プロローグ
陽の光が当たらなくなってから、幾百年が経った大地。食物は育たず、土は乾きひび割れ、空気は淀んでいる。
今が日中であると分かる程度の光しか通さない分厚い暗雲は、その日も世界の空を覆いつくしていた。
立ち込める暗雲が最も濃く、常に真夜中のような薄暗さを保っている場所。
人間たちから「魔王」と呼ばれている、悪しき者が住まう城がある。
生者の気配が薄い城の中、冷たい空気と耳の痛くなるような静けさ。それが正常のこの場所で、一つの喧騒が響き渡っていた。
「はぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!」
男の気迫に溢れた叫声と共に、人間たちが忘れ去った陽の輝きの如き光が城の一室を満たす。
男は白く輝く一振りの剣を振り被り、渾身の力で突き出した。
剣の先には、1人の男がいた。
男はその剣を避ける素振りも見せず、漆黒の衣に包まれた胴にて受け止める。
まるで抵抗することなく、あっさりと剣は漆黒の男を貫いた。
それに、剣を持つ男が驚きに目を見開く。次いで、身体を貫かれながらも笑みを浮かべる漆黒の男の顔を見、何かに気付いたように顔を歪めた。
「どうして…………」
「それが、この世界の意思。勇者と呼ばれた、強き者よ」
どこか満足気な表情をする漆黒の男は、己を貫く剣の柄を握る男の手に、自らの手を重ねた。
そして、グッと力を籠めると、力強く後ろへと押す。
剣が引き抜かれ、漆黒の男から血が噴き出す。人間のモノよりも黒味の強いそれは、しかし、確かに赤かった。
茫然と床を汚す血を見た剣の男は、漆黒の男を見上げる。
己の敵、人間の敵、世界の敵である目の前の男を見上げる。
その、穏やかな顔を。
「強き者よ、見事なり。この魔王を、よくぞ打ち倒した」
「……魔王…………」
「しかし、ゆめゆめ忘れることなかれ。また悪しきモノが満ちる時、我は再び、この世界に現れよう」
血が流れるように、漆黒の男から何かが抜けていく。その衣のような黒き灯火は、空に昇った。
同時に、漆黒の男の身体が透けていく。
その様を眺めていた剣の男は、堪えるように俯いた。
そして、顔を上げた時、剣の男は何かを決意したように強い意志のこもった瞳をしていた。
「――――」
消えゆく漆黒の男に、剣の男が発した言葉が届いたかは、分からない。
それでも、これまで見たことのない晴れやかな笑顔を、剣の男に残したのだ。