1.英雄
初投稿です。拙い文章ですが、少しでも楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。
約2000年前、人類は絶滅の危機に陥った。
原因は魔族の侵略である。
脆弱な人間と違い、魔を司るその生き物は非常に強い力と生命力を持っていた。
人間のちっぽけな魔法など効果があるはずもなく、ただ蹂躙され、奴らに惨殺されるのを待つのみとなる。
多くの人間が絶望に瞳を濡らし、死という運命を受け入れようと脱力する。もはや生きる気力は失われ、自ら命を絶つ者まで現れた。
そんな中、理不尽な運命に抗おうと藻掻く人間が何人か現れた。
彼らは人々を励まし、自殺を止め、無理やり生きながらえさせながら、自らを鍛えていた。
しかしそれでも結果は変わらず、魔族の進行は止められない。果敢に敵の眼前に立ち塞がるも、小石を蹴飛ばすが如くいとも簡単に蹴散らされていた。
幾度も、幾千もの犠牲を払い、彼らはようやく気づく。個々の力をいくら伸ばしたところで、奴らに敵うはずはないと。
力を合わせなければならない。全人類で協力しなければ、人間は間もなくこの世から絶滅してしまう。
彼らは身を寄せ合い、知恵を出し合い考えた。どうしたら魔族に勝てるのか。人間が生き残る道は何処にあるのか。
考え考え、思いつく限りの全てを実行し、幾度となく魔族へ戦いを挑み、新たな犠牲を何人も出して。
そして遂に作り出した。
魔族に対抗し得る、魔族を殺すことのみに特化した人間の努力の結晶、対魔武具を。
完成した対魔武具を振るう人間は、正しく一騎当千の活躍を見せた。
迫りくる魔族を薙ぎ払い、反撃ののろしを上げる。闇の中に光明を見た人間の快進撃は確かに魔族の首を締めていった。
その後約500年掛け、人間の刃は遂に敵の親玉の喉元を捉えた。魔族を統べる者、魔王を討ち滅ぼしたのだ。
魔王を討った人類の救世主は、感謝と誉れ、羨望と尊敬...その他全ての良感情を込められた代名詞、勇者として後世に語り継がれることとなる。
勇者の活躍により統率者の消えた魔族の瓦解は早かった。徐々に地上から数を減らし、魔王打倒から更に200年程で完全に姿を消した。人間の完全勝利である。
人間は毎日の様に宴を開いた。日々酒を飲み、隣人と肩を組んで踊り、歌い、再びの平和を謳歌した。
そして更に時が流れ、魔族との戦争を経験した人間のほぼ全てが土に還り、新たな世代が世を担っていく。
何度も何度も世代交代を重ねる内に、魔族への恐怖は軽薄になり、勇者の存在は伝説となる。
人間は彼らの英雄譚を肴に酒を飲み、恐怖などまるで感じない平和な時を過ごしていく。
そして何年、何十年、何百年と時が経った頃だった。
突然、再び魔族が地上へ現れた。
何処から湧いたのか、そもそも本当に存在したのか。そんな疑問を口にする間もなく、またしても人間は追い詰められた。
加えて魔族は賢しく、彼らの敗北の要因となった対魔武具を世界のあらゆる場所に封印した。
新たな対魔武具を生み出そうとした人間だが、その方法を知るものはいなかった。平和そのものだった世にそれは必要なく、元々あったものが引き継がれるのみとなっていたのだ。
人間は絶望した。魔法の文化すら衰退し、魔族に抗う術が存在しなかったのである。束の間の平和はいとも簡単に瓦解し、再び絶望のドン底へと叩き落とされた。
幸いにも全ての人間が殺された訳ではなかったが、生き残った者たちは魔族に管理される事となった。
労働を強いられ、学ぶことは許されず、ただ彼らの言いなりとなる毎日。過労で死ぬ者も少なくなかった。
だが、この状況に甘んじているだけの人間ではない。彼らに力はなかったが、知恵を振り絞った。
解決策を考え、悩みに悩み抜き、一筋の光明を見出す。
曰く、封印された対魔武具の奪還。
人間は直ぐに行動した。しかし魔族がそれを黙って見ているはずもなく、人間は多大なる犠牲を払う事になる。
多大なる犠牲は払った。多くの同胞を殺された。それでも諦めない人間が、一筋の光に必死にしがみつこうとする人間が、再び人間の希望となる。
遂に、対魔武具の1つを手にする人間が現れたのだ。
彼は怒りに任せて武器を振るった。目に付く憎い化け物を殺し、殺し、殺して殺して、更に殺した。
そして彼は、1つの小さな町を、魔族の手から取り戻した。
勝利の雄たけびを上げる人間。小さな一歩ではあるが、彼は確かに快進撃への一歩を踏み出したのだ。
勢いそのままに、彼は更に次の町を奪還に向かい、たった1人でそれを成し遂げた。
喜びに打ち震え、それを分かち合うために、彼は最初に取り戻した町へと帰還し...己の愚かさと、想像以上の魔族の賢しさに歯噛みし、拳を地に叩きつけた。
少し前まで勝利を叫び、感動の涙を流していた奇跡の場所。
それが今では赤く染まり、見せしめかのように蹂躙されていた。
町の至る所に人だったものが転がり、地は血で染まっている。酷い匂いに鼻を犯され、英雄は嘔吐した。
彼は気づいた。彼独りでは何もなし得ない事に。
