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「僕らを研究していた民俗学者は、“君らは人とはまた違った進化の過程を得た生物か。はたまた別の系譜を持つ人類の名残なのか”とよく口にしました」

 少し迷う素振りを見せた悟だが、ぴらりと各人がめくる絵本の音に、何かを悟ったような顔になり、そう口切った。

 奇妙なことに、彼が話し出した途端、アレクの中で、今までの非現実だった事象に、現実が薄く肉付いていく感覚がした。例えるなら、怖い巨大な虫だと信じていた黒い大きな影が、ただのたわしだと気付いたような。

「アレクさん。僕は、このはかない荘に来るまで、母と飛騨の山奥に住んでいました。僕ら親子の他は、近所に人はいなかった。ずっと、母の子だと思っていました。民俗学者が訪ねてくるまで。彼は、僕を見て驚いていた。そのとき、彼が酷く怖い顔をしていたのを覚えています。“誰を攫った”というのに、母は悲しげに笑っていました。“悟は、この地の子です”母の言葉で、初めて自分が母の子でないことを知りました」

 悟の横で、寝転がって絵本を読んでる各人の足が上機嫌に揺れていた。父親の話には関心がないらしい。

 アレクの家は、山に近い場所にある。自然、悟の話す光景が自分の記憶にある懐かしい山の絵で浮かんだ。

「母は、大陸からきたひとだった。よくは知らないがカク猿と呼ばれる妖怪の子孫だといっていました。母は、よく父の話しをしました。父から教わったという童謡も聞かせてくれた。民俗学者は元々祖父のもとに訪れていた人で、世間に発表するのが目的ではなく、この世の民族学に埋もれる不思議を、自身のために解明するのが目的の人でした」

 悟の自身の物語を語る口は、静かだ。こけた頬が、まるで世俗を切り捨てた修行僧が説教をしているような錯覚を引き起こす。

「アレクさんの答えには、僕はイエスともいえるし、ノーともいえます。民俗学者の影響を受けすぎましてね。僕もまた、妖怪というある種の生物としての見解を持っている」

 悟は、立ち上がると、アレクの前ですっかり冷めたお茶を入れ直す。緑茶の渋い薫りが立ち上る。

「だけど、民俗学者は、とうとうその生涯を賭しても、僕らの存在を科学的には証明できなかった。血液検査をしても少し変わった血液型としてみられる程度の存在なのに、はじまりと終りが、科学を否定するのです」

「はじまりと、終わり?」

 オウム返しに聞くと、ふっと悟の視線は各人に移った。

「僕とかっくん……各人は良く似てるでしょう?」

「そうですね」

 少なくとも、自分と母よりは、確実に血縁者だろうと推測できる域にある。

 悟の顔に、初めて陰りが見えた。

「僕と、父もそっくりだったそうです。父は、祖父に似ていたのだとか」

 当たり前だと言える雰囲気ではない。その表情から推測する。そして、客観的に、彼ら親子を見て気味の悪いほどの相似を発見した。

「父は、年を経る程祖父に生き映しだったそうです。僕もまた。民俗学者は、僕らの血液を採取し、簡単なDNA検査にかけました。完全に一致したそうですよ」

「完全に一致って、それって」

「一卵双生児、いやクローン。民俗学者は、僕がうまれた瞬間を見なかったので、結局父が細胞分裂の原理で僕を産んだのではないかと妙な仮説を立てていましたが」

 アレクは、溜まった唾を飲み込んだ。

 やはり、非現実は非現実のままなのかもしれない。

 なにか、予感めいたものが肩を叩いている。よう、もう戻れないぜ?そんな顔をして、アレクを不条理に引っ張っていく。

「僕らが、人で有るならば。ある種、異常な人生サイクルを繰り返す子孫繁栄を捨てた人類であると思います。また、民族学者が仮定していたさとりという、存在ならば。それは、自然に発生して消えていく、草木のような存在ではないかと思います」

 ゆるりと持ち上がった悟の右手が、幼い我が子の頭を撫でる。それは、どう見ても淡々とした自然サイクルとは程遠い、愛情溢れる姿だった。

「僕は、ある日、唐突に父の前に現れたのだそうです。そして、僕を持ち帰って数日後。父は、忽然と姿を消してしまった。祖父もそのように居なくなったと民族学者は言っていました。ある種の動物のように死期を悟るとそっと出て行くのかもしれないとも。でも、消えたと言うのが、一番しっくりくるんです。父の私物は、何一つ変わらずそこにあった。靴でさえ。母は、父を忘れられなくて僕を育てながら、ずっと山をみていた。僕は、そんな母がみていられなくて逃げて来たんです」

 アレクは、無性に泣きたくなった。なぜ、こんな話しを初対面の人間に話しているのか。なんとなく、気付いてしまった。気付いた途端に、悟の存在感の希薄さが伝わってくるようだった。

「各人は、いくつにみえますか」

「……4歳、いえ5歳くらいですか?」

「3日です」

 思わず、口を間抜けに開けたまま制止する。いま、なんといったのか。そんなアレクの様子に気付いて、悟はゆっくり繰り返した。

「現れて、3日になります」


 赤い中に、膝を抱える子供の残像。

 ああ、あれが。まさか。


 混乱するアレクに、畳みかけるように悟はいった。

「父の消えた詳細は不明ですが、僕は、このくらいかなと思うんです」

「な、なんで!」

 喉がからからに乾いている。

 そういえば、今日は平日である。

 さっきの電話の話から、悟は働いているようだった。平日を休める仕事場は限られている。だが、もし、“準備”しているのだとしたら?

 各人が、いつの間にか、またアレクをじっとみていた。その目はどことなく、不安に揺れている。

「僕が聞こえた声は、かっくんだけでした」

「え?」

 囁きに近い言葉が落ちる。

 真っ直ぐに向いた瞳は、黒々と深く。

「父は母の声が。各人は、どうやら、あなたの声が聞こえるようです」

 今度は、凛と確かな声音。

 なぜ、不審なアレクを無理やりに近いやり方で、留まらせたのか。それは、限りなく正解に近いヒントだった。

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