あまりに唐突な転移
「はぁ…」
見知らぬ西洋風の街並みの中で、少年は溜息をついた。
狩村 傑は現役高校一年生、今日も今日とて母校へ登校中だった…
…はずだったんだが。
「異世界召喚…ってヤツか?」
ほんの1時間前にゴミ溜めの中で目を覚ました傑は、ようやく状況が飲み込めてきた。
ちょっと裏道から外を覗いてみたら、いわゆる亜人とか獣人とか呼ばれてそうな人間がゾロゾロと歩いているのが見える。。
メイクか何かには見えなかったし、それに…
「あんなバカでかいトカゲ、地球上にいないよな?」
馬と同じくらいの大きさのトカゲが馬車を引いている。なかなかファンタジックな光景だ。
…全く現実感がない。
「…夢でも見てんのかな」
そう思ってしまうほど、あまりに唐突な転移だった。
ここにくる直前の記憶がうやむやだ、学校に向かう途中だった記憶は…
「ラノベで読んだみたいにチート能力があったりは…」
傑は目をつぶり、両手に力を籠める。
そう、あの超国民的漫画の必殺技のように…!
「ハワーッ!」
………
両手を前に突き出しても、何かが起きることはなかった。
「…まだチート能力を隠し持ってる可能性はあるよネ」
状況に悲観してても意味はない、とにかく今は情報を集めたいところだ。
そのためには聞き込みをしたいのだが…
「あ、あのー」
「…?〇△■×▼◇?」
「す、すいません…」
話しかけた男が何を言ったか、傑にはさっぱりわからなかった。
彼だけではない、表通りを歩く人の中に傑が理解できる言葉を話している人間は1人もいなかった。
言葉が通じない…想像はしていたが、つらい事実だ。
「こういうのって普通翻訳されるんじゃねーの!?」
大声を上げた傑に、視線が集中する。
言葉が通じなくてもわかる、明らかに不審な人物を見る目だ。
「あー…帰りてえ」
自分を召喚した女神もいないし、事情を説明してくれる召喚士もいない。
というか、自分がここにいるのに誰かの意思があるのかもわからない。
気がつかない間に次元の狭間に落ちた可能性も…
「×▲〇◆□×●!」
「…ん?」
前から鎧を着た男が大きな声をあげてこちらに向かってきている。
彼は衛兵だろうか?そうだとしたら何か事件でもあったのか。
鎧の男はズカズカと傑に近づいてきて…
「◆□■×▼◇!」
「へ?」
…むんずと腕を掴まれた。
鎧の男は傑の耳元で何かを叫んでいる。
「×▼×▲〇◆!」
「え?え?え!?」
突然の状況と未知の言語で頭が埋め尽くされ、混乱する。
だが、この状況は、明らかに、まずい状況で…!
「うわあああああああ!?」
「×▲〇◆□×●!?」
咄嗟に男の手を振り払い、逃げる…!
何で急に、こんなことに!
とにかく、裏路地に戻る。後ろから鎧の男が追いかけてくるのがわかる!
「クッソぉ…!」
逃げる道も分からないまま、逃げる意味も分からないまま、路地裏をジグザグと曲がる、曲がる、曲がる!
見覚えのない道に、吐き気がする。ほんの少し前には、見知った街の、見知った道を歩いていたのに!
「なんで、こんなことにッ! …?」
見覚えのある場所に、足が止まる。
そこは、召喚されたゴミ捨て場で…
「…ッ!!」
一瞬躊躇した後、傑はゴミの中に飛び込んだ。
そして、ゴミの中で息をひそめ…!
「×▼×▲〇◆!」
「…!」
傑は口に手を当て、声が漏れないように息をひそめる。
鎧の男は少しあたりを見渡して、すぐにその場を去った。
…が、傑はゴミの中から出ることが出来なかった。
「フーッ…!フーッ…!」
外の世界が、怖い。
見知らぬ世界が、言葉の通じない人間が、敵意を向けてくる人間が怖い…!
