花火大会の御案内
初投稿です。
開いていただきありがとうございます。
拙い文章ですが、最後までお読みいただければ嬉しいです。
「花火か。」
テスト勉強のために入っていた喫茶店を出るとき、目の端にポスターが見えた。ポニーテールがちらりと頭をよぎる。いやいやないない。そんな残像を散らせるように彼は頭を振り、家に向かって歩き出した。
彼は鮎川清司、市内の公立高校に通う二年生。部活には所属しておらず、放課後はまっすぐ家に帰る、帰宅部の鑑のような男だ。
今は、期末テストに集中しないと。赤点取るわけにはいかない。
彼の成績は良いとは言えない。むしろ、悪い。特に数学。前回の中間テストでは赤点を取っており、今回のテストも赤点だったら夏休みに補習をすると、担任に釘を刺されている。
「おれの夏休みを潰されてたまるか。目指せ赤点回避!」
一人で呟くと、夜空に向かって腕を突き上げだ。
チリンチリン−
瞬間、自転車が横をすり抜けていった。清司はいたたまれない気持ちになって、腕を下ろした。
「ただいま。」
家に帰った清司は、荷物を部屋に下ろすやいなや風呂場へ向かった。
「微分は指数を一つ減らして…」
などと今日の勉強で覚えたことを呟きながら服を脱ぎ、浴槽に身を沈める。
はあぁ−
疲れをお湯に溶かすように手足を湯の中に漂わせる。清司は一日の中で、風呂の時間が最も好きだ。
「花火大会か。」
またもやポニーテールが目の前にチラつく。
清司も年頃の男子高校生、気になる女子がいる。その子は水泳部に所属し、プールの塩素で抜けたのか髪色の少し明るいポニーテール。そして、一つ前の席に座る田村絵美。ハツラツとした性格の彼女は他の男子たちからも人気がある。
「一緒に見たいなあ。」
清司の口から願望がこぼれた。しかし、清司は大人しい生徒で、絵美とはプリントの受け渡しで声をかける程度の仲である。一緒に見るなど夢のまた夢だと諦めたいが、なぜか諦めきれない自分に清司は驚いた。かといって、なにか行動を起こす勇気もない清司はモヤモヤした気持ちを抱えたまま浴槽から上がり、身体を洗って風呂場を出た。
✳︎✳︎✳︎
「おはよー。」
水色のパジャマに身を包み、眠気まなこを擦りながら食卓に着く。
「おはよ。朝ごはんすぐ出来るから、ちょっと待ってね。」
今日はハムエッグらしい。塩を手元に待機させる。
「まだ寝たいよー。」
朝から唸っているこの少女は、市内の公立高校に通う、田村絵美である。学年は二年生で、部活動は水泳部に所属し、レストラン『ピエール』でアルバイトをしている。朝が苦手でエンジンがかかるまではいつもこんな感じだ。
「はい。うだうだ言ってないで、早く食べて準備しなさいよ。」
母がハムエッグやご飯を食卓に置く。
「うぅ。いただきます。」
塩をまぶして食べ始める。半熟の目玉焼きを割ると、中からトロリとした、黄身が流れてくる。それをハムと白身にに絡めて口へ運ぶ。
「うまい!」
そう言うと絵美の手はとどまる事を知らないように動き続けあっという間に平らげた。
「ごちそうさまでした。今日も頑張るぞー!」
「いってきまーす。」
身支度を済ませ、リュックに学校の用意を突っ込んで、家を出ようとした。しかし、ドアノブに手をかけたところで、忘れ物に気づいた。チラシだ。昨日店長に友だちに声をかけてほしいと頼まれ、大量のチラシを渡されたのだ。ビニール袋に入ったチラシを取り、自転車のカゴに入れる。今度こそ出発だ。
学校には自転車で15分程だ。通学路は川沿いを通る。朝のこの時間は川から涼しい風が吹いてきてとても気持ちいい。今日は雲も少なく川面がキラキラと光を反射させている。
「泳ぎたいなー。早く部活したいなー!」
爽やかな風を背に受け、絵美はペダルを回す。
✳︎✳︎✳︎
次の日、清司が学校に行くと机の上にチラシが置いてあった。
《8月1日!○○商店街主催!花火大会!》
近くの商店街の花火大会の案内だ。今年から始まるイベントだ。この付近にも、大型のショッピングモールが建てられた。それに客を奪われた商店街の人達が考えた、逆転のための一大イベントらしい。母親がそんなことを言っていた。にしても、なぜ学校にこんなチラシがあるんだろう。
「鮎川君!今度私のバイト先がある商店街で花火大会やるから、興味あったら見に来てね!」
突然声をかけられ驚いたが、それ以上にその声の主が田村絵美だったことで頭が真っ白になった。
「う、うん。」
そっけない返事しか返せなかった。田村はじゃあねと言ってポニーテールを揺らしながら友だちのところへ戻って行ってしまった。どうしてもっと明るく反応できないんだ。自己嫌悪に苛まれながら席に着いた。
ガラガラ−
「朝礼始めるから席につけー。」
担任の先生が入ってきた。
