100・忘れ物
空に浮かぶ雷球は森の深くまでその光を伸ばすーー時折、球体の中で暴れる雷龍が放つサーチライトの様な光から逃れる様に木陰に身を隠したジョルク達は、集落内部の情報を出来るだけ集めようとしていた。
「ーーッ!! なぁクリミアさん、ナルが今、壁の外に出たぜ!」
待機中のジョルクは索敵魔法を使い集落内部の様子を伺っていた。クリミアはその情報を通信魔道具を使いビエルへとリアルタイムで報告し、ビエルの広範囲魔法を放つタイミングを見計らっていた。
「ーー彼は? 彼も一緒に居るんだよね?」
「あぁ、魔力は二つ在るから多分兄貴だぜ」
クリミアはその言葉に胸を撫で下ろす、生活魔法ですら未だ発動出来ない癖にパカレー兵の拠点に乗り込むとか、全く無謀を通り越して自殺行為である。
二人の生存確認は彼を勝手に弟扱いしているクリミアにとって朗報であった。
(良かった〜、これでウルトを悲しませなくて済むーーそれにしても、毎回無茶ばっかりして……後でちゃーんと叱ってあげなきゃ!)
「おいジョルク、その魔力は本当にアイツなのか? 女が一人で出た可能性は無いか? 確かあの人形にも魔力があっただろうーー」
「ーーいや、魔力量がさっきと全然違う! 結構魔力高目だし、ありゃきっと兄貴だぜ、なぁ!」
(ただーーさっき兄貴の魔力を見た時には、何でか全然魔力が見えなかったんだよなぁ……いや、きっと気のせいだな!)
ジョルクは僅かに疑問を感じたが、あの時は個人の魔力を確認するのに慣れて無かっただけで自分の力不足だったんだと直ぐに考え直す。
「ーーねぇジョルク、その魔法で小さな魔力……例えば赤ちゃんの魔力なんかも分かったりしない?」
「ーー赤ちゃんの魔力を見た事が無いから分かんねぇけど……ざっと見てもそれっぽいのは見当たらないなぁ。いくら赤ちゃんでも鼠よりは魔力あるよな?」
「ふんっ、全くお前という奴は……例え赤子といえど魔力が鼠程度と言う事はあり得ん。先程の人形以下の魔力って事は無い筈だ、鼠何ぞと比べるな!」
「な、何だよ、ちょっと聞いてみただけだろう! ギュスタンだって何にもしてねぇ癖に……随分と偉そうだなぁ?」
「な、何もしてないだとっ!? 俺だって周囲の警戒をーー」
「でもそれって、俺の索敵魔法で足りてるんじゃないか、なぁ?」
「ウグッーーそ、それは……」
確かにジョルクの言う通り、周囲の魔力をまるで空から見下ろす様に検知できるジョルクの索敵魔法を発動している間は、周囲に人が居れば直ちに発見出来る。ギュスタンの警戒が気休めの様なものと思われても仕方ないだろう。
「はいはい喧嘩しなーい! いくら付近に不審者が居るって発見できても直ぐにバーンって対応出来なきゃ意味ないでしょ? 君は魔法を即時発動出来る様にして待機しているだけでちゃんと役割を果たしているから大丈夫よ!」
「そうかー、確かに即時対応出来なきゃ駄目だよなぁーー悪かったなギュスタン! 変な事言ってよぉ」
「あ、あぁ……まぁパカレー兵への対応は任せておけ、お前は索敵に集中するが良い……」
明かに落ち込み暗い顔をするギュスタンをクリミアはフォローするが、先程の戦闘の不甲斐無さや、ジョルクからの「役に立たない」発言、平孤児院出身の平民であるクリミアにフォローされるなどーーギュスタンに取ってはかなりの精神的ダメージだ。
(俺は、一体何を自惚れていたのだろう……守る筈の平民に守られ、挙句に同情されるとはーーもっと、もっと強くならねば……)
◇
クリミアに赤ん坊の捜索を頼まれたジョルクは、人形の魔力以下を省いてもう一度集落内にある魔力を捜索する。
集落内に居る全ての魔力は活発的に移動している為赤ん坊では無さそうだ、一人全く動かない魔力があるが恐らく磁力魔法士だろう。
「なぁ、やっぱりそれっぽいのは居ないぜ?」
「ふん、やはり嘘だったか」
「ーーそう……なんだ、う〜んじゃあ、もうあそこにはパカレー兵しか居ないって事ね! 団長、聞こえました? ドカーンとやっちゃって下さい!」
『了解した、これから広範囲魔法の詠唱を始めるーーいいか、この魔法が発動してしまえば俺にも止める事は出来ん。絶対に集落へは近づくなーークリミア頼んだぞ』
「了ーー解っ! いい? 今団長が言ってた通り、集落には 絶ぇ 対っ にっ! 近づいちゃ駄目だからね?」
「ーー分かった」
「…………なぁ、それ兄貴達にも伝えてた方が良くないか?」
確かに……団長の広範囲魔法は半端な威力では無い。出来るなら可能な限り集落から距離を取った方が良い。
「……そう、ねーーあっちは団長に任せちゃって、私達は撤退準備しようーー森を抜けて、向こうであの子達と合流ね!」
◇
足場の悪い森の中を歩く、今ばかりは辺りを照らす雷球に感謝だな。この調子ならジョルク達とも直ぐに合流出来そうだ。
気付けば口の中がカラカラだ、あれだけの運動をしたにも関わらず水分補給をすっかり忘れていた。俺は水筒を取ろうと何気なく腰に手を伸ばしハッとする。
「…………無いっ!」
「うわっ、びっくりした! 急に大声出してどうしたの? ーーまだパカレー兵が近くにいるかもしれないから静かにーー」
ヨイチョの苦言も耳に入れず、俺は慌ててナルを地面に下ろすと腰周りを何度も探る。
背中や足の裏まで確認したがやはりーー無い。
「……水筒が無い……やばい、どっかで落としたかもしれない!」
「ーー何だ水筒か、水なら僕がいくらでも出してあげるよ。さぁ手を出して!」
大した物で無く安心したヨイチョはチョロチョロと水を出しながらその手を向ける。
「い、いやーーその、違うんだ。え〜と忘れ物……そう、俺、ちょっと忘れ物を取りに行ってくるわ! 悪いけど此処に隠れててくれ!」
「えっ!? ちょっ、水なら有るってば!」
「ーー大丈夫、直ぐ戻るから!」
俺はヨイチョの問い掛けに振り返らず、急いで集落へと駆け出した。
遂に百話となりました。
ここまで読んで頂き、読者の皆様には感謝しかありません。
これからもよろしくお願いします。