ!」
「遂に敵本隊のお出ましか?」
「……いや…………ありゃ一人だな」
その男は正門の真前に堂々と陣取ると、事もあろうに工兵達が見ている前で長い詠唱を唱え始めたのだーーまるでこちらの存在など見えていないかの様な振る舞いである。
ーー舐めている。
誰もがそう思ったーー魔法士がたった一人、敵前にて堂々と詠唱を始めたのだから。
多くの魔法士は詠唱中が一番隙が多く、また相手側からの攻撃に対して余りにも無防備である。それこそ特別な防具でも着込んでいるか、事前に防御魔法を付与しているかでなければそれは自殺行為だ。
「俺達が工兵だと思って舐めてやがる……」
「馬鹿め、初級の攻撃魔法位なら俺達だって撃てる事を知らねぇみたいだな!」
先程の襲撃では壁の補修を優先し、反撃は傭兵頼みで一切行わなかった。傭兵が居なくなった今、此方に反撃する手段が無いと高を括っているのだろう。
ーー工兵部隊、戦場で各種工事を行う兵の部隊。
敵と攻撃を交える事ではなく、主力本隊の機動経路や拠点の構築を主任務とする部隊ではあるが、攻撃魔法が全く使えない訳ではない。彼等が軍隊として日々訓練しているその教科の中には、攻撃魔法の訓練だってちゃんとあるのだ。
ただ、そちらの素質が無かったと言うだけで……。
「ヤツは詠唱中だ、魔法が発動する前にさっさと片付けるぞ」
「そういや傭兵達はどこ行ったんだよ?」
「一人は負傷、もう一人はどうなったかわからねぇってよーー全く傭兵ってのは頼りになるねぇ」
例え威力が低かろうと、これだけの人数から放たれる攻撃に無傷という訳にはいくまいーー威力が低いならば手数で勝負すれば良いのだ。
「いいよなぁ自由で……俺も傭兵になっかなー」
「ちょ、ちょっと待てーーなんだありゃ!?」
「ヤベェぞ! 馬鹿言ってる余裕があるなら一発でも多く魔法を撃て!」
些か拍子抜けだった工兵達だが、男が詠唱を始めるや否や、視認出来る程の尋常では無い魔力が辺りに立ち込めるのを見て顔色が変わる。
「う、撃て! 撃て! 撃て!」
「アイツの詠唱を止めろ!」
止め処なく撃ち出される土塊、それを阻む様瞬時に隆起する大地、土と土が衝突し弾かれる鈍音ーー土煙が視界を塞ぎ誰もが自分の魔法の行方すら確認出来ない曖昧模糊な状態。それでも壁内から放たれる拙い攻撃魔法は止まる事は無かったーーいや、止める事が出来なかった!
「だ、駄目だ! 詠唱が止まらないッ!」
信じられ無い事に、男は詠唱中にも関わらずこちらの攻撃を土壁を生成して防いでいるのだ。
「同時詠唱……」
「あの出鱈目な魔力量に土魔法……もしかして、あれってーー」
「サーシゥ王国のビエルーーあれが『壊滅』のビエルか!」
◇
サーシゥ王国でも三本指に入る程の膨大な魔力保持者で土魔法の使い手であり、国を跨ぎ活動していた悪名高き盗賊ギルド《アガゼル》を一晩、それもたった一人で壊滅させた事で一気に周辺国へとその名を馳せたサーシゥ王国騎士団長『壊滅』のビエル。
その魔法の威力は、人は疎か、付近の建造物や草木まで範囲内にある一切の物質を無に帰すと言う。
「『壊滅』って……あの盗賊ギルド《アガゼル》の王国支部を潰したって奴だろ?」
「あぁ、何でもギルドが存在していた一帯は草一本無くなったらしいぜ」
かつて王国に蔓延る盗賊ギルドの一つ《アガゼル》、奪える物なら命さえ奪う、国を跨ぎ暗躍する悪名高き犯罪者集団ギルドである。
元々第二騎士団副団長を務めていたビエル、各都市内の警備を担当する第二騎士団にとって盗賊ギルド《アガゼル》は王国から排除すべき危険分子の一つであったが、巧妙に隠れ動く彼等の拠点であるギルドの詳しい場所すら分からない状況であった。
そんな中、密かに《アガゼル》への潜入捜査していたビエルの部下が、彼等の卑劣な罠に嵌り拷問の末殺された。それだけでは無い、その遺体は見せしめの為に街中に晒された上、その騎士の家族も殺されてしまった。
その惨状を知ったビエルは激怒ーー部下が死ぬ前にビエルへと託したギルドの所在地を示す地図を握り締め、単身貧民街へと乗り込むと辺り一帯へ広範囲魔法を放ったのだ。
怒りで我を忘れたビエルの加減無く恐ろしい程の魔力を込めた範囲魔法は、周りの建物を巻き込んでスラム一帯を砂漠化させたーー結果、そこに在ったであろう《アガゼル》ギルドはその中身ごと綺麗さっぱり無くなってしまった。
後からビエルを追ったアレスや他の騎士が見たのは一帯に広がる砂漠、何一つ残らず生存者も無し、悪名高きギルド《アガゼル》は一夜にして周りのスラムごと消滅したのだ。
たった一人の魔法士が起こした余りに破壊的過ぎる行為ーーこの事件によりビエル付いた二つ名が『壊滅』である。
しかし、その広範囲魔法による周囲の被害も尋常では無く、責任を追求され一時は監獄へと収監されていたビエルだがーー国を跨ぐ程の盗賊ギルドを壊滅させた功績や、ビエルが巻き込み砂漠化してしまった一帯は、元より犯罪者や乞食、低魔力者などが巣食う貧民街であり治安維持の為にいずれ何とかしなくてはならなかった場所であった事、などを考慮され再び騎士団へと再配属されるーー広範囲魔法が活かせる国境警備が主である第三騎士団団長として。
「あれが……『壊滅』」
何処からともなくゴクリと生唾を飲む音が聞こえるーーいつの間にか工兵達の攻撃は止まり、誰しもが正門前の男を只々眺めていた。
辺りにはビエルの詠唱だけが淡々と響いていた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
まだ体調が万全では無い為、更新頻度は下がりますが連載は変わらず続けて行きますのでこれからも宜しくお願いします。