✳︎✳︎✳︎
教室に入ると絵美以外に、3人ほど先客がいた。簡単に挨拶をすませると、絵美はチラシを配り始めた。朝礼の時間が近づくにつれクラスメイトが増えてきた。一つ席が後ろの鮎川君がチラシを眺めてる。興味あるかもしれない。
「鮎川君!今度私のバイト先の商店街で花火大会やるから、興味あったら見に来てね!」
鮎川君が目を大きく開けてこっちを見た。驚かせてしまったようだ。ごめんね。返事もそっけないし、興味なかったのかも。
「絵美ー。宿題やったー?」
離れたところから声がした。友だちの真由子だ。
「当たり前でしょ。」
「写させてー!」
切れ長の目を細くして、真由子が催促してくる。机の上には白紙のノートだけが広げられている。どうやら、自分で考える気はさらさらないらしい。私はカバンからノートを取り出して、真由子に渡した。
真由子とは中学校からの仲で、同じ水泳部に所属している。とても上手で大会で優勝したりもしている。
泳いでいるときの真由子はとてもカッコイイ。真由子が男だったら惚れてしまっていただろう。その一方で、宿題とか生活面ではだらしないところがある。ギャップというやつだ。切れ長の目も相まって、猫のようだ。とてもかわいい。
ノートを必死に写す真由子を横目に教室を見回した。朝から元気に遊んでいる男子たちや昨日のドラマの話をしている女子たち。その中、鮎川君がチラシを読んでいるのが目に止まった。もしかして、花火興味あったのかな。あとで声かけてみよ。
ガラガラ──
「朝礼始めるから席につけー。」
担任の先生が入ってきた。真由子にノートを預けたまま絵美は自分の席に戻った。
✳︎✳︎✳︎
今おれは夏休みに補習を受けさせられるかいなやという窮地に立っている。この状況を切り抜けるには授業をしっかりと聴くことが重要なのだ。しかし、それを阻もうとする大きな問題に今直面している。まさに目の前だ。そう、田村のポニーテールだ。田村が頭を揺らすたびに揺れるポニーテールが気になって授業に集中できない。テストも近いというのにこの状況はまずい。どうにかしないと。そうは思うものの気がつくとまたポニーテールを目で追ってしまている。はぁ、と心の中でため息をついた。
「なあ、チラシ見た?田村さんが配ってたやつ。」
休み時間、清司は友人の浅川悠人と過ごすことが多い。クラス替えの際に、席が近く仲良くなった。悠人はぽっちゃり体型で、メガネをかけている。パソコン部に所属しているが、活動にはあまり参加しておらず幽霊部員となっているらしい。放課後はゲームセンターで対戦ゲームをして遊んでいる。清司も一度遊んでみたが、操作の仕方がわからず、ボコボコにされ、それ以来ゲームセンターには足を運んでいない。
「悠人、チラシ見た?田村さんが配ってたやつ。」
「おお。」
「どうする?行く?」
「興味ないし行かない。花火なんて見るなら家でゲームする。」
手元の携帯ゲームの画面を見ながら答える。
「お前はもちろん行くだろ。なんたって田村さんが誘ってるんだからな。」
ゲームがひと段落ついたのか、ニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「うるせえ。」
否定はしない。
「まあ花火も大事だけど、お前はその前にテストだな。補習になったらせっかくの夏休みが台無しだぜ。」
悠人は成績はよく、前回の中間テストではクラスで3番目だった。勉強してるところなんて見たことがないのに、才能とは残酷だ。
「ちゃんと勉強してるわ。絶対補習は回避してやる。ちゃんと自主勉もしてるからな。」
「そうか。がんばれ。」
携帯に目を落としながら生返事を返してきた。もう次の対戦を始めていたようだ。
「話戻すけど、花火ついてきてくれよ。どうせゲームしてるだけだろ。」
「やだよ。別に行ったって、お前が告ったりするわけでもないんだろ。おれはこの夏、全国ランキング上位に入るために、この身を捧げるから。」
なんて事を言うんだ。告白なんてありえない。しかし、ここで引き下がっては一人で見に行くしかなくなってしまう。なんとか食い下がらなければ。
「そう言わずにさ。友達の頼みを聞いてくれよ。」
「断る。」
即答された。どうやら友達と思っていたのはおれだけだったらしい。もう絶交だ。
「はい。席付けー。授業始めるぞ。」
先生が来てしまった。ここは一度退くが、諦めないぞ。自分の席に戻り、またポニーテールを眺める。
✳︎✳︎✳︎
昼休み、お昼ご飯はいつも真由子と一緒に食べている。真由子はお弁当を持ってきている。とても彩り豊かで栄養バランスも良さそうだ。私は購買で買ってきたパンが昼食だ。今日は焼きそばパンとあんパンだ。真由子と対照的に真っ茶色の昼食だ。
栄養バランス?何それ?
