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「あ、いやその」

 どーいやいいんだよ。逃げ出すのも違う気がして、アレクは挙動不審に、あちらこちらに視線を飛ばした。

「どーいやいいんだよ」

「へ」

 一瞬、自分が声に出してしまったのかと思った。

「おや、かっくん。お出迎えですか?」

 振り向くと、あの子供(どうやら少年だったらしい)が、大きな目をかっと見開いて此方を見上げていた。




 よう さとる。男は、そう名乗った。息子の名前は、楊 各人かくとというらしい。姓がどうも隣の大陸系なのだが、父親の名前は明らかに日本人である。

 不審者全開のアレクが、彼らの部屋にお邪魔している現実が酷く落ちつかない。

 アパートは、1階が共同スペースとなっているようで、稼働動作が怪しそうな深緑の二層洗濯機や、談話スペースらしきコンクリート床に直置きのテーブル、ベンチが見えた。洗濯機の横には、無造作に洗濯物が放置されている。人気は無い。

 それを横目に、促されるままにかんかんと鉄の階段を上っていく。

 先に各人が、てってってと身軽に上がっていった。続いて上がると、古いドアが一列に並んでいる。各人は、1番端のドアに駆け寄り、不用心にも鍵をそのままにしてきたらしき古めかしいメッキの剥がれたノブを、ぶら下がるようにして開けた。

 ドアに取り付けたられた古めかい銅板には、やはり鏡文字で、二○八とある。

 戸惑うように、玄関先で立ち止まるアレクに、悟は「どうぞ狭いところですが」と常套句で追いこんだ。

 そうして、なぜか、小さな円卓の前で恐縮する自分の出来上がりである。

(おいおい。どうするよ。あんたのところのお子さん追って来ましたなんて言えないだろ)

 逃げるタイミングはとっくに逃していた。

「追って来ました!」

 唐突。各人が声をあげた。びくっと肩を揺らして、隣で大人しく座っていたはずの各人を見る。悟は、まるでそれが常だと言わんばかりに気にする風もない。湯気の立つお茶をアレクの前に置いて優しげに微笑んだ。少し、頬がこけている。言っては何だが、こんなおんぼろアパートに住んでいるくらいである。苦労が有るのかもしれなかった。

「そういえば、貴方のお名前はなんというのですか?」

「ああ、ええと」

(お子さんの証言、無視っすか)

 だいぶ、マイペースな人である。なんだか怪しげな商法の外国人狙いの輩に狙われそうで心配であった。そう感じるのは、悪いことをしたような罪悪感があるからか。いや、しかし、ここまでマイペースならば逆に騙されないのかもしれない。

(そもそも、アレクって)

 怪しさに拍車がかかる気がして、名乗るのを躊躇した時だ。

「アレク―」

「え」

 こんどこそ本当に、絶句した。茫然と各人を見るアレクに、頬笑みを絶やさぬまま悟は、言った。

「そうですか。アレクさんとおっしゃるのですね」

「あ、の」

「ああ、驚いている。お気になさらない方がいい。私たちは、いうなれば少々変わっているのです」

「変わっているというか・・・」

 明らか、超能力である。いや、そもそもと改めて親子を盗み見ると、やはり容姿が特異だった。そして、偶然、各人の黒々とした瞳と目線が合った。無表情で恐ろしい。

「・・・猿は怖いですか?」

 脈絡のない質問に、思わず聞き返すと、もう1度猿が怖いかと聞き返された。

「いえ、特に」

「じゃあ、大丈夫ですよ。僕らは、猿目で1番人に近いとされる遺伝子を持つチンパンジーより、さらに近い。遺伝子上は、“人”ですから」

 献血もできるんですよ。自慢げに言われるが、アレクはそれどころではない。“人”ってなんだ。それではまるで・・・。

 その時だ。じりりりりりりと、どこかでベルが鳴った。そして、間を置いて、くぐもった話し声がする。聞き慣れない音と、人気のないアパートのどこからか唐突に聞こえだした低い話し声に、背が強張った。気分は、ちょっとしたオカルトの最中である。

「楊さん」

「ひ、」

 アレクは、背後から、唐突に沸いた声に悲鳴を上げた。

「あどうもシキさん。この間は、お夕飯にあずかりまして」

「いえいえ、気にしないでください。それと、職場の方からお電話ですよ」

「今ですか?おかしいな、ちゃんと引き継いだはずなんですけど」

「何でも、欠員が出たとかで」

「おや」

 おやじゃない。ベルのような音は電話の音だったようだ。まさか黒電話だろうか。いやそれよりも。

 アレクは自分を挟んで堂々と世間話を展開する2人に嫌な予感がした。そろそろと、後ろを振り向く。だが、ちょうど悟と世間話をしていた人物の階段を下りる音が聞こえたところだった。ほっとしたような、残念なような不思議な気分である。

「さてと、アレクさん。申し訳ないけれど、ちょっと失礼しますね。良ければこれで各人と遊んできてください。余ったら差し上げます」

 悟は、自然な動作で尻ポケットから財布を取り出した。そして、まさかの野口さんにご対面である。この年になって、駄賃を貰うのも微妙な話だったが、その値段も微妙過ぎた。

 かんかんかん。悟の下りる音を聞きながら、アレクはなおも自分を見ていたらしき各人と顔を見合わせる。

「行く?」

 こくりと、小さな頭は大きく頷いた。


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