参
彼岸花が悠々陣地を広げる川の横にある遊歩道。
そこをのらりくらりと進んでいくと、本来のアレクの目的地、白い四角の建造物がみえてくる。
図書館だった。道中無言で、とりあえず先に歩いたら着いたという感じである。
「入るか?」
一応聞いてみる。こくん、と落ちる頭。入るらしい。
それにしても、無口な子供である。黒々とした瞳は、じいとアレクを見上げていた。
*
飛騨のやまおくで、旅人は不思議な声をよく耳にする。
よくよく聞いてみると、それは大抵、今思っていることであった。
ひとり、孤独な旅人が、ある花に目をとめた。
(綺麗だな)
「綺麗だって思ったか」
楽しげな声が、辺りに響いた。
*
読み聞かせというには、難しい内容のような気もしたが、各人は熱心に図書館職員の声に聞き入っている。
アレクは、椅子に座りながら数人の子供に交じって、絵本の読み聞かせ会に参加している格人を眺めた。
(さとり、ね)
人間の思っていることを、そのまま言い当てる妖怪である。それは、まるで、各人のことのように思われた。
(いや、まさかだろ)
そんな非現実。だが彼ら親子に合ったのもまた、非現実が重なった結果だ。
どのくらい思考に沈んでいたのだろうか。くいっと、袖を引かれて、我に返る。各人がじいっとアレクを見ていた。
「あ、わり。終わった?」
こくん。頷く小さな手には、さきほどの絵本が握られていた。
「気にいられたみたいですよ」
人のよさそうな、女性職員の「弟さんですか?」に苦笑。確かに、双方揃って、異国人の容姿だ。
「借りてく?」
聞くと、再び、かくんと頭が落ちた。
結局。図書館から出ると、高い所にあった日がだいぶ傾いていたため、アレク達はひとまず帰ることにした。
各人は、よほど、絵本が気に入ったらしく、本をじっと見ながら歩いている。
「どんなお話なんだ?各人くん」
沈黙。目の端で、彼岸花が寂しく揺れた。無口なのはいいが、多少反応がほしい。答えを諦めて、溜め息が漏れた時。
「……さとりが」
静かな声が耳を打った。
「ころされないはなし」
ちりん。
いつの間にか、例の置き去りの風鈴の前を通りかかっていたらしい。はかなげ荘は、もう、目の前だ。
「殺されないんだ?」
「いつも、きこりとか、さむらいに、ころされる。でも、これはね」
心なしか輝いている大きな目が、アレクを見上げた。興奮するようなそれは、幼い子が、ヒーローを見るに近い色だと気付く。そう、自分も小さな頃は友人とヒーローショーをみてこんな目で語らった。
「たびびとを、たのしませて、きえる!」
「そ、うか」
それは、素直に凄いねとは言えない内容だった。曖昧に頷く。それでも、いままで無表情だった各人の顔が、喜びを表わしていて、胸に温かさが沸いた。
「あの、これ返します」
どうやら用を済ませたらしく、部屋で夕飯の準備をしていた悟に、千円札を差し出すと、おやというように眉を上げた。
「図書館にいっただけなので。返却日には、返してあげてください」
「そのまま懐に入れても良かったんですよ」
「いえ、悪いので」
さらに、札を前に押し出すと、「良い子だねえ」と呑気な笑みで悟はそれを財布にしまった。
「あの」
各人が、さっそく、絵本を開く姿をみて、アレクは思わず悟に声をかけていた。本来なら、これでお暇するタイミングだとはわかってはいるのだが。
たのしませてきえる!
各人のあのセリフが、訳の分からない切なさでせり上がってくる。
「各人くんは、いえ、あなたたちは」
人間なんですか。
非現実な問いかけだった。
悟は、曖昧に微笑んで、目を伏せた。