101・地下室
「ーー大丈夫、直ぐに戻るから!」
戸惑うヨイチョを背に折角抜け出した集落へと戻る。
一体何処に落としたのだろう……十中八九、激しく動いた戦闘中だろうなーーって事は
「やっぱ、倉庫前か」
たどり着いた倉庫前の地面は所々陥没し、穴が空き、土は捲れ、建物の破片が散乱している。まるで激しい戦闘でもあったかの有り様だがーー実質、俺がバトルロープで筋トレして三段跳びしただけである。
俺は自分が居た場所、特に三段跳びした辺りを重点的に水筒を探す。木片を退かし、人形の涎で空いた地面の穴を覗き込みながら進むがそれらしき物は見つからない。酸で溶けたとしても何らかの残骸くらいはありそうなのに……。
「はぁ〜、探す範囲が広すぎるのな。ちょっと時間が掛かりそうだ」
落とした水筒は小さくもないが目立つ大きさでも無い、また革で出来た地味な色味でパッと見で分かる物でも無い。生活魔法特化のヨイチョにお願いしたなら、お掃除ついでにバッと探せちゃう魔法とか知ってそうだけど……流石に「うっかりナルの手が入った水筒を落としてきちゃったみたいなんだよね〜」とはちょっと言い辛い……。
「う〜ん、後は……倉庫の中か? あの時はしっかり腰にぶら下がってた様な気がするんだけどーーまぁ一応確認しておくか……」
俺は見つからない倉庫前の捜索を一旦諦め、最初にナルと遭遇した倉庫内部へと移動する。あの時壁に体当たりとかしたから、その時に落とした可能性も無きにしも非ずだ。
◇
「あった!! 良かった、マジ感謝!」
え? 一体誰に感謝したかって? そりゃ倉庫内を探そうと思ったあの時の俺にだよ!
あの時の俺の予想通り、水筒は壊れた壁近くの瓦礫に埋もれていた。水筒の中を確認するとちゃんとナルの手首が入っているーー最早、水筒の中身が手首ぐらいでは全くグロさを感じなくなったのは異世界に染まってきたって事だろうか? 慣れって恐ろしい。
「ーーん? なんだこれ、取手?」
俺は退かした瓦礫の下にある木製の取手に気が付いたーーあの、キッチンの近くにある床下収納庫の取手みたいなやつだ。
しかし、ここはキッチンでは無く倉庫だ。うちの実家の様にキッチンペーパーの在庫や調味料のストックが入ってる可能性は少ないだろう。
「も、もしかして……お宝が隠されてたり?」
そういや以前、カイルとウービンさんが……
『山賊の拠点を落とす時、その山賊が溜め込んでた財宝ってのは余程の価値がある物意外は討伐者で山分けだ。金が無いなら志願して参加するってのも手だな』
『山賊討伐は希望者を募るからな、オメェも早く正騎士になって稼いでここにジャンジャン金を落としてくれ』
ーーとか何とか言ってたのを思い出す。
騎士団に居候している様な生活を送っている俺は、一応働いてはいるが最低限の衣食住を与えられているだけで給金なんて貰えてはいないーーつまり今の俺は一文無しだ。
もし、騎士団を追い出された事を考えると……当然、多少なりともお金は必要である。異世界で乞食とか絶対やりたくないもんな。
「山賊もパカレー兵も……同じ様なものだよな」
ーーつまりここで見つけた金目の物を俺が持って帰ったとしても、略奪では無く正当な報酬って事だ。
山分けらしいけどこの場合は誰と山分けするんだろう? ヨイチョとナル? それとも分隊規模かーーまぁ、その辺は後にして取り敢えず見てみるか。
(まぁ大体こういう場合、下らない壺とかゴミみたいなガラクタなんだよな)
だけど万が一、物凄い量の金銀財宝だったらどうしよう! と少しだけ期待しながら取手に手を掛ける。
グイっと持ち上げると中には地下室へと降りる梯子が見えた。薄暗い先から流れてくるヒンヤリとした風に思わずニヤつく。
「これはひょっとすると……ひょっとするぞ?」
◇
「おっ? これは多分チーズ! こっちの袋は小麦かな?」
ギシつく木製の梯子を降りた先は、殺風景な普通の地下室だった。
地下の低温を利用した食品庫だったのか、棚にはカビの生えたチーズらしき丸い物やズタ袋が重ね置れている。金銀財宝が無くてちょっとガッカリではあるが、中々良い物が見つかったーー。
一日中集落を駆け回り、バトルロープを振り回したりと、折角良い具合に筋肉を酷使したのに回復する栄養素が無ければ筋肉は育たない。それどころか筋肉をエネルギーとして消費してしまうのだ! 一刻も早いタンパク質の補給が必要な俺にとって、高タンパク質のチーズは非常に有難い。
「丸いチーズ初めて見た……結構匂いキツいな、大丈夫これ?」
棚のチーズを下ろしたは良いが、普段食べていたチーズとの匂いの違いに思わず怯むーー物凄く獣臭い!
俺にはこのチーズらしき物が熟成しているのか、只々腐っているのかの判断が付かない。
「これは持って帰ってウービンさんに調理法を聞こう」
もしかしたら牛の乳では無く、何か違う家畜の乳で出来た物なのかもしれないーー山羊の乳で作るチーズとかもあるしな。
一先ず、いくつかを持ち帰る事にした俺は、小麦の入っている袋の中身を一つ空けると中にチーズを有りったけ詰めこむ。
「小麦っぽいのとかは嵩張るから置いて行くか、ナルを背負ってかなきゃ行けないしな」
物凄く獣臭いチーズと共に背負われるナルには申し訳無いが、この戦利品であるチーズ(?)を置いて行く選択肢は俺に無い。多少の臭気など海外製のケミカル臭漂うプロテインを愛飲していた俺にはどうって事は無いのだ。
戦利品を担いだ俺が梯子を登ろうと壁に手を付いたその時ーー。
「おぶわっ!?」
ーー手の先にあった壁の感触が急に無くなった!
重心を崩した俺はそのまま壁の方へと倒れ込んだ。バタンと冗談みたいな倒れ方をした俺の頭をチーズがしこたま入った袋の追撃が襲う!
「ーーあ痛っ! 何ごと!?」
先程まで何も無い只の壁だった筈なのに、今はポッカリと穴が……何か壁に掛けた魔法を魔法無効しちゃったみたいだ。
冷たい石畳から起き上がるーー見渡せば4畳程の広さの部屋の真ん中に仄かに光る小さな棺……他には何も無い。
「ーー隠し……部屋?」