第1話
――今から1万年ほど昔、この世界に初めて【魔王】が現れた。
魔王は魔物と呼ばれる生き物を従え、人間に戦争を仕掛けてきた。その力は並みの人間ではまるで歯が立たず、多くの村や街、そして国が滅んだ。
そんな中、人間の中から一人の男が神に選ばれた。
その者は【勇者】として剣を取り、数多の魔物を切り伏せ、人間の領土から追い出して行く。その姿はまさに、人間にとっての希望であった。
幾度も繰り返された魔王と勇者の争いは、終に勇者の勝利で幕を下ろした。
魔王の影響か、幾百年と空を覆っていた暗雲も消え去り、人間たちに平和が訪れたのである。
しかし、戦争終結から約100年が経った頃。魔王が再びこの世に現れた。
先の勇者は人間として常識的な年齢でこの世を去り、残されたのは彼が扱っていたとされる二振りの剣。
その剣は勇者亡き後、誰も手にすることができなかった。鞘ごと大地に突き刺さったまま、長い間、沈黙を保っている。
一振りは、白く静謐な聖なる力を宿した剣。一振りは、黒く混沌なる魔の力を宿した剣。それらは聖剣、魔剣と名付けられた。
魔王との闘い。その死闘を知り、語り継がれてきた者たちは、再び勇者の誕生を神に求めた。
数万の民の祈りが届いたのか、神は勇者を選定する。2代目となる勇者は、先の勇者の剣を、誰も手にすることのできなかった剣を引き抜いてみせた。
しかし、それは二振りある剣の片割れ――聖剣のみ。もう一振りは、その勇者であっても、微かにも抜けることはなかったのである。
それでも2代目勇者は聖剣を携え、魔王との戦争へ望んだ。
結果、勇者はまた魔王を打ち倒したのだった。
それから、約100年周期で魔王は世に姿を現し、そして勇者に討伐されてきた。
いつしか魔王は勇者に討たれる存在であり、あまり脅威ではないという風潮が流れるようになる。
そのような風潮が常識として染みついてしまった頃。魔王と勇者は、50代目を超えただろうか。
人間たちは、魔王と勇者の戦いを、自分たちの利になるよう扱い出した。
強大な敵である魔王を打ち倒すだけの勇者も、また強大な力を有する。
その事実に目をつけた時の権力者たちは、挙ってその力を自らの為になるよう、競い合って勇者を抱き込もうと画策した。
権力者たちは、勇者に様々なものを与えようとした。
金に、人に、権力に。人間の欲に塗れた権力者たちは、勇者も人であるのならば、そういったものに少なからず惹かれるだろうと。
しかし、勇者は神に選ばれし聖なる者。そのような世俗に溺れることなく、彼らは勇者として、己の周囲の小さな幸せと、世界の平和を求めるような者たちばかり。
むしろ、権力者からは極力離れようとする者が多かった。
基本的に勇者たちは己の生まれた国に属し、家族を友人を仲間を守る。
生まれに規則性はなく、ただ神に選ばれるような、聖なる心を持つ者が勇者となった。
そのため、勇者の所有権は、生まれた国にある。そう暗黙の了解がなされた。
当然、勇者の生まれではない国に不満が溜まる。2代以上続けて同国から勇者が出れば、それは膨れ上がった。
そんな不満が溜まりに溜まった国、数百年勇者を輩出できていない国は、ある計画を掲げた。
――『勇者製造育成計画』である。
勇者の誕生を神に頼ることなく、人間の手で生み出そうという計画だ。
これまで勇者として認められるのは、神に選ばれし存在であること、そして初代勇者の剣が扱えるかどうかだった。
勇者は生まれながら、他の人間とは一線を画す力を持つ。高い身体能力と、膨大な魔力を有していた。
それを人間は、優れた人間同士を交わらせることで、意図的に生み出すことに成功する。
何より魔王を倒すのに必要不可欠なものとして認識されてきた、聖剣の存在。
初代勇者が扱ったとされる剣は、神が勇者に与えし、この世に2つとない剣であった。
それを複製、または類似品を造ろうと試みた。
複製は、そもそもまともに解析できる者すらおらず、早い段階で頓挫した。
しかし、類似品は造られた。当代最高の鍛冶師が打った武器に、当代最高の聖職者が祈りを込めた聖具として。
初代の聖剣には劣るものの、魔物を、魔王を討つには十分とされる出来であった。
それらもまた所有者を選ぶ武器ではあったが、複数造ることによって、適正者の幅を増やしていた。
聖具は剣以外の形もとり、更に適正者が増える。
こうして、人間たちは人工的に勇者を生み出すことに成功した。してしまった。
――魔王と勇者、72代目の頃である。
魔王を討ったのは、人間の選んだ勇者の一人だった。
初めて人間の選んだ勇者として魔王を討ったその者は、代表となった国から余りあるほどの栄誉と褒賞が与えられた。
人間の選んだ勇者は、人間らしく、欲に塗れたものだった。
人工的な勇者でも魔王を討つ力があることが証明され、各国は更に『勇者製造育成計画』を推し進めていく。
魔王討伐という栄光を、我が物とするために。
この勇者の扱いを受け、勇者に憧れる者たちは湧いた。
自分も、その輝かしい未来を得られる可能性を見て。
そしてまた、人工勇者は数を増やしていった。
対して、神に選ばれし本物の勇者として、72代目を継いだ者の末路は、凄惨の一言に尽きる。
それまで勇者として、魔王を討つ為に様々な援助を国から受けていたにも関わらず、人工の勇者に魔王討伐の名誉を奪われたのだ。
そんな勇者を、人間たちは偽物だと晒上げた。騙されたと口々に騒ぎ、石を投げつけ、牢に閉じ込めた。
その中には、勇者に助けられた人間もいた。
捕らえられた勇者は、それでも人間たちを恨むことはなかった。
神に選ばれた聖なる者として、その人間たちの思いも、真っすぐに受け止めようとしたのだ。
その結果……勇者はこれまでの待遇の返済として、公開処刑された。
多くの民に、これまで命を懸けて守ってきた自国の民に、罵倒されながら。
これ以来、神が勇者を選ぶことはなくなった。
勇者の末路に神が心を痛めたからとも、後の勇者たちが口を噤んだからとも言われている。
このことに危機感を覚えた者は、世界でも少数であった。
そうして73代目からの勇者とは、人間に選ばれ、人間によって造られた聖具を持ち、魔王を討った者となったのである。
――時は流れ、現代。100代目の魔王が現れた。
世界中で聖具を持つ勇者が生まれ、競い合うように魔王を討伐すべく動き出す。
中には聖剣にも挑戦する者たちもいたが、誰も抜くことは叶わなかった。
そんなある日、一つの話題が出回った。
曰く、初代勇者の剣を抜いた者が出たのだと。
それも、72代目を最後の所有者とした聖剣ではなく――初代以降、誰も抜くことのできず、忘れ去られていた魔剣に選ばれた者が。