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二章  声が聞こえたら、一歩だけ踏み出せ 3

 三


 苦節、数週間にして、ようやく一つの書き込みがあった。これまでの努力が実った瞬間でもあった。「鈴」という女性だった。どうやら実写PVに興味があるらしい。俺が昔作った動画のリンクをたどって、ミクシィのコミュニティにたどり着いたという。

浜松市に住むという鈴さんは、時間がある時に一度顔合わせをしたいとのことだった。プロフィール写真を見る。俺はビックリした。鈴とは大学時代の同級生の鈴原ミコトだった。俺が大学時代に恋い焦がれたが、彼女は中途退学していて、連絡もできずそれっきりになってしまっていた。

なんて奇遇だ。彼女も俺の顔写真を見て気づいているんじゃないだろうか。そう思った。

 俺は仲間ができそうな気配を感じて、毎日のようにメッセージを送った。

『こんばんは。鈴さん。コミュに興味を持ってくれてありがとう。もしよかったら少し話しませんか?』

『ヒロシさん、こんばんは。LINEでメッセージを交換しませんか?』

 割とアッサリと話は進んだ。そうして同じ大学の話をした時、お互いがお互いである事に自覚的になった。

 LINEという連絡の取れるアプリがある。会話形式で複数の登録メンバーとメッセージを送信できるサービスで、年を気にせず、多くの人が使用しているサービスである。

 イメージとしてはMSNメッセンジャーやスカイプのメッセージ機能などのサービスに近いと思う。電話回線よりも音質のいい通話機能もあるので便利だ。

『ヒロシさんは、昔、JACK.ってバンドでギターをやっていませんでしたか?』

 俺はそこで確信に変わった。やはり鈴さんは鈴原であると。

『やっぱり鈴さんは鈴原ミコトさんなんですね? お久しぶりです。JACK.の平松です。もしよかったら会いませんか?』

『では二月十日に浜松駅改札で午前十時に集合しましょう』

『いいですね。ではその時間にお待ちしています』と相成った。今日は浜松駅で待ち合わせ。雲ひとつない真っ青な空が広がっている。肌寒く、息は白い。

「あれから、どんな風に変わったかな? 美人になっているかな?」

 不安と楽しみで高鳴る胸の鼓動が抑えきれない。俺はLINEや携帯で会話をしたとしても、顔写真は交換しない。

 どっちみちキレイに撮れている写真しか送ってこないから、実際に会ってガッカリする事を恐れたからだ。

 ネットで出会った女子とのやり取りから理解したことだった。ミクシィコミュの参加者もたいして変わらないと思う。なにより今日は相手の素性を知っている。

 そうして、待ち合わせの時間になり改札を降りてくる女性。LINEで知らせてくれた服装と合致する女性を見つけた。やはりそこには昔、俺が恋い焦がれた女性が立っていた。

「鈴原さんじゃないか」

 その女性は確かに鈴原ミコトだった。白いワンピースにベージュのコートをまとい、きらびやかな茶色のロングヘアがしっくりくる。

 けして顔立ちはものすごく美しいわけではない。あえていうなら十人並み。でもその人当たりのいい笑顔は魅力的だ。ふっくらとしたその丸顔も体型も正直言って、俺の理想に近い感じだった。角ばっていない女性らしい体型をしている。

背丈は少し高くて、ブーツを履くと、俺と同じくらいの身長になっている。割と体は大きめで頑丈そうな印象を人に与えるな。と思った。

 そんな俺が大学時代にずっと恋い焦がれた女性が立っていた。彼女は大学を中退してしまったから、告白する前に俺の前から姿を消してしまった。

 まさかこんな形で再開するとは思わなかった。まるで運命みたいだ。ミクシィコミュで出会った女の子が、昔ずっと憧れていた鈴原さんだなんて。希望しか感じないような出会いだ。

「平松君じゃない。私の事、覚えてる? 久しぶり~」

 茶色のロングヘアがすごく似合っていて素敵だと思った。

向こうも俺の事を覚えていたらしい。久しぶりの再会に話は弾んだ。彼女が大学を辞めた三年生までの思い出話に花が咲いた。

 大学時代、一緒に「JACK.」というバンドをやっていた事。彼女がボーカルで俺はギター。自分たちで撮った実写PVの事。それから彼女が辞めた後の大学の事や、彼女が辞めた後にしてきた事とか、なんでも話すネタは尽きる事がなかった。

