表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

プロローグ(2)

「あ……いや、その、心配しなくても、襲わないから、いや、その、ほら、いや」 


 明らかに動揺をしているジエール。その様子が少し可愛らしく見えて、笑いが込み上げてきた。


「……ふふ、ふふふ、あははっ。……大丈夫ですよ、そんなに言わなくても大丈夫です」

「いやさ、ほら。記憶ないとか、知らない場所、とか色々大変なのに、無神経な心の声が漏れちったなって反省してるって言うかさぁ」


 ポリポリと乱雑に斬られた髪を掻くジエール。どうも悪い人では無さそうだ。


「心の声だったのね」

「なっ! いや、違う……違わない……。はぁ、ダメじゃん俺。何とか穴掘ってるし」

「……墓穴、かな?」

「そうそれ! 墓穴! あーもう、第一印象台無しじゃねぇか」


 今まで接した事が無いような男性だ、と感じた。

 随分と真っ直ぐで、初対面なのに打ち解けやすい、気さくな男性。話しているだけで、こっちまで面白おかしくなってくる。


「初めまして、私は……」


 自己紹介をしようとして、気がついた。


「どうかした?」


 あまりのショックに、言葉が出てこない。


「……?」


 心配するジエールに助けを求めるように、私は言った。


「名前……も、……分からない……」


 考えた事もなかった。自分が誰なのか、何者なのか分からない気持ちを。今まで確かに生きてきたはずなのに、それに関する一切の記憶を失うという事は、こんなにも虚無で、恐ろしい事なのか。


 ガタガタと全身が震えた。


「ちょ、おい、大丈夫かよ。オイ!」


 ジエールが慌てて震えを止めようとしてくれるが、私の意志とは無関係に震える身体は止まらない。


「どうしたんだよっ」

「怖い、私、名前が思い出せない。誰なのか分からない。“私”が居ない。どこにも居ないっ! 嫌だっ、嫌だ!」


 底なし沼に埋まっていくような感覚に襲われる。どれだけもがいても、手足が取られ、ズブズブと埋まっていく。腹、胸、首と飲み込まれ、呼吸すら出来なくなる。


「たすけて……」


 最後の力を振り絞り、右手を懸命に伸ばすと、その手をグッと力強く握ってくれた人物が居た。


「よし! じゃあ俺がつけてやる。お前はルナだ!」

「……ル、ナ?」


 光が差し込み、一気に沼から引き出された感覚。


「そうだ、ルナ。今までの記憶を無くしちまったルナ。これから思い出すルナ。俺たちの仲間、ルナだ」

「……」

「後はー、お前の居場所を証明するのに何が必要だ? 女の子のルナに可愛いルナ。ケガしてるルナで谷に落ちてたルナ。ほら、もうここまで言えば、ルナって名前の女の子はもうお前しか居ねぇぜ!」 


 慌てて紡いだ言葉だからか、途中途中拙い言葉だった。

 それでも、今の“私”が欲しい言葉の全てだった。

 暖かい気持ちで、心が満たされていく。


「ありがとう、ジエールさん」


 握ってくれた手を、両方の手で固く握り返す。


「お、おう! それと、そんなに歳変わんねぇだろ? ジエールでいいぜ。よろしくな」

「うん、よろしく、ジエール」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