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8宴


 ***


 気に入らない。

 とても、気に入らない――。


 王弟ジェラルド・リ・フィオネルの愛娘ミリート・リ・フィオネルは、王族特有の紅玉色の瞳を細めた。その鋭い視線が捉えるのは、先日の夜会でミリートの敬愛する従兄が連れ去った焦茶色の髪の娘だ。


 娘は、夜会の席でこそ見苦しくない程度に着飾ってはいたけれど、煌びやかなドレスを脱いだ今は、マリーというその名にふさわしい、ごく平凡な容姿を晒していた。特別美人というわけでもなければ、その逆でもない。焦茶色の髪もそれより暗い色の瞳も世間にはありふれたもので、たとえ挨拶を交わしていたとしても、記憶に残りはしなかっただろう――リシュリアが連れ去りさえしなければ。 


 シェンナと話し込むマリーの横顔を見つめ、ミリートは扇子を握りしめる右手に力を込めた。


 こんな娘が彼の好みだというのだろうか。



 あの夜、その瞬間までミリートはリシュリアと共に談笑の輪にあった。

 だから見てしまった。彼があの娘と立ち去る一部始終を。


 その夜会は、第一王子ジュリス・リ・フィオネルが遠征から戻ったばかりの魔王討伐軍を労い催したものだった。

「慰労なんて良いから休ませて欲しい」

 そう零すリシュリアを宥めながら、ミリートを含む王立魔術師の顔ぶれも列席した。


 豪勢な料理で空腹を満たし、絶え間なく届く称賛にはにかんだ。

 そうして宴も中ごろを過ぎ、そろそろミリートも退席しようかとしていた時だった。

 リシュリアの瞳の色が、ふと変わった。

 違和感を感じて話しかけようとしたけれど、リシュリアの意識はどこか別のところにあるようにかわされてしまった。

 リシュリアは護衛騎士クインに何事かを耳打ちすると、別れの挨拶もほどほどに、とある娘のもとへ向かった。

 その頃にはほとんどの客人が酩酊し、散会の相談を始めていたから、注視していたのはミリートだけだっただろう。


 リシュリアは娘のそばによると、その肩を抱いて、数えるほどの言葉をかわし、会場の外へ連れ出した。


 誰だろう。

 知り合いには見えなかった。

 だから、具合の悪そうなその娘を気遣ってのことだとミリートは思いこもうとした。

 けれど彼は、戻らなかった。

 とうとう朝になり、痺れを切らしたミリートはリシュリアのもう一人の側近ゼネルに問いただした。王立魔術師団の長であるゼネルはミリートの上司でもあったのだが、そんなことは関係なかった。


 地位に奢ることなく、上品で穏やか、その上魔術の才にあふれるリシュリアに心を惹かれる女性は少なくない。

 しかしリシュリアは、どんな才女に言い寄られようと応えることはなかった。いつ命を失ってもおかしくない立場だからと婚約者すら立てず、魔王討伐にのみ邁進していた。


 そんな彼が女性と姿を消すなんてこと、今まで一度もなかったのに。

 

 血相を変えるミリートに、しかしゼネルはいつもの通りの冷静さを以ってあたった。


「ご安心ください。ミリート様のご想像のような事態ではございません。あの娘の魔力が膨大でしたが故、殿下とわたくしとで保護をしたまでのこと。近日中にも皆さまにご紹介叶いましょう」


 その後すぐにリシュリア本人からも同様の説明を受け、ミリートはやっと落ち着きを取り戻した。

 しかしその頃にはもう王立魔術師の間では『あのリシュリア殿下に恋人が出来た』などという噂が立ってしまっていた。


 そうして、噂というものには往々にして尾ひれがつくもので、いつの間にかその娘は、リシュリアの弟子なのではないかと囁かれるようになっていった。


 ミリートは噂の真偽をリシュリアに尋ねてみた。

 リシュリアは少し驚いたようにして、しばし考えた後「弟子か。それはいいかもしれないね」とだけ返してきた。

 それからすぐのことだった。リシュリアがマリーを弟子だと公言し始めたのは。



 ――なによ。普通の子だわ。


 そう思うミリートの隣に、魔術師仲間であるエゼルがふらりと並ぶ。


「そう睨んじゃあ可哀そうですよ」

「睨んでなんかいません」


 ミリートは赤毛の魔術師のにやついた顔を一瞥した。

 いつだってふざけた男だが、口惜しいことに魔法においての実力は、彼の方がはるかに上なのだった。

 ミリートが得意とするのは適用範囲にいる仲間の魔力を増幅させる魔法――いわゆる補助魔法で、戦力とは言い難かった。

 その歯がゆさからミリートは、王立魔術師の精鋭――魔王討伐軍に名を連ねた今でも勉強と修練を続けていた。


「でも、怖いお顔されてますよ」

「もともとですわ。放っておいてください」


 エゼルの軽口が、いつにも増して憎らしかった。

 ミリートは、他の団員たちと作戦を立案しているリシュリアの背を見つめる。

 

 多忙であるはずのリシュリアが手ずから魔法を教えているというマリーの実力は、いったいどれほどのものなのだろう。

 ミリートですら、リシュリアから魔法を教わったことは数えるほどしかないのに。

 マリーに寄せられているリシュリアの期待が透けて見えて、ミリートは歯噛みする。


 エゼルと手合わせをしてくれれば良かったのに。リシュリアが止めに入っては、いくらミリートでもけしかけることは出来ない。

 

「強敵が出てきてしまいましたね」


 からかうようにエゼルが笑う。


「負けるつもりなんてありませんわ」


 差があるなら埋めればいいだけのこと。

 ミリートは、きっぱりと言い切ってみせた。


 


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