他愛もない話をしていると、花火大会の話になった。
「にしても、ほんとに花火大会やるんだね。準備大変そう。」
真由子が唐揚げを口に運びながら言う。
「ほんとだよねー。うちの店長も忙しそうにしてるし、準備手伝いたいんだけどねー。テスト近いからシフト減らしてもらって、全然手伝えてないんだよね。」
真由子と話していると、鮎川君が席を立ち、教室を出て行くのが見えた。
「ちょっと、ごめん。」
真由子に一言断ると、絵美は清司の後を追いかけた。
✳︎✳︎✳︎
「おれは今忙しいんだ。」
昼休み、悠人と昼飯を食べ終わり、勉強を教えてもらおうと思って、悠人に頼むと携帯片手に一蹴された。おれは愕然とし、とりあえずトイレに行こうと立ち上がった。
「鮎川君!」
廊下を歩いていると、背後から誰かに呼ばれた。誰かなどとごまかしたが、声で田村だと言うことはわかっていた。緊張を悟られないように振り返る。つもりだったが、右手右足が同時に動いて、なんとも滑稽に振り返ってしまった。
「なに。」
またもやそっけなく返事をしてしまった。
「もしかして花火興味あったりする?」
田村からの質問に、どう答えるか頭を回転させる。
「まあ嫌いじゃないよ。」
ダサい。ダサすぎる。なんでカッコつけようとしてるんだ。
「そうなんだ。」
変な間が出来た。まずいこのままでは話が終わってしまう。どうにか話をつなげないと。必死に言葉を探すが、なにも見つからない。
「チラシ見てたでしょ。花火見に来ない?」
先に口を開いたのは田村だった。もちろん行きたい。いや、行くに決まってる。しかし、
「行きたいのは山々なんだけど、行けるかわからないんだよね。」
曖昧な返答をした。どうして行くよと答えられないのか。
「どうして?」
田村が不思議そうな顔をして聞いてくる。かわいい。
「今回の期末テストで成績が悪いと補習受けさせられるんだ。」
恥ずかしい。自分の口から田村に言う羽目になるなんて。
「そうなんだ。じゃあテスト頑張るしかないね!ファイト!」
ガッツポーズで励ましてくれている。かわいい。
「ありがとう。頑張るよ。」
内心、狂喜乱舞だが、悟られないように平静を装いながら、微笑んだ。
キーンコーンカーンコーン−
予鈴のチャイムが鳴った。
「じゃあ私戻るね。」
田村が教室に小走りで駆けて行った。ポニーテールをリズム良く揺らしながら。わすが二、三分だったが、とても幸せな時間だった。
やべ。トイレ行けてねえ。
授業が終わり、悠人と共に帰路につく。家に帰ったら勉強するつもりだが、一人での勉強に限界を感じ、悠人を誘ってみた。もちろん期待などしていない。
「断る。昼にも言っただろ。」
予想通りだ。
「そこをなんとか。神様。仏様。悠人様。」
だが、ここで折れるわけにはいかない。夏休みに補習なんて絶対嫌だ。なにより、花火大会に、田村さんに会いたいんだ。
「しつこいぞ。カンダムエボリューションバトルがおれを待ってるんだ。」
なにを言ってるのかさっぱりだ。
「家で一人でやってても捗らないんだよ。」
家だと漫画やパソコンなど誘惑が多すぎて集中できない。だから、この間は喫茶店で勉強したのだ。
「この間ネットで見たけど、勉強場所を変えるのは効果的らしいぞ。いっそ田村さんのバイト先で勉強すれば。田村さんに会えるかもしれないし、集中もできるし一石二鳥だぜ。」
ニヤニヤしながら悠人が言ってきた。めちゃくちゃ腹立つ顔しやがる。
「そんなことしたらストーカーみたいじゃねえか。」
軽く、いや、割りと強めに肩を小突いた。それに、そもそもバイト先を知らないから、ストーカーもくそもない。
「痛いな。大丈夫だって。向こうはそんな意識してないから。それは自意識過剰ってやつだぜ。」
「まあ、たしかにそうだな。」
最後までお読みいただきありがとうございました。
どんなことでもいいので、コメント等いただければ幸いです。
読んでくださり、本当にありがとうございました。
続きは現在、執筆中です。