暫くして、彼は立ち上がる。憎しみを、憎悪を怒りを動力とし、力とし、守るべき場所へと帰って行く。
彼独りでは何も出来ない。なら、人手を集めればいい。
幸い、彼には1つの町を守るだけの力があった。だから彼は町を守った。
もう二度と奴らには渡さない。もう何も奪わせない。力をつけ、必ず奴らを滅ぼしてみせる。何年かけても、何十年かかっても。
・・・『コントラッタ王国 建国記』 序章
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「...ふぅ、こんなもんかな」
そう呟くと、少年はペンを置いて伸びをした。長時間同じ姿勢で座っていたために凝り固まった体がバキバキと悲鳴を上げる。
「.......よし、まぁいいや。今日はここまでにしよう」
一度自身の作品を読み返し、おかしな点がないかをチェック。一先ずは納得すると、ゆっくりと立ち上がる。
タンスから制服を取りだし、着替え、身だしなみを整える。洗面所に行き、ボサボサな青みがかった髪をある程度整えると、家の外へ。
玄関を出てすぐの所に置いてある桶を持つと、いつもと同じように井戸へと向かい、水を汲んでまた自宅へ。
保存用の容器が一杯になるまで水を注ぎ、残りはまた別の容器へ。
その容器を使い、花壇で健気に咲き誇る花へ水やりを行う。この容器は自作のもので、水を出す部分をあえて細くすることであげすぎを防ぐことができる。自信作だ。
「おはよう。元気?」
優しく話しかけながら、今日も花を育てていく。物心付いた時から行っている少年の日課だ。
「...そうだね、昨日の夜は冷え込んだね。みんなよく耐えたね。ありがとう」
五分ほど花たちとの会話を楽しむ。少年にとって唯一の癒しの時間だ。
「...それじゃ、そろそろ行くね。また後で」
名残惜しそうに立ち上がると、少年は歩き出した。向かう先はこの街で唯一の育成機関だ。
本当は行きたくない。だが、行かねばならない。世の不条理に不満を抱きながらも、反抗する勇気などなく、今日も少年は重い体を引きずった。
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「昨日の遠征班が洞窟を見つけた。おそらく対魔武具が封印されている」
「「「「「!?」」」」」
『コントラッタ王国』のちょうど中心に位置する若い人間を育成する機関...学校に到着した瞬間、魔法によって爆音で届けられたニュースの内容は衝撃的なものだった。
同じくこの放送を聞いていた者たち(街中に響き渡るほどの爆音だったのでほぼ住民全員)はしばらくして内容を飲み込むと、ザワザワとし始めた。
それは青髪の少年も同じで、突然の一報に混乱を隠せずにいた。
「そんなとこに突っ立ってないでくれる。邪魔なんだけど」
「あ、す、すみません...って、ユミか、おはよう」
「なんで朝からベニの情けない顔見なくちゃなんないのよ...さっさと退いてくれる?」
「それよりさっきの聞いた?すごいね、対魔武具を見つけたんだって!」
「ついてこないで」
呆然と立ち尽くす少年...ベニに声をかけたのは、腰まで伸びる艶やかな黒髪が特徴の美しい少女、ユミだ。
スラリとした美しいボディだが、出るとこはしっかり出ているわがままボディ。非常に整った顔立ちもあり、男女問わず多くの人間から好かれているアイドル的存在だ。
「洞窟って言ってたよね。中まで見たのかな?また別で調査団とか組むのかな??誰が選ばれるのかなぁ???楽しみだなぁ〜〜〜」
「朝からうるさい。どうせベニは選ばれないんだから大人しく花に水やりでもしてなさい」
「そ、そんな事ないって、ぼくだって少しは...」
「あんたがいても足でまといなだけよ。大人しくしてなさい...あ、コトハ!おはよう!」
友人を見つけて元気に駆け出すユミ。ベニの時とは態度が大違いだ。
彼女は人当たりが良く、人付き合いも非常に上手なのだが、幼なじみであるベニにのみ何故か当たりが強かった。昔は2人でよく遊び、よく笑う子だったのだが、こんなにツンとしてしまったのはいつからだっただろうか。
確信めいたユミの言葉に気分が沈むベニ。無言でとぼとぼ校舎内を歩き、目的の教室へと辿り着く。
席に着くと、一度深くため息をついた。また退屈な一日が始まるのだ。そう思うと、彼は憂鬱な気持ちを吐き出さずにはいられなかった。
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「明日、対魔武具が封印されていると思われる洞窟に調査隊を派遣します。その調査隊はここにいる30人の中から5人を選んで送り込むことになりました。」
「「「「「!?!?」」」」」
長い銀の髪を見せつけるように入室する女性。自他ともに認める学校のマドンナ教員、フィルが教室に入ってくるなり告げた言葉は、そんな衝撃的なものだった。今日は衝撃的なことが多い。
「色々聞きたいことはあるでしょうけど、まずは聞いてください。順を追って説明します」
