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 彼岸花が悠々陣地を広げる川の横にある遊歩道。

 そこをのらりくらりと進んでいくと、本来のアレクの目的地、白い四角の建造物がみえてくる。

 図書館だった。道中無言で、とりあえず先に歩いたら着いたという感じである。

「入るか?」

 一応聞いてみる。こくん、と落ちる頭。入るらしい。

 それにしても、無口な子供である。黒々とした瞳は、じいとアレクを見上げていた。




 飛騨のやまおくで、旅人は不思議な声をよく耳にする。

 よくよく聞いてみると、それは大抵、今思っていることであった。

 ひとり、孤独な旅人が、ある花に目をとめた。

(綺麗だな)

「綺麗だって思ったか」

 楽しげな声が、辺りに響いた。



 読み聞かせというには、難しい内容のような気もしたが、各人は熱心に図書館職員の声に聞き入っている。

 アレクは、椅子に座りながら数人の子供に交じって、絵本の読み聞かせ会に参加している格人を眺めた。

(さとり、ね)

 人間の思っていることを、そのまま言い当てる妖怪である。それは、まるで、各人のことのように思われた。

(いや、まさかだろ)

 そんな非現実。だが彼ら親子に合ったのもまた、非現実が重なった結果だ。

 どのくらい思考に沈んでいたのだろうか。くいっと、袖を引かれて、我に返る。各人がじいっとアレクを見ていた。

「あ、わり。終わった?」

 こくん。頷く小さな手には、さきほどの絵本が握られていた。

「気にいられたみたいですよ」

 人のよさそうな、女性職員の「弟さんですか?」に苦笑。確かに、双方揃って、異国人の容姿だ。

「借りてく?」

 聞くと、再び、かくんと頭が落ちた。




 結局。図書館から出ると、高い所にあった日がだいぶ傾いていたため、アレク達はひとまず帰ることにした。

 各人は、よほど、絵本が気に入ったらしく、本をじっと見ながら歩いている。

「どんなお話なんだ?各人くん」

 沈黙。目の端で、彼岸花が寂しく揺れた。無口なのはいいが、多少反応がほしい。答えを諦めて、溜め息が漏れた時。

「……さとりが」

 静かな声が耳を打った。

「ころされないはなし」

 ちりん。

 いつの間にか、例の置き去りの風鈴の前を通りかかっていたらしい。はかなげ荘は、もう、目の前だ。

「殺されないんだ?」

「いつも、きこりとか、さむらいに、ころされる。でも、これはね」

 心なしか輝いている大きな目が、アレクを見上げた。興奮するようなそれは、幼い子が、ヒーローを見るに近い色だと気付く。そう、自分も小さな頃は友人とヒーローショーをみてこんな目で語らった。

「たびびとを、たのしませて、きえる!」

「そ、うか」

 それは、素直に凄いねとは言えない内容だった。曖昧に頷く。それでも、いままで無表情だった各人の顔が、喜びを表わしていて、胸に温かさが沸いた。




「あの、これ返します」

 どうやら用を済ませたらしく、部屋で夕飯の準備をしていた悟に、千円札を差し出すと、おやというように眉を上げた。

「図書館にいっただけなので。返却日には、返してあげてください」

「そのまま懐に入れても良かったんですよ」

「いえ、悪いので」

 さらに、札を前に押し出すと、「良い子だねえ」と呑気な笑みで悟はそれを財布にしまった。

「あの」

 各人が、さっそく、絵本を開く姿をみて、アレクは思わず悟に声をかけていた。本来なら、これでお暇するタイミングだとはわかってはいるのだが。


 たのしませてきえる!


 各人のあのセリフが、訳の分からない切なさでせり上がってくる。

「各人くんは、いえ、あなたたちは」


 人間なんですか。




 非現実な問いかけだった。

 悟は、曖昧に微笑んで、目を伏せた。


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