異世界転移と言えば聞こえはいいが、その実態はただの拉致。
この世界で異物の傑は、孤独だった、無力だった。
孤独で無力な傑には、不安なままゴミにまみれて、眠っているのが限界だった。
「…ぅ」
ふいに疲労で、睡魔がおそってくる。
そのまま、睡魔に抗わずに目を閉じた。
夢だったら、覚めてくれ。
「…ぁーあ、皆勤賞、取り損ねたな…」
それだけが、誇りだったのに。
××××××××××
「▲▼〇◆!」
「…ぁ?」
騒がしい声で、目が覚めた。
何事かと思い、バレないようにゴミの中から外を覗き見る。
「×▼●〇!」
「………」
…ガタイのいい男がこちらに背を向けて、ローブを頭から被っている女の子の前で声を荒げている。女の子はぐったりとしていて、普通の状態ではない。
言葉はわからないがわかった、明らかに揉め事だ。
「…どうする?」
そう口から洩れたが、答えはすでに決まっている。
…無論、無視だ。
思うところは色々あるが、今の傑には手を出す理由も、力もない。
ゴミの中で、事が過ぎるのを待つしかなかった。
そう、思っていたのに…
「…ぁ」
「!?」
…少女と、目が合ってしまった。
罪悪感が、心に浮かぶ。
だが、仕方ないんだ。だって自分は少女と同じくらい、いや、少女より弱いかもしれない。
日本でぬくぬくと、それなりに楽をして生きてきて、喧嘩もしたことがない自分が、あんなガタイのいい男に勝てるわけがない。
そもそも、彼女も悲惨な立場にいるが、傑だってだいぶ悲惨だ。
急に異世界に拉致され、見知らぬ土地で言葉も通じず、理由もわからず追いかけまわされ、今はゴミにまみれている。
そんな自分に彼女を助ける義務はない、はず、そう決まってる。
だから、こうやって、ゴミの中で震えてても仕方がな…
「…て」
「え?」
…ちょっと待て、今、彼女は…
「…けて」
彼女が言ったのは、確かに、聞き覚えのある…
「…たすけて」
…日本語だった。
「………」
急に、ふと、ムカついてきた。
何故、自分はこんなゴミの中で限界を決めているんだ?
自分が悲惨なことを建前に、彼女を救うのを諦めてるんだ?
…なぜ、日本へ戻れる手がかりを、この男は消そうとしているんだ?
「ふざけんな…!」
色々な鬱憤が、激情が、嫉妬が、目の前の男に向かう…!
ココが自分の限界のはずはない。だって、手がかりが自分から来てくれたじゃないか!
とりあえず、この男をぶっ飛ばして彼女から話を聞く!
「けど、どうする…」
このまま後ろから奇襲するのが最適なような気もするが、いかんせん状況がよろしくない。
ゴミの中から音を立てずに潜り出るのは不可能だろう。
となると道は2つ、気にせずゴミの中から飛び出るか、ゴミの中から男を攻撃するかのどちらかだ。
…ふと、手の届く範囲に球のようなものが触れた。
「…これを投げるか」
相手の意識外からコレをぶつけて、相手が怯んでいるうちに男をボコる。彼女も一緒にボコってくれるかもしれない。…望みは薄いが。
「▲▼〇◆!!」
男の声のトーンが上がる、そろそろ限界だろう。
…緊張で、心臓が張り裂けそうだが、それと同時に男への敵意も上がっていく。
もはやコレは男への敵意なのか、現状への憤りかもわからないが、その気持ちを球に込めて、投げる!
「喰らえっ!」
投擲した球は、まっすぐ男の首筋に吸い込まれていき…
「□●〇!?」
「よし!」
男はもんどりうって倒れた。
傑は追撃のためゴミの中から飛び出す。
よっぽど当たり所が悪かったのか、男の首から血が流れていて…
「いや、流れすぎじゃね?」
「×□〇▲!?」
流れる、というより噴出している血はあっというまに大きな血だまりを作り、あたりを真っ赤に染める。
男は顔を引きつらせながら首筋を抑えながらもんどりうっている。
「う…」
そのあまりに凄惨な光景に、傑の戦意が下がる。
…ともかく、男にこれ以上攻撃する必要は無さそうだ。
「逃げるぞ!」
「…!」
傑がそう叫ぶと、彼女もふらつきながら立ち上がる。
それを確認した傑は当てもなく走り出す。
「ところで、お前は…アレッ!?」
後ろを振りむくと、彼女は傑とは全く別な方向へと逃げ出していた。
たしかに一緒に逃げようとは言わなかったが…
「こういうのって普通一緒に逃げんじゃないのォ!?」
追いかけて日本語を喋れる理由を聞きたいのだが…
あいにく、チラッと男が立ち上がろうとしているのが見えた。彼女を追いかければ自然に男の場所に戻ることになる。
「リスキーな作戦は避けよう!」
仕方なく、逃げることを決めた傑であった。
××××××××××
「ハァ、ハァ…」
30分ほど走っただろうか、道はわからないが男と距離は取れただろう。
疲労で足がすくみ、膝をつく。…だが、不思議と満ち足りた感覚だった。
「しっかし、俺に投擲スキルがあったとはね」
ただのけん制であそこまでダメージを与えられるとは思ってもいなかった。
…かなり不自然な結果だと言わざるを得ない。
「ひょっとしてこれがチートスキル?」
投擲攻撃は威力2倍、とかが無意識に発動したのかもしれない。
正直地味だが、何もないよりは断然マシだ。
「ま、いぶし銀な能力で嫌いじゃないかな」
そうだ、検証のためにもう一度実験してみよう。。
傑は足元に落ちている小石を拾う。
拾った小石が手の中で、雷のようなものが走って…
「…は?」
手に握った小石が、バチバチと音を立てて変形していく。
呆気にとられる傑を尻目に、小石は変形を終え…
…悪趣味な装飾の、棘鉄球へと変貌した。