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転生幼女くんは文章が上手くなりたい  作者: 果実夢想
一筆【転生幼女くんは筆や龍と暮らす】
7/50

風呂に入るぞ

「ひっろ……」


 半ば無意識に、呟く。

 外観から多少は想像がついてはいたものの、その想像ですら軽々と越えてきたのだから仕方がない。


 三階建ての大きな屋敷。

 全ての階にトイレや複数の部屋が用意され、一階には凄まじく広い風呂。この三人程度なら、一緒に入ることもできるだろう。まあ、僕の中身は男だしさすがに問題あるけど。

 そして設備の揃った台所にリビング、テレビや洗濯機などの日常生活に欠かせないようなものは初めから設えられていた。

 個人的に少し安心したのが、そういった家具は基本的に元の世界のものと大差はないらしいこと。使い方が分からなくて困るなどという心配はなさそうでよかった。


 でも、他の部屋にはひとつも家具は置かれていなかった。

 あくまで『大きな屋敷が建った』としか書いておらず、誰もが日常生活で使用するようなオーソドックスなものは屋敷の範囲内に入っていただけで、それ以外の家具はさすがにあの一文だけじゃ出現させることはできなかったようだ。

 ただ、ベッドとかもないのはどうなのか。それだって誰もが使用するだろうに。


 相変わらず、よく分からない判断で具現化をする能力だ。

 まあ、ベッドとかはあとで個別に出現させればいいか。


「あ、あの、私も一緒に住んで大丈夫なんですか……?」


「もちろんだよ。というか、シールと二人だけじゃ広すぎるしね」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 これからは、この家で三人で暮らしていくことになる。

 あとで、それぞれの部屋を決めたり色々と話し合わないといけないこともあるとは思うけど。

 その前に、今はとりあえず体を休ませたい。


 この世界に来てから、まだ半日も経っていないというのに既に疲れが生じている。

 ククルとの戦闘で、あんなに走り回ったから仕方がない。

 リビングのソファーに腰かけた途端、凄まじい睡魔が襲ってくる。

 ウトウトと船を漕ぎ、僅か数分で耐えられなくなり――。


「ご主人ご主人ー、寝る前に風呂に入るぞー! ご主人ー! ごしゅーじーん!」


 突然リビングにやって来たシールが、叫びながら僕の体を前後に揺する。

 くそう。もう少しで寝そうだったのに、絶妙なタイミングで邪魔されてしまった。


「ふ、風呂……? 一人で入ればいいんじゃないの……?」


「だめだぞー! 一緒に入るんだぞー!」


「いや、女の子と入るのはさすがに……」


「関係ないぞー。わたしは、ご主人と入りたいんだぞー」


 妙に懐かれてしまっている。

 元々筆とはいえ女の子の姿なのだし、一緒に入るのは色々と問題がある気がするのだが……シールはそんなこと全く気にしないらしい。

 でも誰より僕が気にする。


「もちろん、ククルもなー。記念すべき初日の風呂は、全員で入りたいぞー」


「えっ? わ、私もですか? えっと……わ、分かりました」


 どう断ろうか悩んでいたら、今度はククルのことも誘い出し、そのククルは赤面して躊躇いがちながらも承諾した。

 これは……本当に僕も入らないといけない流れなのだろうか。

 いくら今の僕は女の姿になってしまっているとはいえ、さすがに気が引けるというか、僕もその中に紛れるわけにはいかないだろう。


「ほ、ほら、それじゃあ、二人で入ってきて。僕はあとで一人で入るから」


「嫌だぞ! ご主人がいないなら、わたしという存在がいる意味もなくなるんだぞー!」


「いきなり重いな!?」


「だから、お願いだぞー……」


 さっきまでの明るい口調や表情から一転、暗く沈み、翳りの生じた表情でそう懇願した。

 僕のことをここまで想ってくれるのは嬉しい限りだが、これは実に困った。

 そんなに悲しそうな顔をされては、断るのもかなり胸が痛んでしまう。


「あの……どうしても一緒は嫌というなら無理強いはしませんが、私たち何かしましたか……?」


「あ、いや、そうじゃなくて、その……っ」


 ククルからは少し泣きそうな顔で申し訳なさそうに言われ、慌てて両手のひらと頭を左右に振って否定する。

 なんということだ。必死に拒むあまり、嫌われたと感じてしまったらしい。全くそんなことはないのに。


 ククルは僕の中身が男だということを知らないから無理もないし、いっそのこと話してしまおうかとも考えたが、寸前で思いとどまる。

 もしかしたら、女の体になった理由――つまり異世界にやって来た経緯まで説明しなくてはいけなくなるかもしれないし、僕自身どうしてそうなったのか全く分かっていないのだから上手く説明できる自信もない。


 今にも涙が浮かびそうな表情で僕を見つめる二人を、順番に見て。

 意を決し、唸り声にも似た答えを渋々返す。


「く、くうう……分かったよ。一緒に入るからっ」


 僕がそう言うと、二人は途端に瞳を輝かせ、嬉しそうにばんざいしたり笑ったりとそれぞれの反応を返してきた。

 あんな顔を見てもなお拒み続けるなんてこと、僕にはできない。

 こうなったら仕方ない。さっさと入って、さっさと出てくればいいのだ。うむ。


「それじゃあ、さっそく行くぞー、ご主人ーっ」


「……あ、ちょっ」


 シールが楽しげに言い、僕の腕を引っ張る。

 そして抵抗もせず引っ張られるまま。

 僕は強い緊張を覚えながらも、戦場――もとい風呂場へと赴いた。

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