どうやら、初めから鈴原はミクシィの募集記事をあげている俺の事に気づいていたようだった。それとなくその話をすると、サプライズは会った方が面白いじゃないと笑った。

 楽しい時間だった。駅近くのファミリーレストランで食事をとりながら、話は面白いくらいに膨らんでいった。

大学時代は楽しかった。あの頃はよかったなぁ、とすら思う。鈴原と話すと、あの当時の事が頭の中を駆け巡ってなんだか幸せな気分に包まれていくみたいだった。

「平松君は動画の才能があるよね。今も何か撮っているの?」

 鈴原はそう切り出してきた。

「自分の音楽のPVを作っているんだ。鈴原も一緒にやらないか?」

 鈴原は、一瞬、言葉を止めると、俺の目をじっと見た。

「また音楽のPVを作るんだ?すごいじゃん。手伝わせてくれるなら、一緒にやりたいな」

 鈴原は俺の事をわかってくれる唯一の女性なんじゃないかとすら思ってしまう。

 一緒にまた共同作業ができたら楽しいだろうな。目の奥が熱くなるのを感じた。

「平松君は今、どんな仕事してるの?」

 そう聞く彼女に「充実感のある仕事だよ。自動車部品工場で管理職やってるんだ」

そう答えることにした。とてもブラック企業で社長のイジメの標的にされているなどとは言えなかった。嘘をつくことに、ちくりと良心が痛んだ。自分の小さなプライドを守る事。そんな事に意味があるとは思えなかったけど、彼女の前でカッコつけたかったということは否定できなかった。

「私はね。今は雑誌でライターやってるんだよ~。バンドのライブを追っかけて、ライブレポ書いたり、PVを紹介したりしてるんだよ~。だから平松君のPV興味あるよ」

 そういう彼女は満面の笑み。本当に仕事が楽しくてしょうがないといった様子だった。まるで俺とは正反対だな。そう思った。でも彼女ともう一度会えたのはうれしかった。

帰り際に連絡先を交換して、また遊びに行こうと声をかけた。次の約束をその場ではしなかったが、連絡が取れる予感があった。

「平松君の手って真っ黒だけど、仕事している人らしくてカッコいいね。また動画撮りなよ。私は平松君の撮る映像の大ファンだったよ。今だから言うけどね」

 鈴原さんは別れ際にそう言った。俺は卒業後も動画を撮り続けていたけど、芸術性のある映画を撮ってきたわけじゃなかったし、PVのようなものを撮ってもいなかった。楽しいデートだった。

午前十時に駅に集合し、昼飯をアクトシティ内のベーカリーで食べた。そのあとは、街をブラブラと歩きながら、ずっと話をしていた。

 俺はあまり浜松駅前に詳しいわけではなかったので、どちらかと言えば、彼女にリードされている形になっていたようにも思う。役割分担が逆だったな、と自嘲してしまった。

 なんだか無性に、物を作りたい。自分のできる表現を、世界に発してみたい。

「撮るよ。だからまた鈴原さんに俺のとった映像を見てほしい」

 手を振る彼女に向かってそう言った。声が聞こえたのかは分からなかったが、少し彼女はうれしそうな顔をしていた。

 帰宅すると俺は作曲を始めた。青い鳥の歌詞はテキストファイルに落とし込んである。曲は既に頭の中にあった。大まかな構想や曲調は決まっている。

後は音源として落とし込むだけ。

 俺はメインPCの前に座り、DTMデスクトップミュージックDAWデジタル・オーディオ・ワークステーションソフトの「SONAR X2」を起動した。

 俺はギターもキーボードも弾けるので、曲を形にするのにはさほど時間はいらなかった。ただ、ドラムの打ち込みだけは面倒くさいなと思っている。MIDIキーボードからDAWソフトに落とし込む時にはリアルタイム入力が可能なのだけど、

 どうしてもドラムだけはうまく打ち込めないので、全部、手打ちでリズムを刻むことになる。強さから何もかもをパラメータや数値で管理するのは、結構手間なのである。

逆にいえばドラムさえ入力してしまえば、後は自分の頭にある楽曲をそのままPC上に落とし込めるのでそこは楽だともいえた。

 ドラムを打ち込み終わって、一息。だがそこからは思っていたように曲が作れない。実際に楽器を演奏してみると、頭の中にあるイメージと全然違う音が出てしまう。

なんだか暗礁に乗り上げた気がする。俺はパソコンを閉じると、コーヒーを飲んで、ベッドに横になった。

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