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 各人が古いドアを軋ませながら開けると、出会った頃よりも体格が立派になったアレクが仏頂面で立っていた。

 本人は嫌がるだろうが、この間彼の家に遊びに行った時に挨拶した父親にそっくりである。

 愛用のごつい青と黄色のリュックの擦り切れた色が、出会って経った年月を表していた。

「お前さあ」

「ああ、今迎えに行こうと思ってたんだ。入りなよ、アレク。いま、珈琲出来た所だから」

「サンキュ。じゃなくて! 玄関!」

「え?」

「えじゃねえ、えじゃ! お前また鍵かけてないじゃねえか! いい加減鍵閉めろ!」

「でも」

「でもじゃねえ! この間この近くでポチが通り魔にあったっつってたぞ」

 本気で心配するアレクの“声”がくすぐったい。スニーカーを脱ぎ捨てる背を見ながら、アレクのいう犬を思い浮かべた。

 犯人は、実ははかない荘の住人である。住人達は基本的に、生活リズムがずれあっていて、いまだ彼は、はかない荘をただのおんぼろアパートと思っている節がある。その証拠に、何度か、一緒に別のアパートを借りようといわれていた。……入り浸り頻度から最早半分同棲に近いせいで、たまに顔見知りの住人にからかわれたりしているのも、彼には与り知らぬところだろう。

「その子は単に、ポチと遊びたかったんだよ」

「なぜわかる」

 怪訝そうにしながら、自分の座布団を用意して座る彼に、曖昧に笑って、珈琲入りの湯のみを渡した。

 おお、黒い茶!と笑いながら受け取る明るさに、何度救われただろう。

「そういやさ、もうすぐ悟さん消えた日じゃないか?」

「そう。一緒に墓参りしてくれないかな」

 窓の向こう。さらに奥の、堤防。小さな段ボールに入れた僅かな父の私物はもう、彼の手に届いただろうか。

「ああ」

 その、真剣な目が自分の横顔を見ているのを感じた。アレクの心が何かを思い出している。その旋律に覚えがあった。それは、さきほど、自分が歌っていた童謡だ。


 さーとり、さとられ、さーとるくん

 あるひーあらわれきえていく

 どこへいくんだ、さとーりー


 無意識に、歌っていたらしい。なあ、とアレクが切なさを滲ませた声を出す。

「各人お前、なんでそこしか歌わねえんだ?」

「え? これしか覚えてないんだけど……まだ続きがあるの?」  そう言うと、少しだけ安堵したように彼の肩が下がった。

「……そういや、お前、生後7日くらいだったもんなあ」

 からかうような、愛おしい目。さとりという生き物が妖怪であるなら、それは、恐怖ではなく愛を糧に産まれてきたのではなかろうか。アレクへの気持ちが募るほどそう思えてならない。

「あんなに、子守歌にねだってたのに」

 無言で、彼の頭をはたく。はは、と笑う声は、心の声と重なった。

「で、他の部分は?」

「ったく、誰に似て乱暴になったのかね」

 明らか、彼の影響だ。アレクもどうやらそう思っているようで、心の中で(俺の影響かねえ)なんて呟いている。

「しっかたないな。俺が、かっくんの為に美声を披露しよう」

「はい、どうぞ」

 その辺に転がっていた情報誌を、マイクに見立てて渡すと、どうやらノリ外したらしく妙に照れくさそうに受け取った。


 ああ、なんて。

 なんて、いとおしい。




 さーとり、さとられ、さーとるくん

 あるひーあらわれきえていく

 どこへいくんだ、さとーりー

 いとしいひとがよびかける

 さーとりましょう、さとられましょう

 いとしいひとにこたえましょう

 さーとり、さとられ、さーとるくん

 あるひーきえてあらわれる

 いとしいひとがさみしくならない

 そのように

 やまにたのんできえていく





<終>


111107   別名義で企画参加作品。

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