普段であれば皆がこぞって挨拶の言葉を飛ばすのだが、今日はそんな余裕のある生徒は一人もいないようだ。
当然と言えば当然だ。フィルがもたらした情報は、彼らの命の存続に関わる程の問題なのだから。
「まず件の洞窟ですが、この『コントラッタ王国』から西へ約2キロ程離れた場所にありました。遠征班は万全を期す為に中には踏み入らず、急いで帰ってきたようです。なので、中の様子は何一つわかりません」
「...先生、んならなんであー「なら何故対魔武具が封印されていると考えたのか、という疑問を持つと思います」...」
誰かが疑問を口にしようとしたが、それを強引に引き継いだフィル。生徒には一言も喋らせないとでも言いたげに完璧に重ねてきた。
言葉を発しようとした生徒は不完全燃焼感に襲われる。挙げた手は行き場を失い、口も半開きのまま固まってしまう。
「残念ながら確信はありません。何せ確認していないのですから。それでも、そこにある可能性にかけなければいけないほど、我々人間は切羽詰まっているんです」
「...」
「中がどうなっているかもわからない。求めている物がある確証もない。しかし、そこへ踏み入ることは我々人類にとって必ず大きな一歩となる。王様はそうお考えです」
澱みない言葉。そこには確信と、有無を言わせぬ圧力が込められている。
『コントラッタ王国』は王によって統治される国だ。今回のような重要な事はだいたい王が決める。
今の王はかなり積極的だ。毎日遠征班を派遣させると決めたのも代替わりしてすぐの頃であったし、まだ若かった王はその遠征班に加わろうとするほどだった。
「次に、なぜ5人なのか、何故学校の生徒から選ぶのかですが、これについては私の発案です。そして私の案ということは、私の教え子であるあなた達にも意図がわかるはずですね?」
「...国の最高戦りょ「まず1つは国の最高戦力である騎士団は国に残らなければならないからです」...うぅ...」
今回は遮られないのでは?そんな期待を胸に言葉を発したが、そんな訳がなかろうとでも言うように言葉を重ねるフィル。生徒は机に突っ伏してしまう。
その生徒に流し目を送りつつ、フィルは続ける。
「現在我が国の人口はおよそ200人。そのうち、戦闘を行えるのはあなた達と騎士団、それと私のような国の重役の何人か。合わせておよそ70人程度しかいません。私たち戦闘員は、非戦闘員を1人で2人は守らなければならないのです。そんな状況の中大勢を国の外に出す訳には行かないですし、守護の要でありながら20人しかいない騎士団を送り出す訳にはいかないのです。そこであなた達に白羽の矢が立ったというわけですね」
「...捨て駒、ですか」
「言い得て妙ですね」
今まで黙って聞いていたベニが呟いた。大きな声ではなかったものの、それは確かに教室中に伝わり、もちろんフィルの耳にも届く。そしてその呟きに対する反応は、否定ではなく、肯定に近いものだった。
...何やら視線を感じるが、恐らく気のせいだ。言葉を遮られなかったくらいで嫉妬される、なんて事はないだろう。まさかね。
「正直に話しましょう。騎士団と比べて、あなた達はまだまだ弱い。国民を守るには力不足です。ですが、もし対魔武具を手にすることができれば、忽ち人類の希望となります。先程は捨て駒と言っていましたが、私はあなた達を捨てるつもりはありません。あなた達なら必ず成功する。大いなる力を得て、必ずや人の希望と成りうる。私の教え子であるあなた達なら必ず成し遂げられる...私は、そう信じている。だからこその提案です」
饒舌に語るフィル。耳障りの良い言葉をずらりと並べ、若き命を手玉に取る。これは指導者には必須のスキルであり、フィルのその手の才能はずば抜けていた。彼女はこの武器を評価されたことで、教師という地位へ立っている。
生徒達もわかっている。都合良く使われようとしているだけだと。しかし、それでもいい。例え駒として利用されているだけだとしても、力を得れるなら何でもいい。
気分が高まる。興奮を抑えきれない。
「さあ、反逆のときです。我らを苦しめ、不自由を強いてくる魔族共を殺しましょう」
憎き奴らを殺せるなら。敵を殲滅できるのなら。
「そして人間の希望となるのです。かの偉大なる先人、『解放の英雄リベラ』のように」
今も苦しめられ続け、地獄の底で彷徨うか弱い命に、手を差し伸べてやれるなら。
「勇気を出して進みましょう!伝説の勇者の如く、前だけを見つめて自由へと!」
「「「「「うおおぉぉおぉぉぉおおぉぉお!!!」」」」」
怖いものなど何も無い。ただ愚直に、真っ直ぐに、彼らは正義の力を追い求める。
例えその道が、針山のように険しくとも。
「...ぅえっ、気持ち悪い...」
誰もが興奮の雄叫びをあげる中、ただ1人、青髪の少年だけは口元を抑えて机に突っ伏していた。
いかがでしたでしょうか。だいたい1話につき5000から10,000文字くらいで投稿しようと思っています。よかったらブクマしてね