✩もう、家族みたいなもの
「……何で、こうなった……」
誰にともなく、溜め息混じりに呟く。
今いるのは脱衣所で、目の前にはかなり大きく広い風呂場。
そして今の僕は――全裸である。
「ご主人、何してるんだー?」
ふと後ろから問われ、訝しみつつ背後を振り向く。
すると、そこには二人の裸の美少女が立っていた。
言わずもがな、ククルとシールなのだが……そのきめ細かな白い肌とか、幼い体でありながらも確かな膨らみを主張している胸部とか、さすがに直視はできず少しだけ目を逸らす。
特に、驚いたのはシールだ。
和服の上からではよく分からなかったが、思っていたより大きかった。
「い、いや、何でもない」
服を脱いだときは、当然自分の体も二人の体も見ないように目を瞑ったけど、初めて入る風呂場ではそれも難しい。現に、今やろうと思ったら少し躓いた。
だから、できるだけ視界に入れないよう顔を逸らして風呂場に足を踏み入れた。
先にシールが飛び込むようにして風呂に浸かり、僕もあとに続いてゆっくり浴槽に腰を下ろす。
ククルはシャワーを操作し、先に体を洗い始めた。
「ご主人ー、顔真っ赤だぞー?」
「……あ、赤くない」
「ご主人ー、何でこっちに背中を向けてるんだー? ちゃんとこっち見てほしいぞー」
「……み、見てるよ」
「ご主人ー!」
ふと、背後からバシャバシャと激しい水音が聞こえたかと思ったら。
シールが僕の前に回り込み、手で無理矢理僕の顔を上げさせた。
「ほら、もっと見ていいぞー。わたしの体で興奮してもいいんだぞー」
「ちょっ、ま……ばかっ! いや、まっ……ばかっ!」
「語彙力が貧困すぎるぞー……」
今のシールは女の子で、元々の僕は男だということをちゃんと理解できているのだろうか。
まあ、シールの場合、たとえ理解できていてもそんなこと関係ないって思ってるんだろうけど。
実際、風呂に入る前、僕が男でも関係ないと言っていたし。
仕方なく観念し、前に向き直る。
ほぼ同じタイミングで、体を洗い終わったククルが風呂に浸かった。
「ふーっ……誰かと一緒に入ったのは久しぶりです……」
天井を見上げ、恍惚とした表情を浮かべるククル。
龍族の仲間と一緒に入浴しないのか……と少し思ったが、すぐに思い出す。
そう言えば、『弱い』だの『落ちこぼれ』だのと、馬鹿にされてきたと言っていた。
それが家族にも当てはまっているのだとしたら、基本的に一人で暮らしてきたのだとしてもおかしくはない。
だったら、今まで辛い思いをしてきた分、僕たちと楽しい時間を過ごせたらいいな。
「これからは毎日でも一緒に入れるぞー。な、ご主人ー?」
「えっ? 僕も?」
「当たり前だぞー。ご主人がいないところに、わたしはいないんだぞー」
「だからそれは重いよ!?」
正直な話、恥ずかしいからできるだけ一緒に入浴なんてしたくないくらいだし、あとシールともずっと一緒は窮屈だけど。
でも、それくらいで喜んでくれるのであれば、僕だってもう強く拒んだりはしない。
「……まあ、そうだね。ククルとはもう、家族みたいなものになったつもりだし」
「にししー、ご主人また顔真っ赤だぞー」
「う、うるさい。そんなこといちいち言わなくていいから」
シールに茶化され、途端に恥ずかしくなってしまう。
せっかくいいこと言ったのに、わりと台無しじゃないか。
でも、ククルは僅かに目尻に涙を溜め、微笑んだ。
「えへへ、ありがとうございます。すごく、嬉しいです……っ」
そんな彼女を見て、僕もシールも口角が上がっていくのを止められなかった。
ここまで喜んでくれると、本当にこっちまで嬉しくなる。
住んでいた世界も、種族も、元々の性別も、何もかも違うけど。
出会ったきっかけは突飛で、一緒に行動することになった原因も異様だけど。
それでも、僕たちはひとつ屋根の下で共に暮らす家族になったのだ。
そんなことを考えながら。二人と、他愛のない雑談を交わしながら。
この世界に来てからの初めての入浴を終えた。
§
脱衣所から出て、リビングに戻ると。
窓から覗く空は、すっかり暗くなってしまっていた。
もう夜か。
そろそろ夕飯にしたいのだが……ごはんはどうすればいいのだろう。
「ねえ、二人って料理とかは……」
「わたしができるわけないだろー?」
「あ……す、すいません。私も、簡単なものしかできなくて……」
試しに訊ねてみたら、おおよそ予想通りの答えが返ってきた。
僕だって、いつも冷凍食品やインスタントのものばかりだったから、料理なんか全くできない。
「簡単なものって、どんなの?」
「えっと、お湯を入れたりとか……その、包丁を上手く扱えなくて……すいません」
ククルも、僕とほぼ同じレベルなようだ。
でもそれ、簡単なものすらできていないような気もするが。僕も他人のこと言えないので黙っておく。
この中で料理できる人がいないとなると、食事は筆の能力で出すしかない。
自分では上手く描写できたつもりでも、理不尽な判断をされて想定外のものを出されてしまうおそれがあるため、できるだけこの力に頼りたくはないけど……そうも言ってられないか。
「シール、ごはんにしたいから筆になって」
「了解だぞー」
すぐさま応え、シールは小さな筆の姿に変わる。
僕は筆を手に取り、毛先を虚空に向ける。
どうしよう。特に食べたいものがあるわけでもないから、とりあえず適当に書いてみよう。
『ご飯が目の前に現れた』
瞬間――僕たちの眼前、床の上にご飯が出現した。
お椀ひとつ分の白米だけ。
やっぱり、料理名と品数は必須か。
つくづく、もっと融通を利かせて臨機応変に対応してくれればいいのに。
『ご飯が三つ登場した』
今度は空中にそう書くと、先ほどのお椀の隣に現れる。
三粒の白米が。
「あれ、何で粒なの!? ご飯ってどう数えるんだっけ!?」
「一膳二膳、もしくは一杯二杯だぞー。あと、登場したって書き方もどうかと思うぞー」
「うるさいなっ! でもありがとうっ!」
僕の学のなさが露呈し、馬鹿にされてしまった。
猛烈な恥ずかしさを覚えつつ、気を取り直して虚空に執筆を始める。
米だけじゃ足りるわけがないし、どうせもっと詳しく書かないと、美味しくなかったり色々と問題のあるものが出てくるに違いない。
だから――。
『あつあつあったかい三杯の白米が目の前に、それと三枚のあつあつハンパーグが出て、あとたくさんのフライドポテトも現れた』
今までにないくらいの長文を書くと、三杯のお椀と、フライドポテトが出現した。
なのに、なぜかハンバーグは出てこない。
どういうことだ。ちゃんと上手く書いたはずなのに。
「ご主人ー……ハンパーグになってるぞー」
「誤字!? やだ恥ずかしいっ!」
「見れば見るほど、本当に文章が下手だなー、ご主人ー」
「もうやめて!」
食事ひとつで、どうしてこんなに大変なことをしなくてはいけないのか……。
泣きそうになりながらも、僕は再び書き直した。
ああ、文章が上手くなりたい。